戦いすんで
『巳のダンジョンが攻略されました』
三人の脳裏に、機械的な口調のアナウンスが響く。
「終わったの?」
「終わったな」
近寄った恭介たちに彼方はそう問いかけ、恭介が答えるとその場でへたり込んだ。
「一時は、どうなるかと思った」
彼方は、荒い息をつきながら、そう続ける。
「運がよかった」
恭介は、真面目な表情で、そう告げる。
「あの時、うぃが現れて助けてくれなかったら、どうなっていたことか」
「うぃが?」
彼方は、恭介を見あげていった。
「そうか。
助けてくれたのか」
「詳しいことは、あとで説明するとして」
遥が、倉庫からタオルを取り出して彼方の頭に乗せる。
「まずは、ここから出ようよ。
いつまでも、居座る場所でもないし」
「だな」
恭介も、その言葉に頷いた。
「今回は、宝箱みたいなのも出てないようだし……」
いいながら、システム画面を開いていた恭介の顔が強ばる。
「どうしたん?」
遥が、訊ねた。
「倉庫をチェックしたら、ジョブチェンジの宝玉が三つ、あったのはいいとして」
恭介は、説明する。
「さっきのダンジョンマスターの残骸が、ほぼ丸ごと入っているんだ。
損傷箇所はあるけど」
三人はコートを羽織ってから、その空間の隅に出現していた転移魔方陣の上に乗った。
次の瞬間、三人は巳のダンジョン前に出現している。
すると、周辺から、拍手が鳴り響いた。
どうやら、順番待ちをしていたプレイヤーたちが、ダンジョン攻略のアナウンスから、中で起きたことを察してくれたらしい。
「よく、こんな厄介なダンジョンを攻略できたもんだ」
「中に入っていた時間の半分くらいは、ダンジョンマスターとの戦闘してたけどね」
声をかけてきたクレイヤーに、遥が答える。
「戦闘だけで?」
「そんなに強かったのか?」
周囲のプレイヤーたちが、ざわめきはじめる。
「そこまで辿り着くのは、はっきりいって運ゲーだ。
いいかえると、時間さえかければいつかは辿り着く」
彼方が、声を張りあげる。
「ここのダンジョンマスターは、手強い。
魔法はほぼ効かない。
本気で倒すなら、物理を鍛えておけ」
「詳しい情報は、あとでwikiにでも書いてあげておく」
恭介も、そういい添えた。
「疲れているんだ。
ちょっと、通してくれ」
周辺のプレイヤーたちは、素直に通り道を開けてくれる。
恭介たち三人はそこを通り、少し離れた場所まで移動してから倉庫からマウンテンバイクを取り出し、それに乗って家路に着いた。
「ダンジョンマスターのところにまで辿り着くのに、一時間ちょい」
彼方がいった。
「ダンジョンマスターとの戦闘に費やした時間は、二時間くらい。
ぼくたちでなかったら、もっと短い時間でたたき出されていたよね、きっと」
「そういう仮定に意味はないと思うけど」
恭介は、そう応じる。
「物理攻撃に特化したパーティとかなら、もっと楽に戦える気がする」
「レベル次第でしょ」
遥が、意見をいう。
「多少の得手不得手は、あるにせよ。
レベルが低いと、マジでどうにもならないし。
最低でも九十以上はないと、きついんじゃないかな」
「レベルっていえば、恭介。
さっきの戦闘で、あがってた?」
「ああ」
恭介は、ことなげに頷く。
「九十九になっていた。
カンストだ」
拠点に着くと、いい時間になっていた。
「夕食はなんにする?」
「疲れたんで、簡単に用意できるもの」
「寿司はどうだ?
手巻き寿司」
「ご飯炊いて、酢飯にして。
あとは具とノリを用意しておけばいいってやつか」
「いいね。
手間がかからない割に、ご馳走感も出るし」
「最近、魚、あんまり食べていないしね。
刺身なんてめったに出さないし、ちょうどいいかも」
「彼方は、休んでいていいぞ」
恭介は、そういっておく。
「今日の功労者だ」
彼方があの敵の相手をして注意を引いてくれなかったら、三人はごく短時間のうちにあのダンジョンマスターに始末され、ダンジョンの外に放り出されていたはずなのである。
「そうさせて貰う」
彼方はそういい、バスルームに消える。
「軽くシャワーを浴びて、少し横になるわ。
流石に疲れた」
恭介と遥は手分けして米を炊飯器にセットし、適当にマーケットで仕入れた魚介類を切り身の状態にする。
「味噌汁くらいは用意しておくか」
普段はだしの素などのインスタントを利用することが多いのだが、今回はせっかくだからいりこと鰹節からだしを取る。
他に料理を作らなければ、そうしてもたいした手間ではない。
「メシの時間になったら、起こして」
シャワーを浴びおえた彼方が、そういい残して二階に消えていく。
「さて」
二人きりになると、遥が確認して来る。
「キョウちゃんのレベルは、カンスト。
新しいジョブとか、増えてる?」
「増えてないな」
恭介はいった。
「そっちのレベルは?」
「今、九十七。
新しいジョブは、ある」
「なに?」
「暗殺者。
忍者の上位職、みたい。
忍者よりも、攻撃時のクリティカル発生率があがる、みたいな」
「なるほどな」
恭介は頷いた。
「攻撃特化になるわけだな」
「それはいいんだけど、忍術が使えなくなるのが痛いんだよね」
遥は、そういった。
「忍術、攻撃用というより、待避用のスキルなんだけど。
いざという時は、意外に頼りになるし」
「忍者だから、生還するのを優先しているのかな?」
「多分」
遥は、頷く。
「当分は、忍者のままがいいかな、って」
「そうだよなあ」
恭介も、頷いた。
「クリティカル発生率上昇は魅力だけど、生存率を高める方を優先しておいた方がいいよなあ」
「で、キョウちゃんはどうするの?
一度、カンストしちゃったわけだけど」
「今回の戦闘で、次の課題が見えたからな」
恭介はいった。
「戦士か剣士に転職して、物理攻撃力をあげるつもり。
多分、剣士の方になると思うけど」
「今のパラメータでも、体力と力は十分だもんね」
遥は、そういって頷いた。
戦闘基本職五種のうち、戦士のメリットは、力と体力があがりやすいこと。
逆にいうと、その二種のパラメータが十分にあがっている状態だと、わざわざ戦士を選ぶ理由がない。
攻撃に重点をおくのなら、戦士よりも剣士を選択するのが、常道だった。
剣士は成長するに従って、戦士にはない多様な特性を持つ攻撃スキルをおぼえるジョブだ。
今のトライデントに必要なのは、戦士よりも剣士の方だろう。
「転職しても、今までにおぼえたスキルは引き続き使えるしね」
遥は、そうつけ加える。
パラメータに不安がなければ、どんなジョブに就いていてもどうにかなる。
だから、一度カンストしてからの転職は、そこまで深刻な問題ではない。
本人よりも周囲の状況、パーティ内でのバランスなどを考慮して決定するのが、正常な判断といえた。
今回、恭介が剣士を選ぼうとしているように。
「巳のダンジョンを攻略して」
「破損はあるにせよ、ダンジョンマスターの遺骸を丸ごと持ち帰った、だと?」
しばらくしてやって来た酔狂連の連中に報告すると、にわかに騒がしくなった。
「いや、それは」
「是非、うちで買い取らせて貰って」
「貴重な研究資料」
「いや、もとともと、そちらに提供するつもりでいたし」
恭介は、そういって騒ぐ連中を黙らせる。
「まずは、メシ。
詳しい相談は、あとにしよう。
新しい武器とか、発注したいものもあるし」




