新居
住居の方がどうやら形になってきたある日、ひさびさに小名木川会長から連絡があった。
「またなにかありましたか?」
『ないな。
幸いなことに』
用件を訊ねた恭介に、小名木川会長が答える。
『ダンジョンの方は、相変わらず停滞中だ。
ま、地道に頑張っていくしかないだろう。
今日の用件は、単純な連絡事項だ。
こっちからそっちの拠点まで続く道があるだろう?』
「ありますね」
『それを、舗装することになった。
市街地の内部が、どうにか一段落ついたんでな』
「はあ、なるほど」
恭介は生返事をする。
「よろしくお願いします」
『それだけか?』
「と、いわれましても」
恭介はいった。
「実感がわきませんし、やりたいのなら好きにしてください、ってのが本音です」
『お前らにしてみれば、そんなもんなのかも知れないな』
小名木川会長は、ため息混じりにそういった。
『この舗装工事のために、結構なポイント使って人集めしたんだが』
「そうなんですか」
恭介は、適当に相づちを打つ。
「ひょっとして、人件費があがってます?」
『その通り。
かなり多めのポイントを保証しないと、土木工事なんて誰もやりたがらなくてな』
小名木川会長は、内情を教えてくれる。
『ことに最近は、なまじダンジョンで稼げるもんだから、日当もかなりはずまないと、人が集まらない』
「景気がいいんですね」
恭介はいった。
「それだけみんなが羽振りよくなったわけですから、基本的にはいいことなんでしょうが」
『まあ、景気は、いいんだろうよ』
小名木川会長は、歯切れの悪いいい方をする。
『ただ、それ以外の部分がなあ。
以前ほどの勢いが、ないっていうか』
「それだけ、安定しているってことですよ」
恭介は、諭すような口調で、そういう。
「こっちに移って来たばかりの、右も左もわからない時の熱狂を懐かしんでも仕方がないでしょうに」
『それはまあ、そうなんだがな』
小名木川会長は、どうやら苦笑いをしているようだ。
『あんな騒ぎ、もう二度と経験したくはない。
そうは、思っているんだが。
で、そっちはどうだ?
なにか変わったことでもなかったか?』
「変わったことは、特にありませんねえ」
恭介はいった。
「ようやく、自分たちの住む家が完成しそうです。
それと、なんだかんだで、拠点内部で稼働している人形が増えました」
『人形?
あの、酔狂連の連中が使っているやつか』
小名木川会長はいった。
『こっちでも、たまには見かけるが。
そうか。
そんなに役に立つものなのか、あれ』
「労働力不足を補う、いい手段ではありますね」
恭介は、慎重な表現をする。
「使い方次第ですし、その使い方を呑み込むのに、多少は時間がかかりますが」
そんな雑談を交わしたあと、通信を終える。
あちらは、あちらで。
と、恭介は想像した。
忙しくはあるんだろうが、以前のような刺激が足りないのだろう。
小名木川会長は、どこか退屈しているようにも思えた。
家づくりは着々と完成に向けて進んでいる。
内装、特に壁紙の選定について、彼方は遥に一任した。
特に拘りを持たない恭介も、そのままにしている。
剥き出しの床材の上にフローリング素材が敷かれ、ボンドで固定される。
コンロや食洗機など、キッチン周りの機材も次第に増えていった。
電気周りの配線も、終わっている。
「壁紙を貼り終わったら、家具だね」
彼方は、そういった。
「一階と二階の共有部は話し合いで決めるけど、各個室の中は好きなように」
恭介たち三人の家は、広かった。
一階は、キッチンと集会室、バス、トイレ、その他の収納スペース。
二階は、個室が二つと、共用部分が一室。
空調は薪ストーブと、元の世界のエアコンも設置している。
一階の集会室は、ようするに夕食時にみんなで飲食するためのスペースで、余裕を見て二十畳ほどの広さを確保している。
二階の個室二つは、恭介と遥、それに彼方のプレイベートスペースになり、これが六畳ほどの広さ。
同じく、二階の共有スペースは、来客が寝泊まりする場所も兼ねている。
立場的に、トライデントはこの拠点のトップであり、特に彼方はソラノ村の村長ということになっていた。
だから、来客用のスペースも、用意して置いた方がいい。
余裕があれば、別棟のゲストハウスも建てる案も出ていたが、今の時点ではその必要性がどこまであるのか不明なため、あくまで企画案に留まっている。
排気をする関係で発電機は屋外に置く必要があったが、そこから屋内に続く配線はすでに施工を終えていた。
要するに、もう内装の一部を残すのみであり、ほぼ完成しているようなものだった。
「遠くから見ると、目立つよなあ」
外からほぼ完成している家を見て、恭介が呟く。
元の世界にあった住宅と同じような外見だが、唯一、屋根部分の甲羅にだけ、違和感がある。
他の部分は工業製品の集合体だが、甲羅だけはどう見ても天然由来の素材であるため、合わせて見てみると、その部分だけ主張が強い。
「まあ、はじめて来る人への目印にはなるんじゃない?」
そばに居た遥は、そういう。
「でっかい甲羅を載っけている家なんて、珍しいわけだし」
「そりゃ、滅多にないだろうけど」
恭介は、呟く。
「まあ、間違えようがないから、これはこれでいいのか」
恭介は、そういって自分自身を納得させる。
その甲羅ハウスもどうにか完成し、三人はそちらに住処を移す。
とはいっても、荷物などは普段から倉庫に放り込んであるので、身一つで移動するだけだったが。
元住んでいた場所は、当面、外来者などの休憩所にでも使って貰うつもりだった。
もっとも近い予定としては、道路舗装の人員が、休憩所として使用するかも知れない。
あの道から少し奥まったところにある、この拠点までわざわざ足を運んでくるのか、今の時点ではなんともいえなかったが。
新居に移った三人は、個室用の家具をマーケットで選んで購入、設置する。
遥は、溜まっていた洗濯物を洗濯機に放り込んで、ほとんど丸一日を使って立て続けに洗濯する。
少し落ち着いてから、三人は一階の集会室に集まって休憩した。
「ああ、おれたちの家なのか」
お茶を飲みながら、恭介はもつりと呟く。
「そうだね。
ぼくたちの家だ」
彼方は、そういって頷いた。
「ようやく、だねえ」
遥も、しみじみとした口調で、そういった。
「別にこれが目的で、動いて来たわけでもないんだけどさ。
ようやく、落ち着ける場所が出来たね」




