遺物
「指の構造は、人間とほぼ同じ、かあ」
武器職人の岸見が、ダンジョンマスターの指を検分しながら感慨深げな口調でいう。
「これ、制御も含めて、複雑な処理能力が要求されるんだよね。
それを、六本も同時にこなしていたとなると。
うーん。
これが生物なのか何者かの被造物なのかはわからないけど。
こんな個体を造れるって時点でもう、人類の知性を軽く超えているんだよなあ」
「素材も、なんだかよくわからん物質だなあ」
八尾がいった。
「プラスチックのような、特殊な有機物のようにも見えるが。
今から浅黄姉妹が詳しい成分分析をおこなうから、詳しくはそっちの結果待ちだ。
ぱっと見でわかる特性としては、極めて硬い。
同時に、柔軟性も持っている。
相反する特性が両立する、夢の素材ということになるな。
これを量産できるようになれば、出来ることも一気に増えるんだが」
「目が六つあるのもね。
普通の生物はそういう構造になっていないし、視覚以外の五感もこいつの中でどう処理をしているのか、まったく想像つかないわ」
そういってから、岸見はトライデントの三人に向き直る。
「こいつ、動きはどうだった?」
「素早い方だと思うよ」
彼方が答える。
「この巨体だから、移動速度こそそこそこだったけど。
でも、三人同時に攻撃しても、普通にそれ、捌けていたし」
「体の造りも精巧だけど、どういう情報処理系をしているんだよ」
岸見はそういって、自分の頭を掻きむしった。
「高レベルプレイヤーの体感でそれってことは、つまりは、並の野生動物以上の反応速度ってわけで。
ああ、もう。
本当にわかんねーな、この世界のあれこれ。
元の世界の常識と、かけ離れすぎている」
「元の世界には、そもそも三面六臂の生物なんざいないからなあ」
八尾がいった。
「神話とか伝承の世界ならば、それなりに居るんだが。
興福寺の阿修羅王像が、確かそれに近い姿だったっけ?」
「仏教の守護者とか、神格化された存在はなんでもありだからな」
恭介がいった。
「インドの神様とかのイメージも混入しているし。
それよりもおれとしては、この下半身のが気になるんだが」
「蛇、だよなあ」
「蛇、だね。
よく見ると、鱗もあるっぽいし」
「移動とか姿勢制御なんかも、この鱗がかなり助けていたんだろうな」
「多分ね」
「これ、最初は二本足歩行していたんだって?」
「そう。
ある程度ダメージ入ってから、この下半身が出て来て、合体した」
恭介は答えてから、破損した両脚を倉庫から取り出す。
「で、その時に、こいつが切り離した脚が、これね」
「これかあ」
八尾は、床に転がった両脚をマジマジと見つめる。
「目測で、全長三メートル前後、ってところかな。
細身だけど、これ、重量はかなりある。
それで、軽々と動いていたってことは、うん。
どういう機構で運動していたのか、まるで想像がつかない。
構成素材そのものに、エネルギー源が分散して蓄えられている形か?」
「生物の筋肉だよね、そのシステムだと」
岸見が、そう応じる。
「やっぱり、生物と見なすべきなのかなあ。
いやでも、ある時点で下半身を切り離して、別の作動原理で動く下半身につけ替えるって。
どう考えても、生物的ではないし」
「別に、無理に分類する必要もないだろう」
八尾はいった。
「こっちに来てから諸々の出鱈目ぶりは、今さらだし。
こいつはこういう存在だ。
そう受け入れて、分析するしかない」
「ぼく、初見からこいつ、ロボットかオートマトンみたいな存在だと思っていたんだけど」
彼方が、意見を述べる。
「それって、おかしいのかな?」
「別に、おかしくはないな」
八尾は即答した。
「なにより、実際に対面して戦ったあんたがいうんだ。
そうした所見は、むしろ最大限に尊重されるべきだと思う。
そうか。
こいつは、人工物に見えたのか。
理由を聞いてもいいか?」
「感情がないかな、って」
彼方は即答する。
「知性が低い動物でも、恐れたり怯んだりはするでしょ。
でもこいつには、そういう揺らぎが感じられなかった。
淡々と、指示されていた動作を繰り返しているように見えたから」
「なる」
岸見が、その言葉に頷く。
「そういう感想は、とても貴重だよ。
この場で聞けてよかった」
「こいつ、ここでこれから、詳しく分析するんだろう?」
恭介は、確認する。
「だったらその結果、ある程度まとまったら、攻略wikiにでもアップしておいてくれないか?
これからも、巳のダンジョンに挑むプレイヤーは居るわけだし」
酔狂連の連中は、まだまだこれから巳のダンジョンマスターを調査するという。
長居しても仕方がないので、トライデントの三人は、聞き取り調査が済んだ時点でそこを去り、自宅へと帰った。
「あの人たちの分析結果、今後の攻略に役立つと思う?」
帰り道で、遥がそう訊ねて来る。
「分析結果そのものというより、分析の際にわかった知見は、なんらかの形でフィードバックされるだろ」
恭介は、そう答えた。
「素材開発とか、武器とか。
だから、まるっきり無駄ってことはないし、戦利品としては十分だと思うよ」
「なにより、あの人たちが喜んでいるし」
彼方が、そうつけ加える。
「あれはあれで、いんじゃないかな。
それよりもぼく、今日は疲れたよ。
早く寝たい」
その言葉通り、彼方は帰宅するなり、
「おやすみ」
の一言を残して自室に入る。
「面倒臭いからさ」
遥が、恭介の腕を掴んでいった。
「このまま二人でお風呂を済ませちゃおうか?」
翌日、ダンジョン攻略は休むことにした。
律儀に毎日ダンジョンに入るべき理由もなかったし、拠点の方でも仕事はそれなりにあり、少なくとも退屈はしない。
彼方は、発芽したジャガイモを切って、畑に植える準備をしている。
遥は、人形何体かを連れて森の中に入っていった。
恭介はといえば、転職した剣士のジョブについて、いろいろ調べている。
「固有スキルは、足運び、か」
口に出して、そう呟く。
一つだけ、というのも珍しいかな。
魔術師と同じく、固有スキルが限定される代わりに、活用可能なスキルが数多く用意されている形なのかも知れない。
意外だったのは、その唯一の固有スキルも、攻撃用スキルではなかったことだ。
外に出た恭介は、早速、その固有スキルを試してみる。
「足運び、と」
口に出して歩いたりしてみたが、なにも起こっていないように感じた。
剣を持たないと発動しないのかな。
そう思い、倉庫中から例の魔力を消費して重量を変える剣を出して、構える。
「足運び」
口に出し、意識を集中して、動く。
自然と、すり足に近い形で、滑るように前進した。
これか。
と、恭介は思う。
狙撃手の命中補正と同じく、身体操作を補助してくれる系のスキルであるようだ。
慣れないと、意識して使いこなすのは難しいかも知れない。
なら、しばらく練習しておくか。
剣を構えたまま、恭介は、しばらく前後左右、様々な方向に移動する動作を試してみる。




