巳のダンジョン
三人は一度、中央広場に戻る。
そこは相変わらず賑やかな空間になっていて、大勢のプレイヤーがたむろして休憩したり駄弁ったりと、思い思いに過ごしていた。
まだ昼には早い時間だったので、中央広場を抜けて政庁一階の食堂に入り、自販機の飲み物だけ買ってテーブルにつく。
食堂の隅に設けられていた売店に桃木マネージャーが座っていたので、軽く手をあげて挨拶しておく。
桃木マネージャーも、黙礼を返しただけだった。
あちらも仕事中だから、邪魔してはいけない。
「狙い目は、巳のダンジョンかなあ」
攻略wikiを確認しながら、彼方がいった。
「あそこも他のダンジョンとは違っていて、どうも、フロアという概念がないらしい。
今まで、あそこのダンジョンで最長に粘ったパーティは、四時間以上も中に居たらしいけど。
それでも、下に降りる階段は見つからなかった、って」
「その代わり、どこかに強制転移させられる魔方陣だらけなんでしょ」
遥が指摘をする。
「その転移も、どうやらランダムっぽいし。
よほど気が長くないと、ダンジョンマスターのところまで辿り着ける気がしない」
「でも、うちには、幸運値の高い人が居るから」
彼方が指摘をする。
「あ」
そういって、遥も恭介の方に顔を向け、まじまじと見つめた。
「居るねえ。
珍しく、幸運値が育っている人が。
キョウちゃん。
今、幸運、プラスいくつかな?」
「ええと」
恭介は自分のステータス画面を表示して、確認する。
「今、プラス21だね」
「いけそう」
遥は、そういって頷いた。
少し休憩してから、三人は今度は巳のダンジョンに向かう。
巳のダンジョン前は、少し騒がしかった。
待っているパーティ数は、三パティほどであり、「混雑している」というほどでもない。
「割と人気なんだね、ここ」
「ダンジョンというよりも、アトラクションみたいな感覚なんじゃないか?」
「ここのモンスターは、そんなに強くはないっていうしね」
順番待ちをする間に、三人はそんな風に囁き合う。
巳のダンジョンにポップするモンスターは、二本足歩行型と動物型が半々くらい。
そのうち二本足歩行型はスキルのような力も使うようだが、実際に戦ってみるとさほど苦戦はしない、という。
モンスターがさほど強くないのならば、プレイヤーにとってもそれだけリスクは少ない。
モンスターの強さよりも、ダンジョンマスターの元に辿り着くまでの行程でプレイヤーに苦労を強いるタイプのダンジョンなのだろう。
一時間半ほど待たされて、ようやく三人の番となる。
一パーティ当たりのダンジョン内滞在時間が長めだから、待ち時間も長くなる傾向になるらしい。
その間、三人は雑談を交わしたり、恭介は倉庫の中から本を出して読んだりして、時間を潰した。
つき合いが長いせいもあって、こうした時に三人でだらだら過ごしてもあまり苦にはならない。
そうした過ごし方にも、三人はある程度、慣れていた。
巳のダンジョン内部に入る。
「おお」
恭介が、呟く。
「本当に、転移魔方陣がある」
「戌のダンジョンで見たものよりも、かなり小さい気がするけど」
彼方も、そうコメントする。
「転移魔方陣、らしいね。
このサイズでも、機能はするのか」
魔方陣の中に記されている文字列は、恭介たちが知るどんな文字にも似ていない。
「ひょっとしたら、あとで解読とか出来る可能性もあるから」
彼方はそういって、魔方陣の画像に撮った。
「はい、男子ども」
遥がいう。
「さっさと先にいくよ」
三人は、ほぼ同時に転移魔方陣を踏む。
「子のダンジョンの時よりは頻繁に出て来て、歯ごたえがない感じかなあ」
何度か転移をしてあとで、恭介はそう感想を漏らした。
このダンジョンに出没する、モンスターについての印象になる。
「子のダンジョンに出て来たモンスター、確かにここのよりは丈夫だったかも」
遥も、そうこぼす。
「どっちのモンスターも、ほとんど一撃で片付けているけどね」
彼方が、事実を指摘した。
「それも、かなりの遠距離で。
うちのパーティ、ほとんど近接戦用兵力、要らないんじゃないかなあ」
「そこはそれ、今のうちに楽をしている。
とでも、思ってて」
遥がいった。
「はい、そっちの方向」
「はいよ」
そういう雑談の合間にも、恭介はZAPガンでモンスターを狩り続けている。
「これじゃあ、散歩しているのとたいして変わらないね。
緊張感にかけるっていうか」
「本当に緊張していたら、少なくとも勝ち目は薄くなるんだけどな」
恭介がいった。
「リラックスした状態で全力を出せるのが、理想だよ」
「そうだねー」
遥も、その意見に同意した。
「誰だよ、四時間以上かかるとかいったやつ」
「今、入ってから、ようやく一時間ってところかな」
「誰かさんの幸運値のおかげ。
っていうことに、しておこう」
物々しく強大な扉の前で、三人はそんなことをいい合いながら、コートを脱いで倉庫にしまう。
恭介は杖を、彼方は盾を、遥はゴーグルをそれぞれ倉庫から取り出して身につけた。
恭介と遥が、ステルスモードに移行する。
「このダンジョン、ボス部屋まで辿り着いたプレイヤーは居ないから。
当然、中にどんなやつが居るのか、まったくわからない」
彼方がいった。
「最大限に警戒して、身を引き締めていこう」
「了解」
「わかった」
恭介と遥は、ステルスモードのまま頷く。
前の時と同じく、扉の直前で恭介が杖を構え、彼方と遥が巨大な扉を押し開ける。
これまでに体験したダンジョンマスターの部屋よりも、ずっと広い空間が広がっていた。
その中央部に、ぽつんとひとつだけ、異形が座っている。
恭介の放った巨大な火球は、その異形に向かって進んでいく。
ただ、その空間が広すぎて、火球が異形に到着するまで、まだ数秒はかかりそうだ。
「三面六臂、っていうやつかなあ」
彼方が、その異形について形容した。
「一つの頭部に顔が三つ着いていて、それぞれの顔の向きに合わせて両腕がある。
三つの顔に、六本の腕。
仏像なんかに、よくある造形だ。
あれが、生物なのか人形なのかは、よくわからないけど」
「気をつけて」
ステルス状態の遥が、小声で注意をした。
「あれ一体しかいないっていうことは、あれ、赤鬼と同等かそれ以上の強さになるよ」
「着弾」
同じく、ステルス状態の恭介が報告する。
「でも、ああ。
凄いな。
無傷に見える。
今回のは、強力な魔法耐性持ちらしい」
呆れたような口調でいいながら、恭介は倉庫に杖をしまい、代わりにアンチマテリアルライフルを取り出す。
「来るよ」
そういう遥の声は、途中で遠ざかっていく。
「彼方、うまく受け流して」
「囮、よろしく」
恭介も、その声を最後に完全に気配を消す。
「はいはい」
猛然とこちらに迫ってくる敵に対して鹵獲品の盾を構えながら、彼方はいった。
「タンク役は、敵を引きつけてなんぼってね」
いい終えた直後、距離を詰めてきた敵が、盾に激突する。
体当たりをしたあと、六本の腕を駆使して別方向から、間髪を入れずに攻撃が来る。
そうした攻撃を、彼方は平然と受け止め、受け流した。
六本の腕には、それぞれ剣や矛などの武器が握られている。
全長三メートル、っていうところかな。
攻撃を受け流しながら、彼方は観察する。
細身であることも手伝って、遠くに居た時は、大きさを性格に目測出来なかった。
華奢な印象に関わらず、攻撃は重いし、早い。
なにより、動きに遅滞がなく、間髪を入れずに次の攻撃に移行するので、隙がない。
自分一人で相手をしたら、長く保たないな。
と、彼方は、そう思った。




