三叉銛(トライデント)
「あ、三叉銛作っておきましたんで、あとで渡しますね」
夕食の最中、岸見にそんなことをいわれる。
「今回は全部で五十本、作っておきました。
足りなくなりそうだったら、またいってください」
「多いくないかな、それ」
恭介は疑問を口にする。
「あと、仕事が速い」
「こういうものは消耗品ですし、一度使う人が多くなると、あっという間に売れますから」
岸見は、なんの気負いもない態度で、そう返す。
「それに、スキルを使いますと、そんなに時間も手間もかからないんですよ。
穂先の部分は、八尾くんの担当ですし」
「トライデントは、構造が簡単だからなあ」
八尾も、口を挟む。
「生産系のスキルというのは、あれだ。
人形作りでも、見ただろ。
原料を用意しおけば、ぱっと作れる。
構造が複雑な製品なんかは、多少時間がかかるし、スキルレベルが高くないと失敗する確率が大きくなるわけだが」
「単純な構造だと、多少数が多くても、そんなに時間はかからないな」
三和も、いった。
「その点、トライデントは、柄の部分と穂先、あと、穂先を固定する加工くらいしか、工程がないから。
まあ、半日もあれば、五十や百は余裕で作れる」
「今回の穂先は、防錆性能とかを高めるように手を入れているんで、それよりは時間がかかったくらいだが」
八尾が、解説してくれる。
「それでもまあ、トータルな時間としては、そんなに変わらんかな」
「鉄、なんですよね、その穂先」
彼方が、確認する。
「主成分は、鉄だな」
八尾は、澄ました表情で答えた。
「ただ、例によってこの世界ならではの成分も、いくらか混ぜ込んではある。
元の世界の鉄製品だって、炭素の含有量で用途や性質がかなり違ってくるくらいだから、そんなに心配する必要はない」
「いや、実際に使う立場としては、気になるけどね」
遥がいった。
「あんまり得体の知れない代物、普段使いにしたくはないし」
「武器に対してこういうのもなんだが、使用者の安全性には万全を期している。
心配をする必要はない」
八尾は、きっぱりと断言する。
「それより、お前ら。
あれ、投げることもあるのか?」
「実物を見てみないことは、なんとも」
恭介はいった。
「重量バランスとか確かめないと、投げられるのかどうか確認しようがないですからね。
それに、水中で投げても、命中した先でどれくらいの威力があるのかどうか。
実地に確認しないことには、どちらともいえませんし」
「そりゃ、道理だなあ」
八尾は、頷いた。
「まあ、ものは試しだ。
メシが終わったら、外で投げて確認して見ろ」
「ほい」
岸見が、例によって手製の標的を、とすとすと地面に設置していく。
ここから標的までの距離は、目測で百メートル程度。
岸見がこちらに歩いてきて、標的から完全に離れたのを確認してから、まず恭介がトライデントを無造作に投げた。
「おお」
「的の、ど真ん中ですね」
八尾と三和が、短く感嘆の声をあげる。
「スキルの効果ですよ」
恭介は、平坦な声で説明する。
「このスキルを持っていると、むしろ、外す方が難しい」
「実際、それが本当だから困る」
そういいつつ、彼方も無造作にトライデントを放った。
「当然のように、命中ですね」
岸見が、いった。
「次は、わたしか」
遥も、トライデントを投げる。
「これも、命中」
桃木がいった。
「なんというか、こうして目の当たりにすると、つくづくチートだって気がしますね。
この、スキルっていうもの」
「おれたちにいわせると、生産系のスキルも似たようなもんなんだけどね」
恭介はいった。
「スキルの力を自分の力だと、錯覚しないようには、普段から心がけている。
いきなり与えられたもんだから、またなにかの拍子にあっさりと取り上げられるかも知れないし」
「そういうところは、慎重なんよね。
キョウちゃん」
遥がいった。
「でもこのスキル、水の中でも有効なんかな?」
「多分、有効」
恭介が即答する。
「今日も水中でZAPガン、使ってみたんだけど。
その時の感触では、スキルを使えていた。
問題は、スキル以外の部分かなあ。
これは、実際に試してみないとわからない」
「スキル以外の部分?」
遥が、訊き返す。
「威力、だよね」
彼方が説明する。
「命中率に関しては、スキルの力でどうにかなる。
ただ、水中の中で命中しても、十分な殺傷能力があるのかどうか。
これは、実際に試してみないことにはなんともいえない」
「水の抵抗があるし、甲殻類みたいに表面が硬い敵だと、命中しても貫通しないかも知れない」
恭介がいった。
「効果がない場合は、近寄って直に突き刺すか、ZAPガンを頼るか。
いずれにしろ、攻撃方法の種類は多めに用意しておいた方がいい」
「そうだねー」
岸見が、気軽な口調でそう答えた。
「こっちもなにか、別に有効な手段がないか、考えておくわー」
「三叉銛、かあ」
その得物を恭介たちから手渡された鹿骨が、いった。
「確かに、こういう武器が必要なのかもなあ」
「酔狂連からの差し入れです」
恭介は、そう説明する。
「試作品であることもあり、初回のお代は取らないんですよね、あそこ。
実際に試してみないと、効果のほどもわからないから、って。
次回以降はちゃんと有償で売買されるはずですので、今持って来たそれは、遠慮なく使ってください」
「お言葉に、甘えるしかない。
か」
鹿骨は、しみじみとした口調で、返す。
「それじゃあ、道具も揃ってきたところだし。
今日から、そちらの戦闘訓練も、組み込んでみようか」
「それは、いいんだけどさ」
遥がいった。
「酸素ボンベの使い方とか、先に教えて貰えないかな」




