仮説と習熟訓練
「魔法を行使する機序についての仮説」
今度は、姉の青葉が発言する。
「魔法は、場合によっては膨大なエネルギーを要する効果を発動する。
このエネルギー源には、魔石と通称される物質が使用されるものと、仮定されている。
魔法を使うごとに、手持ちの魔石が消費されるからだ。
一方、似たような、元の世界にはないスキルという能力は、魔法よりも多種多様な効果があり、必ずしもエネルギーを必要とする効果があるものばかりではない。
この二種類は、似て非なるものであり、混同することは厳密に戒められねばならない。
スキルとはその名の通り、特定の作業プロセスを使用者の身体に焼きつけ、通常の学習に頼らずに強引に習得させる方法である、と、仮定出来る。
魔法関連のスキルについても、その効用あくまで、魔法の使用法を習得出来る、であり、魔法そのものが直接的に使えるようになるわけではない。
多分、この魔法関連スキルを得ても、魔石のない、元の世界のような場所に居たとしたら、魔法は使えない。
魔法を使う方法を知っていることと、魔法を使えることとは、厳密には一致しない。
ここまでが、前提」
淡々とした、事実のみを報告するような口調だった。
「それで、同じ魔法でも、使う人によって威力が違うのは、なぜなのかな?」
恭介が、訊ねた。
「それについても、仮説みたいなのはあるんだろう?」
「魔法の威力に個人差があるのは、おそらくは、個人により魔力を操作するプロセスの効率に差があるためではないかと、想定している」
青葉は、口調を変えずに続ける。
「魔石に込められたエネルギーを具現化する際、同じ量の魔石を消費したとしても、プロセスにおける効率が違えば、実際に取り出される量にも有意の差が生じる。
馬酔木氏が他の魔法使いと大きく違うのは、おそらくは、この処理能力の効率であると推察される。
ただ、今までに集めたデータでは、まだまだ魔法という現象の本質に迫るのには不足し過ぎている。
今後、収拾するデータによっては、以上の仮説が修正される可能性もある」
「なんか、この子、普段と全然雰囲気違うんだけど」
遥が、紅葉に確認していた。
「レポートモードですね」
紅葉は、答えた。
「何度も推敲しているんで、報告書の文章丸暗記しているんですよ。
それを、暗唱しているだけです」
「丸暗記を、暗証。
ねえ」
彼方は、微妙な表情になった。
「だったら、テキストは、ある程度出来ているんだ?」
「そりゃあ、まあ」
紅葉は、頷いた。
「魔法関連は、こっちでも重要な関心事になるわけですから。
その正体には、目茶苦茶興味があります」
「だったら適当にまとめて、ぼくたちの代わりに、生徒会にも報告しておいてくれません?
なんだったら、こっちで集めたサンプルも、全部、そちらにお預けしますから」
「いいの!」
突然、青葉が大声を出して、身を乗り出す。
「このサンプル、全部貰っても!」
「あ」
遥が感想を漏らす。
「素の青葉ちゃんだ」
「どうぞ、どうぞ」
恭介は、鷹揚に頷いてみせる。
「こっちはこっちで、やるべきことが山積みになっているわけで。
少しでもタスクを持って行ってくれるんなら、こちらとしても助かります」
トライデントの三人は、昨日と同じく、午後一時にプール前に集合した。
昨日とは違い、生徒会の人たちは来ていない。
他のプレイヤーたちも日銭は稼ぐ必要があり、丸一日、こちらに入り浸るわけにはいかず。
結果、自然と、一日に数時間程度、と、水中戦の練習をする時間は、限られてしまう。
レベルによる取得ポイントの格差、という問題は、いぜんとして存在しており、みんながみんな、トライデントのような余裕のある生活をしているわけではなかった。
この日は、三人を含むダイビング初心者への講習日と設定されており、トライデントの三人は教えられる側だった。
到着した三人はそのまま更衣室に案内され、そこで水着に着替える。
水着姿でプール際に集合すると、そこでダイビング経験者から体にあったフィンやマスク、スノーケルなどを渡され、それらのつけ方をかなり丁寧に教えられた。
水中での事故は侮れないので、教える側も教えられる側も自然と真剣になる。
「タンクを背負う前に、まずはこの格好で水に入ってみてください」
教える側を代表して、鹿骨がそういった。
「まずは、これらの装備を体に馴染ませることが大事です。
慣れてないと、アクシデントが起こった時にも焦りやすく、それだけ事故にも繋がりやすい」
一応、全員が泳げることは、前日までに確認している。
一日ですべてを教えようとはせず、まずは「慣れる」ことを優先させるのは、それなりに合理的な判断だな、と、恭介も思う。
経験者たちに装備のつけ方をチェックされ、順番にプールの中に飛び込んでいく。
学校のプールとは違い、底が深いので飛び込んでもすぐに足がつくことはない。
水は、予想していたよりもずっとひんやり感じたが、すぐに慣れた。
酸素ボンベなどを背負っていないので、実質素潜りだったが、それでもかなり深いところまで潜れはする。
といっても、せいぜい、深度二メートルから三メートルほど、といったところだろうが。
少し深くまで潜ると、途端に薄暗くなるように感じる。
これが、水中の世界か。
と、恭介は思う。
ダンジョンの中の水に潜ると、どういう風に感じるのだろうか。
恭介は倉庫の中から、ZAPガンを取り出す。
倉庫は、水中でも問題なく機能した。
ZAPガンの銃口を、誰もいない下方へと据え、まずは一発、最低威力で発射してみる。
水中が生じて、遠くまで届く感触があった。
意外に、水中では音が大きく響く。
息が続かなくなったので、恭介はそのまま浮上した。
水から頭だけを出して、大きく深呼吸をする。
別に長距離を泳いでいたわけではないので、息苦しくはない。
「それ、撃てた?」
同じように浮上して来た彼方が、恭介に訊ねる。
「問題なく」
恭介は、そういって頷く。
「ただ、こいつをただ撃てるということと、有効に使えるのは、また別だからなあ。
おそらく、水中のモンスターなら、おれたちよりもよほど、機敏に動けるだろうし」
そんな敵を目の前にして、どこまで平常心が保てるものか。
これは、実際に試してみないことには、なんともいえない。
今までのモンスター戦とは、なにもかも、勝手が違うということだけは、予想が出来た。
彼方に続いて、遥も浮上してきて、頭だけを水の上に出す。
「もう少し真面目に、フィンになれておいた方がいいよ」
忙しく呼吸をする合間に、遥は二人にそういった。
「これ、普通に泳ぐのとでは、全然感覚が違うから」
「まあね」
「そうだな」
彼方と恭介は、その言葉に同意する。
確かに、フィンをつけているのといないのとでは、まるで泳ぐ感覚が違う。
早めに慣れておいた方が、身のためではあるのだろう。
三人はしばらく、割と真面目に装備をつけて泳ぐ練習をした。




