料理人
ユニークジョブズの二人が拠点に来はじめたのは、合宿所の厨房と食堂が他の群れに先んじて完成してからだった。
合宿所は、当然のことだが、宿泊場所の他に風呂やトイレ、それに食堂なども付属している。
施工を担当した酔狂連は、そのうちの厨房と食堂を別棟とし、一足先に完成されている。
「工事に参加するやつらが出入りをするようになれば、どの道、この手の施設は必要となる」
と、いうわけだった。
工事に要する労働力の大半は人形立ちによって賄われていたが、倉庫など一部のスキルを使う作業には、どうしても人手が必要となる。
そのため、工程によっては、人間の作業員は必須であった。
前述のように、毎日十数名の作業員が拠点に出入りをするような形となった。
そして、浄水槽や給水塔などの水回りに続いて食堂の棟が完成したタイミングで、ふらりと吉良と左内の二人がやって来て、
「キッチンを使わせてくれ」
と、申し出て来たのだ。
詳しく事情を訊くと、ユニークジョブズは構成員が二名という少人数パーティであり、これまで、自分たちの拠点造りにかんしては、かなり手を抜いて来た。
というよりも、整備する余力がなかった、という。
一度はダンジョン攻略に成功している上、毎日ではないにせよ、それなりの頻度で「助っ人」としてダンジョン入りしているユニークジョブズは、ポイントには事欠かなかったものの、生活環境的な豊かさからはほど遠い生活をこれまでに送って来た。
そうだ。
おそらく。
と、恭介は予想する。
市街のどこか、あまり人が来ない場所に、生徒会から支給されたプレハブと仮設トイレなどを使って、本当に最低限の生活をしてきたのだろうな。
当然、まともな料理が出来るような環境にはなく、左内がここの食堂の噂を聞きつけ、
「料理ならいくらでもするから、どうかキッチンを使わせてくれ」
と、懇願してきた。
工事の監督役を務めていた酔狂連の八尾も、特に異論はなかった。
というか、先のことを考えると、専属の料理人は欲しかったので、こちらからお願いしたいくらいだった。
ただ、その場で即答はせず、試しになにか料理を作って貰って、その腕前を試してから決める。
と、いうことになった。
食事を任せるとなると衛生管理などの問題も出て来るため、自己申告の腕前だけを、最初から信用するわけにもいかなかったのである。
左内は、テストとしてその日の夕食を作ることになった。
一口に夕食、といっても、その日、作業に従事していた十余名とトライデント、酔狂連、魔法少女隊の三パーティ、それに、ユニークジョブズの二名の分も合わせると、余裕で三十名分以上になる。
それだけの分量を、いきなり来たばかりでいきなり作りきれるとも思えなかった。
単に料理を作る、ということと、短時間のうちに大量の料理を作るのとでは、必要とされるスキルが微妙に異なる。
鍋などの料理器具も分量に応じて大きなものになり、少人数分を調理する時とは、いろいろと勝手が違う。
しかし、左内は、二時間という短時間のうちに、それだけの人数分の料理を仕上げてしまった。
麻婆豆腐、ハムエッグ、ナスの煮浸し、それに、ご飯と味噌汁。
特に豪華な料理でもなく、ごくごく日常的なメニューであったが、品数もボリュームも十分だった。
なにより、試食に参加したほとんどの者が、その味に満足していた。
麻婆豆腐は辛さが抑えめであり、しかし、一口含むとしっかりと花椒の香りが残る。
食後、全員で顔を見合わせて、
「これなら、問題ないんじゃないか」
と、意見が一致した。
実際には、この合宿所を運営するのは生徒会であり、そちらの了解も取らねばならないのだが、生徒会の面々も実際に試食すれば文句はいなわないだろう。
「ん?」
ここで、遥が首を傾げ、疑問を口にする。
「生徒会も、政庁の一階で、食堂やってたでしょ。
なんで、あっちに参加しなかったの?」
「あっちの方は、気がついた時には、すでに運営が軌道に乗っていたんですよね。
担当者なんかも、ばっちり決まっていて」
左内は、そう説明する。
「あとからいって割り込むのも気が進みませんでしたし。
それに、あそこ、不特定多数の人が出入りする環境になりますから」
「それで、なにが問題があるん?」
「ぼく、人見知りの気があって、そういう環境、苦手なんです」
左内は、真面目な表情のまま、そういった。
「その点、こちらならば、人の出入りはそんなに激しくなさそうですし」
市街地よりは人が少ない分、静かそうだった。
というのが、左内がこちらでの勤務を志望した動機になる。
ちなみに、左内の相棒である吉良は、左内が調理している間、まったく手伝わなかった。
「わたし、不器用だし、手伝ってもかえって邪魔になるだけだから」
と、その理由について、本人は語っている。
結局、ユニークジョブズの二人は、その試食の日から拠点内に寝泊まりするようになった。
拠点内の片隅にテントを張り、その中で宿泊する形である。
トイレや風呂は、同じく拠点内に既設の施設を借りていた。
正式な契約などはまだだったが、それ以降、左内は三食大人数分の食事を用意し続けていたし、トライデント、酔狂連、魔法少女隊の三パーティも、そのご相伴にあずかることが多かった。
文句をいう者が誰もいなかったし、
「正式に生徒会の距離が降りたら」
という条件付きではあるが、
「いっそのこと、このまま住み込みの料理人になって貰った方がよくね?」
と、関係者間の意見が一致していた。
試食をした日から二日後。
生徒会の面々が、試食をしに拠点までやって来た。
驚いたことに、生徒会のメンバー全員が勢揃いしている。
「暇なはずはないんだがなあ」
と、生徒会の面々を見て、恭介は思った。
ダンジョン攻略に関しては若干落ち着いて来てはいるものの、市街地内部にも、それなりにトラブルの種は多いはず、なのである。
それに、中央広場から各ダンジョンへと続く街路は一応、整備し終わったようだが、それ以外にも下水道の整備や聖堂の銭湯への改装工事など、生徒会主導でおこなっている事業は、現在進行形でいくつも動いている。
「こちらに出入りをしている作業員たちから、噂を聞いてなあ」
挨拶のあとに、小名木川会長が教えてくれた。
「こちらの料理が、かなりうまい、と。
中には、その料理を食べたくて、こちらの作業に名乗り出ているやつも居る」
それほどの味なら、是非とも一度試してみたい。
と、生徒会総出でやって来たそうだ。
恭介は、
「暇なんですね」
という言葉を慌てて呑み込み、代わりに、
「ここ、楽しみが少ないですからね」
と、いっておいた。
物はいいようである。
「そうなんだよなあ」
小名木川会長は、しみじみとした口調で同意した。
「楽しみ、っていうか、ストレス解消法がほとんどなくてなあ。
衣食住の心配がなくなって来たから、そろそろなにか考えなくてはならないと思っているんだ」
上に立つ人は、心配が尽きないもんだな。
と、恭介は思う。
はっきりいって、他人事ではあったが。
その日のメニューは、チーズ入りの煮込みハンバーグにミネストローネ、ポテトサラダとパン、だった。
左内いわく、
「この前の試食とは違い、仕込みの時間がありましたから」
とのことだったが、多少時間があるにせよ、パンまで自分で焼ける者は、そんなに居ないと思う。
食後、生徒会側からも左内を料理人として雇用する件について、反対意見は出なかった。
「どちらかというと、うちの食堂に欲しいくらいだな」
と、小名木川会長という。
「それは、ちょっと」
左内は、おだやかに断った。
「それじゃあ、何日かにいっぺんくらいの頻度でいいから、ここで仕込みした料理を食堂に卸してくれ」
小名木川会長はさらに交渉し、妥協点を探りはじめた。




