唖然
しばらくして、両膝が破壊された敵は、すでに三本の手首を失っていた。
首は傾いだまま戻らなくなり、胴体部分も全体に煤けている。
三つある顔面は、一つは口が開きっぱなし、あとの二つも、度重なる攻撃を受け、片目などを失い、うつろな穴をそのまま露出している。
「本当に、硬い敵だな」
恭介は、そう呟く。
これまで、生物系のモンスターを相手にすることが多かったせいもあり、今回のダンジョンマスターについては、半ば本気で呆れている。
細い手首部分や関節部ならともかく、胴体部など、太い部位の破壊法が、なかなか思いつかない。
とりあえず、手首をすべて潰したら、首を狙うか。
などと、恭介は考えている。
首を切断して動きが止まれば、いいんだが。
「これまでちょっと、恭介の魔法攻撃に頼り過ぎていたかなあ」
少し離れた場所で、彼方がそんなことをいう。
「魔法抵抗が大きい敵が来た途端、ここまで手こずるとは思わなかった」
「帰ったら、物理攻撃力をあげる方法を考えよう」
恭介は、そう答えておく。
「とりあえず今は、こいつを片付けることに全力を尽くして」
目の前のこいつを片付けないことには、このダンジョンから出ることは出来ないのだ。
と、思う。
恭介たちが入って来た巨大な扉は、今では閉ざされている。
これはつまり、決着がつくまで、この場から出られない、ということなのだろう。
相手か、こちらか。
どちらかに死者が出ないことには、終わらない仕様らしい。
もちろん恭介たちは、自分の側から死者を出すつもりはなかった。
敵の機動力を奪うことに成功したので、まだしも余裕があるのだが。
ここまで長い時間をかけてもとどめを刺せなかった。
この事実は、三人に忸怩たる思いを抱かせるのに十分だった。
これまで、モンスター戦に関しては、割合順調に進んでいたから、なおさら堪えている。
一刻も早く、ここの攻略を終わらせたい。
そういう気持ちが、強くなっていた。
「あ!」
いちはやく異変に気づいた恭介は、短く叫んだ。
「離れて!」
ステルスモードの遥の行動は確認出来ないが、彼方はその越えに反応して、即座に飛び退く。
敵は、腰あたりから異音を発し、自分の両脚を切り離した。
続いて、そこから少し離れた場所に、巨大な物体が出現する。
「嘘でしょ!」
遥が、絶叫した。
「おかわりがあるなんて、聞いてないって!」
両脚を切り離した敵は、新たに出現した巨大な物体に、残った体を接続する。
すると、全長五メートル以上にはなる、半人半蛇の姿になる。
役立たずになった両脚を捨てて、代わりのオプションパーツを手に入れた形だ。
「前より、強くなってないか、これ」
珍しく、彼方が狼狽えた様子を見せる。
「この下半身の蛇体も、魔法を受け付けないのかな?」
「試してみる」
恭介はZAPガンを取り出し、敵の下半身に無属性魔法を浴びせる。
「ほとんど、効果はないようだ」
「落ち着いているんじゃないよ!」
遥が、叫ぶ。
「早く攻略法、考えて!」
三人の混乱をよそに、敵の方は落ち着いた様子で自分の体を見おろし、何度か下半身の蛇体を震わせた。
おそらく、動作チェックといったところだろうな。
と、恭介は思う。
失った手首まで交換していないということは、交換用のパーツがもともとないのか、それともなんらくの制約があって、交換できないのだろう。
それについては、素直に幸運だと思う。
これで三対の両腕まで元に戻ったら、目もあてられない。
敵は、上半身を高く持ちあげ、恭介たち三人を見おろす。
本物の蛇だったら、鎌首をもたげた。
とかいう、動作に相当するのだろう。
つまりは、臨戦態勢だ。
「どうする、恭介」
彼方が、訊ねて来る。
「とりあえず」
恭介は答えた。
「逃げて。
対策は、おいおい考える」
恭介と遥は、相変わらずステルスモードだった。
自分から声をあげたり、攻撃をしたりしなければ、敵に居場所を気づかれることはない。
結果、唯一目視可能な彼方だけが、標的となる。
敵は、上半身を丸ごと錘にして、上から下方へと、彼方にぶつけてきた。
「この!」
彼方は、かろうじて盾でそれを受け止め、それどころか、押し返す。
「舐めるなって!」
押し返された敵の上半身は、五メートル以上、上方に持ちあがった。
「こっちだって、レベルなりに耐久力と力があがってるんだ!」
彼方は、そう啖呵を切った。
「多少しつこくされたとしても、すぐに潰されるかよ!」
つまりは、彼方がしばらく持ちこたえている間に、下半身を換装した敵の攻略法を、思いつかなくてはいけない。
まいったなあ。
と、恭介は思った。
マジで、なにも思いつかなかった。
「ということで、なにかない?」
「キョウちゃんにもわからないことが、わたしにわかるわけないじゃない」
ステルスモードのまま、敵からかなり距離を取って、二人はこそこそと打ち合わせをする。
「あの体にダメージ入れる方法、って、結局物理になるじゃない?」
「そうはいっても、あの巨体だからなあ。
今までは、関節とか細い部分を狙ったから、どうにかなったんだが」
珍しく、恭介は本気で弱っていた。
「あいつの体、本当に硬いし」
離れた場所では、彼方がその巨体の敵相手に孤軍奮闘している。
健闘しているとは思うのだが、敵にダメージを入れる方法を思いつかないと、いずれは体力が尽きてやられるだろう。
なにか、方法はないか。
忙しく、恭介は自分の頭の中を検索する。
「うぃ」
そんな恭介の手に、そっと鉤爪が置かれる。
「うぃくん」
遥がいった。
「なにか、名案とかあるの?」
「うぃ」
うぃは、片手をあげてその声に応え、恭介に向かってはなにやら手振りで伝えようとする。
「その格好は。
ええと、こいつか?」
恭介は、ZAPガンを取りだして、うぃに示した。
「うぃ」
うぃは頷き、恭介からZAPガンを受け取り、器用に鉤爪で操作してホルダーを伸ばし、狙撃モードにする。
「それ、あの敵には効かなかったんだけど」
恭介はそういいながらも、うぃの手元を覗き込む。
うぃは、とんとん、と、ZAPガンを鉤爪の先で叩いたあと、すっと、瞬時に、ZAPガンのグリップの中に消えた。
「おい」
恭介は、呟く。
「いくらなんでも、出鱈目だ」
「出鱈目でも、ご都合主義でもいいじゃない」
遥がいった。
「この場の危機を、逃れられるんなら」
半信半疑のまま、恭介はZAPガンを構えた。
うぃが入り込んだグリップ部分は、ZAPガンの魔力を蓄える場所になる。
つまりは。
うぃを、撃ち込むってことか?
出鱈目だ。
と、恭介は思う。
仮に成功すれとすれば、遥がいった通りに、ご都合主義ということになるだろう。
照準をつけた先では、相変わらず敵と彼方が、盛大にどつき合っている。
敵の、特に下半身部分が、以前と比較するとかなり太くなっていた。
狙いは、かえってつけやすい。
あの、下半身と上半身の、接合部分を狙う。
恭介は冷静な気持ちで引き金を引いた。
なにも効果がなかったとしても、もともとなのである。
が、恭介の予想に反して、敵の上半身と下半身は、見事に分断される。
「は?」
思わず、恭介はそんな声を漏らした。
「うぃ」
ZAPガンのグリップから、そんな声が聞こえる。
その声はまるで、次の攻撃を促しているように、思えた。
どうとでもなれ。
そう思いつつ、恭介は立て続けに引き金を引く。
まず、落下中の上半身が、何度かの銃撃を受けてきれいに姿を消した。
続いて、残った下半身も、端から順番に銃撃して、消していく。
想定外の成り行きに目を丸くしている彼方の姿が、視界の隅に映った。
ああ。
と、恭介は、思う。
あとで説明するの、面倒だな。
と。




