待ち伏せ
恭介はステルス状態のまま倉庫から杖を取り出し、巨大な雷撃の魔法を何発かぶっ放す。
どこまで効果があるものか、それは相手次第になる。
少なくともなにもせずに入るよりは、初撃で多少なりとも戦力を削っておく方が、あとで楽になる可能性は高くなる、はずだった。
相手の出方や性質を探るための一手でもある。
扉を開ける前に声をかけてくる、などというセオリー外しのダンジョンマスター以外には、それなりに有効な手段だと思っている。
オゾン臭というか、空気が電気分解したあとの、特徴的な化学臭が鼻をつく。
先を見ると、ダンジョンマスターの部屋としてはあまり広くはない場所の真ん中に、ビスクドールのようなドレスを着た人形が、衣服を黒焦げにして立っていた。
恭介の魔法攻撃をまともに浴び、しかし、完全に倒れずに済んだらしい。
恭介はZAPガンを取りだして右手に持ち、無属性魔法をその人形に立て続けに浴びせる。
人形はあっけなく胴体に無数の穴を穿たれ、頭部を消失し、どうっと倒れ、姿を消した。
まずは、一体。
と、恭介は、周囲の様子を油断なく伺いながら、心の中で思う。
あの一体で終わり、ということはないだろう。
と、予測していた。
あっけなさ過ぎるし、それに、このダンジョンマスターの部屋に複数のモンスターが伏せている可能性があるのは、これまでの経験から学んでいる。
「上!」
遥の、叱責にも似た声が響く。
「前に出ないで」
恭介は他の二人に伝えたあと、左手に持った杖に思念を込めて、火と雷、それに風属性のかなり強い魔法を立て続けに放った。
天井から降ってきた無数の人形が、そのまま破砕され、燃えあがり、吹き飛ばされる。
先ほどの西洋人形っぽいものから着物を着た日本人形、それに、ぬいぐるみまで、人形の種類は多種多様だった。
そしてな、により。
「数が、多い」
彼方が、呟く。
「ダンジョン内部のモンスターが少なかったのは、ここで待ち伏せしていたからではないか?」
「かもな」
応えながら、恭介は、相変わらず威力の大きな魔法を連発した。
何度魔法を放っても、次から次へと新たな人形が大量に振ってくる。
そうして魔法を連発していないと、あっという間に周囲を埋め尽くした人形たちに、圧迫されかねない。
彼方と遥も、自分の杖を取り出して範囲攻撃魔法を連発しているようだった。
一体あたりの人形は、そうした魔法が触れればあっという間に倒れるのだが、人形が降り止まないので攻撃の手を緩められない。
「まさかここで、飽和攻撃が来るとは!」
恭介は、叫んだ。
正直、想定外の事態だった。
「うしろ!」
遥も、叫ぶ。
「背後からも、大きいのが何体か近づいて来る!」
「そっちは任せて!」
彼方も叫んで、踵を返した。
「二人は、正面の大軍を殲滅し続ける!」
「わかった!」
「了解!」
恭介と遥が、叫び返した。
「これ、ダンジョンそのものが、罠なんじゃない?」
範囲攻撃魔法を連発しながら、遥がいった。
「たいしたことはないダンジョンだ、と、そう思わせておいて」
「引き返せないところまで来て途端に、この有様か」
恭介が答える。
「あり得るな。
試してみるか。
リタイアする!
このダンジョンから出たい!」
恭介が叫んだが、なにも起こらなかった。
「て、ことは、あれだね。
おそらく、もうひとつ手前の扉が」
「本当の、ダンジョンマスターの居場所を示す扉だった、ってわけか。
今、開けた扉は囮で」
巧妙なような、単純なような。
いや、ここに来るまで、延々となんらかの問題を与えられ続けたのは。
「ここは、知恵比べのダンジョンだと。
そう主張し続けていたわけか」
恭介は、そう結論する。
「倉庫内の魔石、じりじりと減ってきているんですけど!」
遥が、注意を促した。
「今相手にしているモンスター、一体あたりはそんなに魔石を出さないみたいだから。
このまま大きな魔法を連発していると、いつか、魔法が使えなくなるよ!」
恭介たちが使う魔法は、ゲームなどようにMPを消費して使っているわけではない。
あくまで体外にある、魔石を消費することで使用可能となっている。
魔石の消費速度と獲得速度が釣り合わなくなれば、当然、魔石の減りは早くなり、最悪、底をつく。
そうなれば、遥のいった通り、
「魔法が、使用不能になる」
のだった。
「魔法が使えなくなったら、他の方法で戦うしかないな!」
恭介がいった。
「肉弾戦?」
「それも、最終的な選択肢にはなるな。
けど、その前に」
恭介は倉庫から手榴弾を取り出し、安全ピンを抜いて、人形の群れめがけて投げつける。
手榴弾は何体かの人形を突き飛ばしながら進み、少し間をあけてから、爆発した。
その周辺の人形が、まとめて吹き飛ばされる。
「それ以外にも取れる手段は、まだいくらか残されている。
魔法が使えなかったら、マーケットから使えそうなものを片っ端から買って、試してみればいい。
今回重要視されるのは、効率だ。
少ない手数でより多くの人形を始末していけば、勝ち残る確率はあがる」
「了解!」
遥は、恭介に倣って次々と手榴弾を投擲していく。
遥も魔法は使えるが、恭介ほどの威力が出るわけではない。
その素早さを活かして手榴弾攻撃に徹するのも、そんなに悪い手段ではなかった。
「よ」
その頃、彼方は長大なメイスに魔力を込め、渾身の力で敵のモンスターを破砕する作業に従事している。
敵モンスターは全長三メートル越えの土偶、いや、埴輪か。
見たまんまの粘土作りであるとは思わないが、神代の服装を着た兵士が同じく粘土細工のように見える剣を振りかざして迫ってくる。
少なくとも、彼方の力と魔力を込めてメイスで殴れば、どうにか一撃で破砕可能な硬度だったので、倒すのに苦労をすることはないのだが。
「に、しても」
彼方は、ぼやく。
「この、数はなあ」
一撃で倒せる。
それは、いい。
しかし、倒しても倒しても、そのうしろから続々と次の兵士人形がやって来るのには、うんざりする。
幸いにして一本道なので、恭介と遥の背後を守るためには、ここで対処していればいいわけだが。
いつまで続ければいいんだ?
これ。
メイスを振るいつつ、彼方は、そんなことを思う。
「これは、我慢比べになるのかな」
彼方は一人、そんな風にぼやいた。
土魔法を使って落とし穴でも作れれば楽が出来るのだが、ダンジョン内では魔法を使ってその構造に手を入れることは不可能であるらしい。
壁でも床でも、魔法で加工する試みは、これまでに一度も成功していない。
そうしたダンジョン内の環境は、破壊不能オブジェと割り切って対処するしかなかった。
つまりは、今、彼方がしているように、モンスターのみに攻撃し続けるしかない。
彼方の背後、つまり、恭介と遥が対処している方では、先ほどから立て続けに爆発音が響いている。
魔石の消耗に、気がついたんだろうな。
と、彼方は判断している。
あの二人なら、いずれは気がつくはずなのだ。
あまり魔法に頼り過ぎているようだったら、彼方からも注意をするつもりだったが、どうやら、その必要はなかったようだ。
さて、この先、どうなるのか。
彼方は、考える。
これまでの経験からいっても、ダンジョンマスター戦は、こちらの予測を外してくることが多い。
現在そうしているように、対処する側としても、結局は、出たところ任せのアドリブ勝負になってしまいがち、だった。
この時点で、事態がどの方向に転がるのか、予想することは困難だ。




