強敵
異音がして、ほんの一瞬、敵の動きが止まった。
ような、気がした。
「は?」
敵の猛攻をどうにか捌き、凌いでいた彼方が、間の抜けた声を出す。
「なんでお前が、接近戦をしているんだよ!」
敵を挟んで反対側、相変わらずステルスモードで姿こそ見えなかったが。
そこに居る何者かが、敵に対して攻撃を、それも、かなり苛烈な攻撃をおこなったのは、確かだった。
その証拠に、敵の六本ある腕のうち、四本が向こう側に回って、剣を受け止めている。
その剣による打撃はかなり重いらしく、四本の腕は小刻みに増えるていた。
「火遁!」
その剣の周囲に火炎が起こり、剣自体はあっという間に離れていく。
おそらく。
と、彼方は予測する。
魔力を込めることで重量を増す剣で、恭介が敵を攻撃して。
その一撃を敵に受け止められたと察した遥が、恭介を抱えて逃げた。
と、いったところだろう。
「いや、敵の動きが意外と速くて」
遠くから、恭介の間延びした声が聞こえてくる。
「狙撃するのも難しそうだから、直接どついてみた」
アホな。
と、彼方は思う。
遠方からの飽和攻撃によってに動きを止め、その隙に乗じて決定打を与える。
今まで、たいていのモンスターは、そのメソッドで仕留めてきている。
今回の敵は、フットワークが軽くて動きも速いから、その足止め戦法を使う隙がない。
だから、恭介たちが焦るのも、理解出来ないわけではない。
だが。
だからといって。
「紙装甲のやつらが、揃って近接戦闘に振り替えてんじゃねーよ!」
彼方にしては珍しく、怒気を含んだ声を出す。
どうしてそうしているのか。
そこに至った思考は、トレース出来た。
しかし、その内容を納得が出来るかといったら、別のことになる。
この敵の攻撃をまともに食らったら、恭介も遥も、一撃で沈む。
今回対峙しているのは、その程度の重さのある攻撃を、常時普通に放って来る敵なのだ。
正面から攻撃を受けるのは、自分に任せておけよ。
と、彼方としては、思ってしまう。
「魔力に対する耐性が強い以上、物理で攻撃するしかないじゃん」
そういう遥の声は、高速で移動しているせいか、奇妙に歪んでいる。
三人がそんなやり取りをしている間にも、敵は、彼方へ攻撃する手を休めることはない。
継続して、絶え間なく、彼方を攻撃している。
彼方は、それを盾でいなし続ける。
「お」
敵の顔、その下半分が、がくりと落ちた。
顎が大きく開き、作り物めいた舌が丸見えになる。
彼方は、なんとも形容のしようがない悪寒を感じ、本能に従って大きく後ずさり、距離を取る。
敵の口から、大きな火炎が伸びた。
かろうじて、盾で受け止めて直撃は免れたが、彼方があのまま距離を取っていなかったら、全身が火だるまになっていたはずだ。
ヤバいな、こいつは。
と、彼方は思う。
生物というより、知性ある存在によって設計された被造物、に、近い存在なのだろう。
彼方たちプレイヤーが操る人形などよりも、よほど高度な動きと判断能力を持って動く、存在。
「ロボット。
いや、オートマトンってところかな」
彼方は、呟く。
その敵は、三つある顔、すべての口を大きく開いて盛大に火炎を吐き続けていた。
頭部も、自由に回転させられるようで、ときおりその火炎が円滑に左右に揺れ、吐き出される向きを変える。
この状態では、迂闊に近寄れない。
その時。
大きな、濁音が響く。
敵の口、その一つに、なにかが飛び込んで、したたかに打撃を与えたらしい。
口の一つが開いたまま、炎を出さないで、代わりに黒煙を出すようになっている。
恭介か。
と、彼方は思う。
おそらく、敵の足が止まったので、アンチマテリアルライフルあたりで、狙撃をおこなったのだろう。
その辺の切り替えは、かなり機転を利かせる男だった。
敵は、残り二つの口を閉じる。
開いたままの口からは、黒煙を吐き続けている。
「多少は、ダメージになったかな」
意外と近くから、恭介の声が聞こえた。
「口の中を攻撃しても、その程度かよ」
どうやら、ステルスモードのまま、刻々と移動し、居場所を移しているらしい。
「来るよ!」
遠くから、遥の声が聞こえる。
叱責するような、口調だった。
彼方は盾を持ち直し、再び敵の攻撃を受ける。
他の二人が、どういう手段に訴えようとも、構わない。
気にかけない。
彼方は、敵の攻撃をひたすら受けながら、そう思った。
タンクである自分の役割は、敵の注意を引き、ひたすらその攻撃を受け止め続ける。
それだけだ。
あとは。
残りの二人が、どうにかしてくれるだろう。
そう考えるしか、なかった。
しばらく、一進一退の攻防が続く。
敵のアルゴリズムは、思ったよりも柔軟で、恭介や遥による奇襲を受ける度に適切な対応をしている。
驚いたのは、この敵は何度か武器を持ち替えている、ということだ。
なにもないように見える虚空から、新たな剣や槍、弓などを取り出したのを確認している。
どうやらこの敵は、プレイヤーたちが使う、倉庫に似た機能を自由に使えるらしい。
そして、細身の外観に似合わない、耐久力。
先ほど、口の中にアンチマテリアルライフルの直撃を受けても、口が閉まらなくなる、といった程度の損傷で済んでいる。
彼方は、その時の弾頭の種類までは確認していなかったが、どんな弾頭であろうとも、運動エネルギー量自体はそんなに違わない。
とにかく、頑丈な敵であることは、確かだった。
さらにいえば、魔法による攻撃が、ほとんど効果がないことも、確認されている。
多少の傷くらいは与えられるが、大破させることは難しい。
ありたいにいって、攻略がかなり難しい敵といえる。
持久戦に、なるかな。
と、彼方は思う。
こちらの損耗を最小限に抑えながら、時間をかけて小さな傷を与え続け、どうにか倒しきるところまで、粘る。
今のところ、他の方法を思いつかない。




