博打
「ハルねー。
交替」
ステルスモードのまま、遥の背後から近寄り、小声で声をかける。
「次のフェーズに入るから」
「了解」
遥は短く答えて、そのまま遠ざかっていく。
恭介は倉庫から誂えたばかりの大太刀を取りだし、それにいくつかの剣士スキルを重ねてかけた状態で、ドラゴンの前肢に斬りつける。
遥の時とは比較にならないくらい、深く刃がドラゴンの肉に食い込んだ。
しかし、そこで抜けなくなる。
この体重、だもんな。
恭介は内心で納得しながら、大太刀をそのまま倉庫に収納した。
ドラゴンの体表は確かに硬い。
硬いのだが、スキルを重複してかけ、切れ味や攻撃力を増した状態で斬りつければ、どうにか傷つけることは可能なようだ。
「今のは、少し惜しかったな」
上から、ドラゴンの落ち着いた声が降ってきた。
「吾の体にここまで深い傷をつけたものは、ここ何世紀か存在しない。
光栄に思うがよい」
恭介はそれには返答せず、そのまま、ドラゴンから距離を置く。
心の中で、秒読みをしながら。
……三、二、一、ゼロ。
大きな爆発音が、起こる。
その瞬間、ドラゴンの巨躯が、一瞬、確かに浮きあがった。
「おお」
ドラゴンの声には、まだ緊迫感を含んでは居なかった。
「これは、これは」
ドラゴンの体の下に、手持ちのダイナマイトをありったけぶち込んだ上で点火したのだが。
効果は、確かにあった。
ドラゴンの腹部が、確かに破壊されて体液もダダ漏れになっている。
通常の生物のように、ドラゴンにも内臓があるのかどうか、定かではなかったが。
腹部のかなりの部分がぐちゃぐちゃな状態になっているのは、確かだった。
「これは少し、驚いたな。
お主らが居た場所では、このような物騒な物質があるのか」
ドラゴンは、まだ落ち着いている。
破損した体を再生する気があるのかどうか。
とにかく、傷ついた部分は、そのままになっていた。
これでも、致命傷ではないか。
と、恭介は判断する。
恭介はZAPガンを取りだし、距離を取ったまま、属性魔法をドラゴンにぶつけた。
すでに破損している腹部にも、一部は命中していたのだが。
それで、ドラゴンが苦しんでいるという様子もない。
ダメージは、負っているはずなのだがな。
と、恭介は思う。
「彼方、頼む!」
「了解!」
恭介が声に出して伝えると、彼方はすぐに動いた。
ドラゴンの鼻先にまで肉薄し、そこから、長大なメイスで攻撃をしはじめたのだ。
「は、は」
その攻撃を、ドラゴンは、鼻で嗤った。
「多少は、こそばゆいが。
ふむ。
応戦しておくか」
そういってドラゴンは大きく口を開き、そこから炎を吐きはじめる。
盾を構えた彼方の体が、すぐにその炎に包まれた。
恭介は、ステルス状態のままドラゴンの腹部に潜り込み、そこで、倉庫からある物質を取り出す。
そのまま、自分の体の周囲に結界術でバリヤーを張り、その物質にありったけの魔力を投入した。
ダイナマイトの時とは比較にならないほどの轟音が、そこから響く。
「な」
轟音、だけではなく、熱と光が、奔流となって、ドラゴンの腹の下から溢れ出た。
当然、恭介自身も、無事では済まない。
結界術のバリヤーによって、物質的な脅威からは守られてはいたが、音、熱、光などの奔流を、生身のまま浴びる。
自身の全身が焼けただれていくのを感じながら、恭介はその物質、値段がつかなかったオオイグアナの魔石に魔力を注ぎ込み続ける。
その魔石が買い取り不可となった理由は、
「不純物が多すぎたから」
だった。
いいかえると、その魔石は、複数の属性魔法の元が精製されないまま、渾然一体となった物質といえた。
そこに、恭介の膨大な魔法処理能力を、渾身の力で通せばどうなるのか?
結果、多種多様な属性魔法の、混沌とした奔流が発生する。
恭介は、その奔流を、可能な限りドラゴンの体内に送り込んだ。
すでにダイナマイトにより、硬く丈夫な鱗という装甲を失っていたドラゴンの腹部は、傷ついたままの箇所にその奔流を、まともに受ける形となった。
結果、混沌とした魔力の奔流はドラゴンの体内を破壊しながら駆け回る。
腹部から進み、しかし、背中や体側部に残った硬い鱗を突破することは出来ずに跳ね返り、何度もバウンドしながらドラゴンの血肉を効率的に破壊し続けた。
ドラゴンは、すでに無属性魔法を無効化していたものの、他の属性魔法には備えていなかった。
頭部と四肢、尻尾などを除く、ドラゴンの体内は、あっという間にズタズタにされ、機能しなくなる。
ぐらり、と、大きく傾いだあと、ドラゴンは、地響きをたてて、そのまま地に伏せた。
その下にいた恭介は、危ういところで転がって、その下敷きにならずに済む。
しかし、恭介の方も無事では済まなかった。
「あーあ。
また、無茶をして」
先に駆け寄ってきた彼方が、そんなことをいいながら、恭介に回復術をかける。
「今、かなり酷い状態だよ。
見た目、ほとんど消し炭っていうか」
「ちょっと!」
遥も、つぐに近寄って、恭介に回復術をかけはじめる。
「ここまでやるって、聞いていないんだけど!」
恭介の方はというと、返事をする余裕がなかった。
体表のみならず、気道から肺までやけどを負っており、呼吸もままならない状態だったので、どうしようもない。
二人がかりで回復術をかけ続け、少しずつ、恭介の体が再生されていく。
しかし、本当に痛いな、これ。
回復術は、生物的な回復というよりも、生体部分のみに限定した時間遡行ではないか、といわれている。
全身焼けただれていた恭介の体は、二人の回復術によって、どうにか、元の姿に戻っていった。
呼吸も、すぐに可能な状態になる。
どうやら。
と、恭介は思う。
今回は、生き延びたようだな。
さらに数分、二人がかりの回復術をかけられて、恭介自身も、自分で回復術を使えるようになって、どうにか、自力で立てるところまで、蘇生した。
よろよろと立ちあがった、恭介は、地に伏したままのドラゴンの頭部へと移動する。
遥と彼方も、それに続いた。
「見事であった」
口以外はピクリとも動かない状態であったが、ドラゴンの声は意外に元気そうに聞こえた。
「完敗であるな。
遠慮なく、吾の首を落とすがいい」
「それ、しないと駄目ですか?」
ぜいぜいと喉を鳴らしながら、恭介が確認する。
「もう、勝負はついたじゃないですか」
「それはそうだが、まあ、けじめであるとでも思っておけ」
ドラゴンは、そう応じる。
「今は身動きもままならぬ状態であるが、半日もすれば、吾の体も回復する。
種族的な特性として、生命力は旺盛であるからな。
首を落とさぬ限り、終わりにはならぬ」
「そうですか」
恭介は、倉庫の中から大太刀を取り出す。
「なら、仕方がありませんね」
「誇りに思うがよい、若人たちよ。
この吾を倒した者なぞ、ここ数十世紀、ついぞ現れなんだぞ。
お主らは、快挙をなしたのだ」
「それでは」
恭介は、大太刀を頭上に振りあげ、剣士のスキルを重ねがけして、限界まで強度と攻撃力をあげる。
そのまま、
「これで、終わりです」
渾身の力を込めて、大太刀を振りおろした。
大太刀の刃が地面に触れるまで落ちきり、ドラゴンの首が、半ばから切断される。
その後、恭介は反対側に移動して、同じようにドラゴンの首に斬りかかる。
なんどかそんなことを繰り返して、巨大なドラゴンの首が、ようやく胴体から切り離された。
気力が尽きてよろめくと、左右から、遥と彼方が支えてくれる。
『辰のダンジョンが攻略されました』




