辰のダンジョン
一夜明けた朝、遥と彼方は昨日と同じような朝の日課をこなし、恭介とともに市街地へと向かう。
魔法少女隊の四人は、朝から丑のダンジョンへと向かっていた。
「罠というのが具体的にどういうものなのか、一度この目で確かめておこうと思いまして」
との、ことだった。
トライデント三人の目当ては、引き続き、巳のダンジョンになる。
いきなり攻略を目指すつもりはないのだが、恭介の剣士としての性能を試すためには、この巳のダンジョンが一番適正であるように思えたのだ。
他のダンジョンは、モンスター以外の攻略要素が多くて、性能試験の邪魔になる、という事情もある。
「ここまで来たら、自分のペースでやっていくだけだよねえ」
往路、マウンテンバイクを漕ぎながら、遥がそんなことをいう。
「結果として、他の人より先に攻略しちゃったら、それはそれで」
「どうなんだろうね」
彼方がいった。
「聞いたところによると、レベルが八十以上になると、急にレベルアップの速度が鈍るようだし」
「レベルアップに必要な経験値が、なかなか溜まらない感じなんだろうな」
恭介も、意見を述べる。
「普通に、ダンジョンのモンスターを狩っているだけだと。
一種の、ボトルネックになっている、っていうか」
ランキングで確認すると、レベル九十を超えているプレイヤーは、まだ数えるほどしかいなかった。
その、レベル九十越えのプレイヤーたちも、ダンジョン攻略でめざましい活躍をしているとか、聞いたおぼえがない。
レベル八十後半から九十を超えたあたりで伸び悩んでいるプレイヤーは、多そうな気がした。
「レベルだけでは、ダンジョンマスターのところにまで辿り着けないからねえ」
遥は、呑気そうな声を出す。
「この間の巳のダンジョンみたいに、変な仕掛けがあるダンジョンも、多いし」
一律的な能力だけではなく、運やその他、プレイヤーの総合的な能力も試される。
今、プレイヤーたちが挑んでいるダンジョン群は、どうやら、そういった性質を持つようだ。
昨日と同じように待機列に並んでも、今日は誰も声をかけてこなかった。
Sソードマンは、今日は姿を見ない。
昨日の口ぶりでは、いくつかのダンジョンを平行して攻略中らしいので、おそらくは他のダンジョンを攻略中なのだろう。
到着した時間帯が似たような感じだったためか、今日も昨日と同じく、三番目の順番待ちパーティになった。
ただ、恭介たちが待ちはじめてからすぐに最前のパーティがダンジョンに入っていったので、その順番もすぐに繰りあがる。
「あ」
「あの、三人」
「例の」
恭介たちのあとに到着したパーティが、恭介たちの姿を見て、仲間うちでなにやら囁き合っている。
漏れ聞こえて来る声から判断するに、恭介たち三人の正体に気づいて、なにやら噂話に興じているらしかった。
正直、愉快な気持ちにもならないが、面と向かって罵倒されているわけでもなく、文句もいいづらかった。
昨日のように、直接声をかけて貰った方が、気分的にはいくらかマシだな。
などと、恭介は思う。
確かに目立つ行動をいろいろとしているので、注目を浴びるのは仕方がない。
しかし、こういう扱いを受けるも、それはそれで気分が悪かった。
今日の回転は昨日よりは早く、四十分ほど待たされてから、トライデントの順番になる。
ダンジョンの中に入り、コートを脱いで臨戦態勢を整え、恭介は前に出た。
「昨日と同じ感じでいいかな?」
「もちろん」
「了解」
彼方と遥が、それぞれに答える。
昨夜受け取った大太刀を使う機会には、恵まれるのだろうか。
恭介はそんなことを思いながら、今日は片刃刀を取り出した。
そのまま、遥の案内を待たずに進む。
モンスターが居るかどうかにかかわらず、どの道、前には進む必要は、ある。
昨日と同じような頻度でしかモンスターが出てこないのなら、そこまで極端に警戒する必要もない。
と、恭介は、そう判断する。
「近くに居る?」
前に進みながら、遥に確認する。
「んー。
八百メートルくらい進めば、遭遇すると思う」
遥は、即答する。
「少し走る?」
「いや、ゆっくり進む」
遥に問われて、恭介が答える。
「急ぐ必要もないし」
おかしな話だな、と、自分でも思う。
通常、モンスターとの遭遇は忌避される。
遭遇しないで済めば、それに越したことはない。
なのに、その遭遇をどこかで望んでいる気持ちもある。
少しして、予想通りに遭遇したモンスターを恭介は一刀両断する。
「諸刃も片刃も、使い勝手はあまり変わらないかな」
ぽつりと、感想を漏らした。
武器がいいからか、それとも、恭介の膂力がそれだけ育っているからか。
とにかく、手応えがない。
これでは、まるで消化試合だ。
そんなことを思いつつ遭遇するモンスターを片端から片づけ、約四十分後に、下に降りる階段を見つける。
早速、三人の中で一番各種の耐久力がある彼方を先頭にして、降りた。
そこからは、また同じことの繰り返し。
恭介を先頭にして、進み続ける。
他の二人は、いざという時のために見守り続ける。
この三人はこれまで、割と珍しいトラブルに巻き込まれている経緯があり、簡単には気を抜かない。
「モンスターが、多少、大型化しているかな」
というのが、二階層で何度か戦闘したあとの、恭介の印象だった。
モンスターのサイズが全長一メートルから一メートル半が、二メートルから二メートル半になったところで、恭介のやることに変わりはない。
遭遇、即、両断。
それだけ、だった。
全長が自分の身長を多少上回ったところで、モンスターの強さやしぶとさが大きく変わるわけでもなく、相変わらず、一刀のもとに斬り捨てて進む。
戦い、というよりも、処理だな。
などと、恭介は思う。
まがりなりにも手応えを感じ始めたのは、それからさらに一時間半ほど経過して、階層をさらに三つさがったフロアで、だった。
そこまで来るとモンスターのサイズもかなり大きくなり、さらにいえば、直立して道具や武器を使いはじめる。
全身が鱗で覆われた、いわゆるリザードマンっぽい外見のモンスターで、ただ、以前、チュートリアル中に見かけた似たような種族とは若干外見が違っていて、こちらに出没するモンスターは鼻面が妙に鋭く尖っていた。
外見が似ているだけで根本から異なる種族なのか、それとも、人種のように、同種族での差異があるだけなのか。
その辺の事情まではわからなかったが、恭介がやるべきことはひとつだった。
ここで、このダンジョンに入ってからはじめて、恭介は、抵抗や交戦を経験する。
とはいえ、一戦につき、一度か二度、攻撃を防がれたり反撃をされたり、といった程度で、すぐに片がつく程度ではあったが。
ともかく、三人はこの階層も難なく潜り抜け、さらに下の階層へと進む。




