揚げ物
夕食を用意する時間となったので、三人で自宅のキッチンに入る。
しっかりとした設備が整ったので、夕食は揚げ物にするか、ということになった。
中央広場の屋台とか食堂のメニューとかでは揚げ物を取り入れているのを確認しているが、その多くは冷凍食材かレトルト食品を加工したものになるはずだ。
「せっかくだから、材料から作ろう」
彼方はそう宣言し、例のイノシシもどきの肉を倉庫から出す。
これに限らず、モンスターの肉は消費する機会もほとんどないので、余り気味だった。
「それと、これ。
鳥っぽいモンスターの肉」
彼方はもう一種類の塊肉を出す。
こちらは、イノシシもどきの肉とは違って、なんとなく生前の姿が想像出来る大きさと形をしていた。
ブロイラーよりは、二回りくらい大きい感じか。
イノシシもどきの肉を適切な大きさに切り分け、鳥っぽい方の肉は、一度小さく切り取ってからゆであげて、三人で味見してみる。
彼方の鑑定スキルで無害なことは判明しているが、味まではその鑑定スキルではわからない。
「なんだろうな」
「あまり味がしない」
「強いていえば、鳥っぽいけど」
硬くはないが、これだけでは、おいしいものでもないな。
という点で、三人の意見は一致する。
だたったら、ということで、下味は少し濃い目にする。
一口大に切り分けて、生姜、みりん、醤油、料理酒、玉子などを混ぜた汁につけこむ。
味が染みるまでの間に、切り分けたイノシシもどきの肉に衣をつけて、熱した油に入れた。
じっくりと時間をかけて、肉に熱を通していく。
その時間で、米を研いで炊飯器にセットし、味噌汁を作る。
つけ合わせのキャベツは、マーケットで買ったカット野菜をそのまま皿に盛った。
人数が多いので、なにを作るにしても手際よくやっていく必要がある。
先に線切りキャベツを持っていた皿の上に、あがったカツを細切りにして乗せ、冷めないように再び倉庫に戻す。
別の鍋に油を入れ、十分に油が暖まったところで、味のついた肉片を入れる。
カツにしろ唐揚げにしろ、一度に大量の肉片を入れると油の温度がさがるので、いっぺんに大量には作れないのが難点だった。
「フライヤー、用意した方がいいかなあ」
彼方が、そうぼやく。
使用頻度はさほど高くはない気がするが、あると便利ではある。
多少嵩張るが、使わないときは倉庫にでも放り込んでおけばいい。
むしろ、料理の時短のためには、その程度の投資はしておいた方がいいのかも知れない。
どうやら人数分の料理が出来た頃、測ったかのように魔法少女隊の四人が訪問してくる。
「おー、お疲れー」
恭介は、そう挨拶する。
「寅のダンジョン、無事にクリア出来たようだな」
「おかげさんでー」
赤瀬が、そう答えた。
「浮遊魔法があったので、思ったよりも楽勝でした」
「モンスター、あまり強くなかった」
緑川も、そうつけ加える。
「それは、ダンジョンマスターも含めて?」
遥が、訊ねる。
「間合いを取って、空中から四人で大出力の魔法を連発すると、どうにか倒せました」
仙崎が答える。
「時間こそ、ある程度かかりましたけど」
「近距離攻撃しかないパーティだと、それなりに苦労したんじゃないかなあ、あれ」
青山がいった。
「こーんな強大なムカデだったんですけどね。
形からして、毒とか持っていそうだし、生命力も強そうだし」
「わたしらは、攻略完了のアナウンスがあるまで、間合いをとって魔法を連発し続けましたら」
赤瀬が、いう。
「相手のアウトレンジから攻撃連発しておけば、そんなに怖い敵でもなかったです」
「浮遊魔法と大出力魔法のコンボかあ」
彼方が、感心したような声を出す。
「それは、たいていのモンスターに有効だよね。
たまに、魔法がほとんど効かないのも居るから、それだけは警戒しておいて」
「はーい」
「了解」
「承知」
「わかってます」
など、それぞれに答える四人。
それから、卓上の様子に気づいて騒ぎはじめる。
「ええ!」
「揚げ物っすか?」
「それも、唐揚げととんかつのコンボだ!」
「ベタだけど、それがいい!」
「ちゃんとしたキッチンが出来たら、揚げ物をやるっていっちゃったからなあ」
彼方はいった。
「鳥っぽいのとイノシシっぽいの、どっちも現地調達した野生動物が原料だから。
あくまで、元の料理のパチモンみたいな感じになるけど」
「味は、まあ悪くはないと思うよ」
遥が、情報を補足する。
「どちらも肉自体には、あまり味がついていないんだよね。
その意味では、物足りないかも知れない」
「いえいえ。
ちゃんと、料理の形になっているっていうのが、大事なんですよ!」
何故か、赤瀬が力説した。
「肉自体よりも、味つけのが重要です!
その点、三人様の味つけは、これまで外れがないですから!」
「だってさ」
彼方が他の二人に顔を向けると、恭介と遥は顔を見合わせる。
「だいたい、レシピ通りにやっているだけなんだけどな」
「ねえ」
「入るぞー」
その時、酔狂連の六人がどやどやと入ってくる。
「いい匂いじゃないか。
今日はなんだ、揚げ物か!」
例によって八尾が、挨拶もそこそこに大きな声を出す。
「それはそうと、今度はまた難儀な注文をしてくれたなあ。
刃渡りが超長い剣、か」
「作るの、難しそうですか?」
恭介が、確認する。
「難しい部分もあるが、まあ、出来ないことも、ないだろうよ。
おれには、スキルがあるからなあ」
八尾は、そう豪語する。
「元の世界でも、そういう長い刀は、ないこともないんだ。
戦国時代に使ったやつがいたとかいう記録もあるし。
現存している物は、神社への奉納用として打たれたものではないかといわれている」
「え?」
遥が、目を丸くする。
「そんだけ長い日本刀って、相当な重量になるんじゃない?
そんなもの、まともに振り回せるの?」
「振り回したやつもいた、という記録はある」
八尾はいった。
「その記録がどこまで正確なのかまでは、知らん」
「普通に考えたら、それだけの長物なら、槍なり薙刀なりを使った方が楽だし便利だよなあ」
恭介が意見を述べる。
「元の世界は、人間の身体能力って、そんなに差異がないわけだから」
「レベルアップまで加味した、こちらの基準だとそうなるよね」
彼方も、そういう。
「まあ、誤差の範囲かな、って」
恭介にしても、今回、そうした長物を発注したのは、レベルカンストした身体能力が前提になっている。
「まあ、続きは、食べながらにしようや」
八尾はそういって、いつもの自分の席に座る。
「せっかくのメシが冷める」
他の面子も、それに続いた。
「例の注文なんだが、片刃にしてもいいか?」
食事をしながら、八尾が恭介に確認する。
「技術的にはどちらでも問題はないんだが、片刃の方が若干、重量を軽減出来る。
それだけ、扱いが容易になると思う」
「どちらでも構わないよ」
恭介が即答した。
「諸刃でも、片刃でも。
どちらでも、特に拘りがあるわけでもないし」
「そういってもらえると、助かる」
八尾が、そう答える。
「刃を研ぐ手間が、半減するからな」
「刃を研ぐのも、スキルじゃないの?」
遥が質問した。
「スキルでも出来るが、最後の仕上げは手仕事にしておきたいな」
八尾はいった。
「最後のチェックも兼ねて。
なんでもかんでもスキル頼りだと、勘が鈍る」
そんなもんかな、と、恭介は素直に感心する。
物作り関連のことは、はっきりいってまるでピンと来ない。
「時間は、かかっても構わないから」
言葉に出しては、そういっておいた。
「こっちも、剣士のジョブ全般に慣れていないし。
明日辺り、慣らしもかねて、どこかのダンジョンに入ろうかなと相談していたところだけど」
ダンジョンマスターのところにまでいかなければ、既存の武器で十分に間に合うだろう。
と、恭介は判断している。




