いくつもの、不可解
「いい、サンプル」
テーブルの上に広げられた物品をひとつひとつ手に取って検分したあとで、浅黄青葉が感想を漏らした。
「入手した日時がもれなく記載されているし、必要以上に手を入れていない」
浅黄青葉のジョブは分析者。
当然、そのスキルを駆使すれば、彼方たちよりも多くの情報を、そうしたサンプルから読み取れるはずだった。
「それで、魔法っぽい力を使う動物についてなんだけど、映像とかあります?」
青葉の妹である紅葉が、恭介たちに確認して来た。
「直に見たのも、二、三度程度だからね」
遥がそういって、首を横に振る。
「記録する余裕もなかったし」
「破壊された罠など、間接的な証拠だけか」
三和が、呟いた。
「もう少し、ちゃんとした記録を取って検証してみたいところだな」
今回、連絡に応じて駆けつけたのは、酔狂連でもこの三名になる。
他の面子は、ジョブ的に考えても、畑違いという判断があったのかも知れない。
「厳密には、野生動物ではないかも知れないけど」
恭介がいった。
「チュートリアル中に遭遇したモンスターの中に、魔法っぽい力を使う者が居た。
それなんかは、生徒会が撮影した資料に残っていると思う」
「それねえ」
紅葉が、頭をかいた。
「実際、モンスターと野生動物の区別も、わたしらついていないわけだし。
いや、厳密に区分する方法を、わたしらが知らされていない、っていうか。
あと、ね。
知性の有無でも、事情が変わってくると思うんよ。
潜在的に魔法が使える能力があっても、知性が低いために魔法を発言するまでには至っていない生物、とか、普通に居るかもしれないし。
いやー、まいったなあ」
知れば知るほど、わけがわからなくなる。
と、紅葉はいった。
「まだまだ、サンプル数が少ないっていうか、この世界について、わらしたちが知っている範囲が狭いから、だいそれたことは断言しない方がいい。
とは、思うんだけど」
そう前置きをして、紅葉は続ける。
「前にもいったように、わたしは、魔法という力について、なにもわからない。
せいぜい、こっちに来てからの経験則で、こういう風にある素材を加工すると、どうやら魔法が発動しやすくなるようだ。
みたいな知識が、ほんの少しある程度。
でもねえ。
この魔法という力、どういう観点から見ても、不自然なんだよ」
「不自然、って、どういう意味で?」
彼方が、訊き返す。
「ん。
いい質問」
そういって、紅葉は頷く。
「まず、あの市街地、ね。
下水道らしき痕跡はあるけど、上水道らしい施設は見つかってないんよね。
今の時点では。
どうやら、あの市街地を作って利用していた人たちは、日常的に水魔法は、使っていたらしい。
そうでないと、日常生活送れないからね。
まあ、あのし市街を作ったのが、わたしらと同じような生物だと、仮定しての話にはなるんだけどさ」
「ああ、うちの男どもも、少し前に似たようなこといってたな」
遥が、いった。
「あんな朽ちかけの廃墟からでも、意外にわかることが多いんだな」
「きちんとした計測機械が揃っていて、年代測定とかも出来れば、もっといろいろなことがわかるんだけどねえ」
紅葉は頷いた。
「まあ、トイレもあったし、あの市街地を作ったのは、普通に生物だとは思う。
それも、われわれ人類とかなり共通する、サイズと知能と生理、活動などをする、かなり近い存在だった、と思う。
そうでないと、家屋や家具が、ああいう構造にはならないんよね。
で、そうした、あの市街地を作った人々は、日常的に魔法を使っていた。
これはまあ、前提としていいと思う。
状況証拠が、揃いすぎている、ってえか。
そう考えると、ちょっと腑に落ちないんだよねえ」
「なにが?」
恭介は、いった。
「ここは異世界だし、魔法がある世界、であっても、別に不思議ではない。
そう、考えることも出来るんじゃないか?」
「それは、単なる思考停止だよ」
紅葉は断言した。
「不自然だ、といったのは、魔法が存在することではなくて。
その魔法が前提として存在する世界であり、知的な生物も、あまり知的ではない生物も、実際に使っていて。
にもかかわらず、魔石という半端な方法でしか、魔力をリザーブ出来ていない点、だよ。
この魔石、どういう機序で出来て、体内に蓄積されるようになったのか?」
「それは」
彼方は、眉根を寄せている。
「逆、ではないかなあ。
この世界では、目に見えない魔力という力が偏在していて、長く生きている生物ほど、その魔力を体内に取り込んで、残留している。
とか」
「そのモデルは、わたしもすぐに思いついたんだけど」
紅葉は、すぐに否定した。
「そのモデルだと、魔力が偏在する世界なら、どうして最初からのその魔力をもっと効率よく利用する方向に、生物は進化しなかったのか?
という問いが、出て来るんだ。
だって、体内に魔力が結晶化して残留するなんて、まるっきり、異物扱いじゃないか。
尿道結石か、魔石は?
もしも、魔力なんてエネルギーが、前提として偏在する世界に生物が生まれたのなら、そのエネルギーを効率的に吸収、あるいは利用する方向性に、体の方も進化していくのではないか?」
「ああ」
恭介が頷いた。
「体内を構成する素材として、あるいは、うまく利用する方向ではなく、魔石があくまで異物として結晶化している理由が、わからない、と」
「そう。
以前、わたしは、魔力関係は、この世界に覆い被さったレイヤーのように感じるといった、一番の理由は、そこなんだ」
紅葉はいった。
「魔法を使える動物は、まるっきりいないわけではないが、凄く少ない。
そういうことなんだろう?」
「今のところ、確認出来ている範囲内では」
遥が、頷いた。
「魔法を使える個体数が多かったら、わたしらが仕掛けた罠も、片っ端から壊されているはず」
「それが、不自然なんだよなあ」
股時は頭を掻きむしった。
「なんで、ほとんどの個体が魔法を使っていないんだよ。
ほんどの個体の中に、魔石自体はあるのに。
魔石の利用法を理解した個体と、理解出来ない個体の差は、どこにあるのか?
それに、不思議なのは、君もだ。
馬酔木くん」
「おれ?」
恭介は、首を傾げた。
「不思議って、どこが?」
「すでに確認済みだが、君は、法外な魔法操作能力を持っている」
紅葉はいった。
「今確認されている中では、ダントツだろう。
同じ魔石を使っていても、個人により魔法の威力が異なるのはどうしてか?
魔石を持っていれば誰でも同じ魔法が使えるのなら、その威力に個人差が出て来るのもおかしいじゃないか。
君と、他の人とでは、いったいなにが違うのか。
いっそのこと、君を解剖してみたいくらいだよ。
君、その体のどこかに、大きな魔石とか隠していないだろうね」
「仮にそうだったとしても、本人には自覚出来ませんよ、そんなの」
恭介は即答した。
「それに実際に解剖する場合、おれだけ解剖しても仕方がなくて、他の人も何人か解剖して比較しないと意味ないでしょ、それ。
そんな疑問を解消するために、連続殺人犯にでもなるつもりですか?」
「そうなんだよねー」
紅葉は、身悶えする。
「道義的にもアレだけど、リソース的にも問題があるんだよなあ。
なにしろわれわれはたった百五十人しかいないし、そのうちの数人を失うことは、今後の活動に支障を来しかねない。
実に、惜しいことだ」
まるで、
「支障がなければ、何人か解剖しても構わない」
とでも、いいたげな口調だった。




