説明会
「お疲れ様-っす」
ダンジョンを出ると、いつものように赤瀬が待っていた。
この赤瀬は、どうやら恭介たちが遅くなると、こうして出待ちをしてくれているらしい。
実際、ダンジョン内で長時間活動した時は、疲労も大きいので助かるのだが。
「いつも済まないねー」
遥が、冗談めかして、礼を述べる。
「いえいえ。
いつもお世話になっていますし、これくらいどうってことないっす」
赤瀬は、そういいながら、ランドクルーザーのドアを開けて三人をいざなう。
周辺に、赤瀬以外に人影が見当たらなかった。
今では、他のパーティによるダンジョン攻略も、珍しくはなくなっている。
数日に一度くらいの頻度でどこかの迷宮が攻略されているので、少し前のように、注目を集めることもなくなっていた。
それはそれで、気が楽でもあるのだが。
「それでどうでした、申のダンジョンは?」
車を運転しながら、赤瀬が訊ねて来る。
「なんかね。
いつもとは違った意味で、疲れるダンジョンだった」
遥が答えた。
「ダンジョンマスターによって、ダンジョンの性格が違うってのは、わかっていたつもりなんだけどさ」
「ダンジョンマスターも、無理矢理拉致されて、無理矢理役目を押しつけられているパターンが、多いのかな」
彼方が、恭介に話しかけている。
「辰のダンジョンマスターとか、今日の反応を見てみると、どうもそのパターンが多いみたいだね」
恭介は、即答した。
「おれたちプレイヤーの時と同じだ。
わけもわからずにここに連れてこられて、こういうルールで動けと指示だけ出される。
たぶん、ダンジョンマスターの側も、なにかの条件を達成すればそれなりのリターンが貰えることになっているんだろうけど」
その詳細までは、わからない。
というより、ダンジョンマスターは種族も性質も異なるようだから、そのリターンについても、その種族にとって意味のある「なにか」が設定されている可能性が高い。
ダンジョンマスターによって、まったく異なる報酬であっても、別におかしくはなかった。
「そうなると、面倒臭いよねえ」
「ああ、面倒臭いな」
彼方と恭介は、そういって頷き合う。
「面倒臭いって、なにが?」
遥が、訊いて来る。
「二人だけで納得していないで、こっちにもわかるように説明してくれない」
「いくつかの理由があるんだけれど」
「まず第一に、ダンジョンマスターとおれたちプレイヤーは、本来ならば接点がない種族同士なのに、こうして同じ盤上でやりあっている、ってこと」
恭介は説明した。
「接触する機会さえなかった存在同士が、どういうわけか、戦っている。
お互い、不本意だと思いながら。
この構図は、ちょっといただけない」
「なるほど」
遥は頷く。
「どちらも、お互いに敵意があるわけではなく、そう仕組まれたから、こうして戦っている。
この構図が、歪である、と」
「でも、それって」
運転席の赤瀬がいった。
「わたしらプレイヤーやダンジョンマスターを無理に召喚?
転移させた誰かが、一番悪いってことにならないっすか?」
「それは、今さらいうまでもない前提だね」
彼方が、そう応じる。
「ただ、現状、その誰かの正体や目的、所在地など、すべてが不明。
ダンジョンマスターたちも、嘘をいっているわけではないと仮定すれば、どうやらいいようにしてやられているらしいし。
その誰かに関しては、ぼくたちプレイヤー側では、対応もなにも出来ない状態だ」
「居場所がわかってとっ捕まえられる状態だったら、とっくの昔に捕まえてわたしたちを元の世界に返すように、脅迫しているよね」
遥も、そういい添える。
「それが出来そうにないから、次善の策として、用意されたルールに則って動いているわけだし」
「はあ」
赤瀬が、生返事をする。
「面倒臭いんですねえ」
「面倒臭いんだよ」
恭介がいった。
「ダンジョンマスターとおれたちプレイヤーは、ルール上敵対しているだけで、別に、恨み骨髄で敵対しているわけではない。
今回のダンジョンマスターのように、条件が整えば、交渉をすることも可能」
「ええ!」
赤瀬は、大きな声をあげる。
「ダンジョンマスターと、交渉したんですか!」
赤瀬の常識に照らし合わせれば、それはかなりの異常な事態といえた。
「交渉したんだよ。
詳しくは、帰ってから説明するけど」
恭介は、そう応じる。
「って、いっても。
ダンジョンマスターにも、役割的に課せられた制約があるっぽくてさ。
勝手に、戦い自体をなしにしよう、って反故にするのは、出来ないっぽい。
だから、戦いの意味を変質させて、再定義して来た」
「……そりゃあ」
赤瀬は、しばらく絶句してから、そういった。
「なんというか、とんでもないことを、しでかしてきたんですねえ」
「まあ、恭介以外には思いつかないだろうし、まず実行しない手だよね」
彼方も、そういって頷く。
「こんな奇策が本当に通用するものか。
見守る側としては、すっごくヒヤヒヤしていたんだけど」
「そうなの?」
遥は、首を傾げている。
「わたしは、キョウちゃんらしい、っていうか、いつものキョウちゃんだなー、ってしか、思わなかったけど」
「こちらの言葉を理解可能な相手にしか、通用しない手ではあるよ」
恭介は、そう続ける。
「いや。
仮に言葉を理解出来たとしても、最初に相手をしたダンジョンマスターみたいに、会話が通じない相手には通用しない手、になるのか」
「いやあ。
なんというか」
そういって、赤瀬は以後、運転に専念することにした。
「皆さん、お疲れでしょうし。
詳しい事情は、拠点に戻ってから聞くことにしましょう」
「……って、いうことがあってさ」
拠点内の三パーティ、そのうちの有志を食堂に集めて、彼方が今日の出来事を一通り、説明し終えた。
「申のダンジョンに関しては、今後、攻略難易度が、大きく下がると思うよ」
「なんと申しますか」
桃木マネージャーが、そんな風にいった。
「ダンジョンマスターと交渉して、ルールを変えさせる、って。
そんなこと、出来たんですね」
半ば、いや、それ以上に呆れを含んだ口調だった。
「今回のダンジョンマスターが、たまたま物わかりがいいタイプだっただけだよ」
恭介は、平然とした口調で、そういう。
「他のダンジョンマスターにも通用する手段だとは、思っていないし」
「いや、それは、そうなんですが」
仙崎が、疑問を口にした。
「なんで、リバーシなんですか?」
「ルールの説明をするのが簡単だったから」
恭介は、即答する。
「将棋とかチェスだと、駒の動かし方とか、説明するのが面倒だったし」
「あの」
青山も、おずおずと発言する。
「ダンジョンマスターに、必ず勝てるという確信が、あったんですか?」
「いや、全然」
恭介はいった。
「っていうか、負けてもよかったんだよ。
こっちとしては、ダンジョンから出たいだけなんだから」
他のパーティの事情は、よく知らないが。
少なくともトライデントは、別に全ダンジョンの制覇を、目指しているわけではない。
「今回は、攻略出来ませんでした」
という結果なら、それはそれで構わないのだ。




