試用
「うん。
いいんじゃないかな」
長柄の得物を軽々と振り回してから、彼方がいった。
「これ、柄がぽっきりいったりしないよね?」
「何十トン単位の力がかからない限りは、大丈夫ですね」
岸見が答える。
「うちの材料担当は、そう申しております」
「常識的な強度、ってことかな」
そう答えながらも、彼方はその得物をいろいろな角度から振り回していた。
柄の長さが、三メートル近くもある。
先端にウェイトが着いているから、分類としては、メイスの一種でいいのだろう。
しかし、外見的には槍に近く、異形の得物といえた。
「試しに、魔力を込めてみ」
「わかった」
遥がいうと、彼方はすぐに応じて長柄のメイスを構え直す。
「こんなもんかな?」
ぶん、と振り抜く、風音からして、先ほどとは違った。
「軽々と振り回しているから、重さがよくわからないよ」
恭介が指摘する。
「ちょっと、その状態のまま、地面でも叩いてみないか」
「そうだね」
彼方は、二、三度武器を振り回したあと、メイスの先端を地面に叩きつける。
轟音がして、派手に土煙があがった。
「ええー」
岸見が、微妙な声を出す。
「……どう見ても一メートル以上、地面にのめり込んでいるんですけどぉ」
「柄は、確かに丈夫そうだね」
何事もなかったようにメイスの先端を地面から引きあげて、彼方がいった。
「これ、いい値で引き取ります。
あと、これの柄の長さが違うのもありますか?」
結局、彼方は柄の長さが二メートルの物、一メートルの物も含めて、三種類のメイスを数本ずつ購入した。
破損した場合の予備も同時購入した形になる。
彼方たちの用途は実戦であり、「唯一の武器が壊れて戦えない」という事態を避けようとするのは当然、という認識があった。
「あとは、剣ですが」
岸見は倉庫から何振りかの剣を取り出して、恭介に渡す。
「今のところ、こんなところですね。
前に渡した試作品と、あまり代わり映えしない品になりますが」
「長さは、さほど変わらないんだな」
数本の剣を目の前にして、恭介は呟く。
「ええと。
大まかにわけると、片刃で反りがはいったものと、両刃の直剣、か」
「日本刀型が人気ありますけど、あれは、柄と本体がバラバラな構造なんで、極端に大きな力が入ると柄の方が壊れる可能性があるんですね」
岸見が、説明してくれる。
「今回お持ちした品は、そうした欠点を克服した、柄と本体が一体化した物になります」
「元の世界の基準とは、いろいろ違うもんね」
遥は、そういって頷く。
「元の世界では、全長三メートルとか五メートル以上のモンスターを相手にする機会がなかったし」
「剣のことはよくわからないけど、もう少しリーチが欲しいかな」
恭介がいった。
「ハルねーもいったように、デカい相手が多いからさ。
こっちに武器も、相応に大きくしないと、肝心なところに届かないっていうか」
「それ、槍でよくないですか?」
「槍を使うくらいなら、飛び道具に頼るかな」
恭介はいった。
「剣でないと発言しないスキルとかありそうだし」
「はあ」
岸見は、しぶしぶ、といった態で頷く。
「どれくらいの長さをご所望ですか?」
「そーだなあ」
恭介は、巳のダンジョンマスターを基準にして想像してみる。
「刃渡りが、二メートル半くらいあると嬉しい」
「全長が、ではなく、刃渡りが、ですか」
「そう、刃渡りが」
岸見に確認されて、恭介は頷いた。
「もっと長くてもいいけど」
「ああ、もう!」
数秒考え込んだあと、岸見は、そう叫ぶ。
「わかりました!
技術的な課題をクリアする必要があるんで、うちの八尾と相談してみます!」
流石に、その場で確約はしてくれなかったが、一応、作ってはみてくれるらしい。
その場では、直剣と片刃剣、二種類一本ずつを購入する。
実際に使ってみないと、その違いがわからない。
恭介が、そう判断したからだ。
「どう、剣士のジョブは?」
「固有スキルの使いこなしに苦労している」
彼方に訊かれたので、恭介はそう答えた。
「足運びっていうんだけど」
「移動系のスキルか」
彼方は答えた。
「それ、便利そうだね。
ぼくにも教えて」
そういって、彼方は右手を差し出す。
恭介はそのまま彼方の手を握る。
「足運びのスキルを教えてください」
「教える」
教授の儀式を終え、彼方は手指を何度か握り直す。
「あんまり、なにかが変わった気がしないね」
「地味なんだよなあ、このスキル」
恭介はそう答える。
「実際に使ってみればわかるよ。
試してみる?」
恭介は倉庫から直剣を取り出し、彼方に差し出す。
「構えて、スキルを使ってみな」
「うん。
やってみる」
彼方は直剣を受け取り、鞘から抜いて構えてみる。
「これで、足運び、と。
ああ、こういう感じか」
何度か前後に滑るように移動し、彼方は頷いた。
「なるほど、って感じだねえ。
これ、使いこなすと縮地とかに見えるんじゃないかな」
「縮地?」
「知らない?
離れた場所にしゅっと一瞬で移動する技。
一部界隈では、割とポピュラーなんだけど」
「どこの界隈だよ」
恭介は、苦笑いを浮かべる。
「条件にもよるけど、それに近いことは可能なんじゃないかな」
「キョウちゃん!」
遥が、右手を差し出しながら叫んだ。
「それ、こっちにも教える」
「ああ、別にいいけど」
恭介は、そう返答する。
「忍者のハルねーには、このスキル、別に要らなくない?」
「いいから教える!」
「う、うん」
その後、恭介はしばらく、盾を構えた彼方相手に剣の使い勝手を試してみる。
体力と防御力に秀でたロードのジョブに就いている彼方相手ならば、全力で斬りつけても事故が起こる可能性は少ない。
その意味で、格好の練習相手でもあった。
「直剣も、片刃剣も、どっちもあまり変わんないかなあ」
しばらく試した結果、恭介はそう結論する。
「実戦で使えば、また意見が違ってくるのかも知れないけど」
「居合いとか、やりたくない?
あれは、片刃の方がやりやすいと思うけど」
「居合い、ねえ」
恭介は、そう答えておく。
「必要か、あれ。
ダンジョンとか、立て続けに戦うような環境なら、最初から抜き身の剣を持っているし。
なんなら、そのまま倉庫に入れておけるし」
「その手のロマンにまったく興味ないんだよね、恭介」
「ロマンはともかく」
遥が、割って入る。
「どう?
剣で、戦えそう?」
「相手による、かな」
恭介は答えた。
「人間と等身大の相手なら、問題はないと思うけど。
それよりも大きなモンスターは、やってみないとわからない」
自分が剣を使って全長三メートル以上のモンスターを倒す場面を、恭介はうまくイメージ出来なかった。
斬りつけると、倒す、は、恭介の中で、厳然と違う。
だからこそ、刃渡りが長い得物を求めたわけであるが。
「別にキョウちゃんが、とどめを刺す必要もないんだけどね」
遥は、そうコメントする。
「うーん。
そうね。
明日あたり、一度軽くダンジョンに潜って、お試ししてみましょうか」
「剣士用のスキルも、まだ試してないし」
彼方はいった。
「そんなに急ぐ必要もないと思うけどね。
まあ、実戦で試すのもありか」




