日課と魔石
朝起きて顔を洗い、軽く朝食を摂ってから防壁の外に出て、軽く拠点の周囲を一周するのが、遥の日課になっている。
あくまで、
「他に用事がない時は」
という条件がつくのだが。
一人で行く時もあれば、恭介が同伴することある。
一人で行く時も、実際にはうぃという見えない護衛がついているのだが、そのことは普段からあまり意識していない。
うぃについては、恭介が、
「便利に使ったりして、あまりあてにしていい存在ではない」
と、常々公言しているからだ。
自分たちでやるべきことは、可能な限り自分たちで始末をする。
その上で、ひょっとしたら本当に危うい時に、少しだけ手助けをしてくれるかも知れない。
そんな存在だと、認識するように、と。
その言葉をそのまま信じている、というよりも、
「他力本願というは普通に格好悪いよね」
という感覚は、遥にもあるので、うぃについては、よい意味で、
「居ても居なくても、どちらでもいい存在」
として、普段から認識するように努めている。
拠点の外周を巡回するのは、いくつかの目的がある。
一番大きいのは、数多く仕掛けている罠のチェックになるわけだが、それ以外に、なにか異変が起きていないのか、周辺状況の確認などの目的も含まれていた。
なにしろこの世界において、遥たちプレイヤーは、来てからまだ数日にしかならない新参者でしかない。
この世界を支配する法則などについて、まるっきり無知である。
という点は、賢鳥やうぃとの遭遇で思い知らされていた。
他のプレイヤーたちは、まだそういう経験を実地に積んでいないので、意識がポイント取得のためのゲームへと集中しているようだったが、実際にそういう経験をしている遥たちは、そこまで無邪気ではいられない。
マーケットなどのシステムを供給している何者かも、この世界のことにはあまり詳しくはなさそうな予兆もあり、遥としては警戒心を緩めるわけにはいかなかった。
この世界は。
と、遥は予測している。
遥たちプレイヤーを放り込む場所として、たまたま都合がよい条件を満たしていたため、選ばれているだけ、だ。
ゲームの設定と進行を取り仕切っている何者かも、この世界について、深く知っているわけではない。
不明な点が多く、心配の種は尽きないのだが、遥自身は案外呑気に構えても居た。
これまでと同じく、三人がいっしょに居れば、どうにか切り抜けられるだろう。
そういう、経験則かる来る信頼感が、あるからだ。
ここ数日、罠にかかっている動物の数は激減している。
当初から予想されていたように、近場の動物たちも罠の存在と機能を学習し、警戒し、滅多に近寄らないようになっているのだ。
最初の数日ほどではないにせよ、ぽつぽつと罠にかかっている動物は居て、遥はそれらを回収したり罠を仕掛け直したりしながら、巡回を続けた。
こうして罠にかかった動物については、彼方がどこの罠にどんな動物がかかったのか、ひとつひとつ詳細に記録している。
長期的にそうした記録を取っておけば、いずれ、なにかわかることがあるかも知れない。
それに、この近辺の生態系についての、資料になるかも知れない。
そういう意図が、あるらしい。
遥の弟である彼方は、気になった事柄をとことん分析しないと気が済まない、マニアックな気質を持っている。
ゲームなどをする時なんかも、ゲームの進行やクリアの前に、各種の条件を変えた上でキャラのパラメータがどう変化するのか、詳細に調べている時があった。
ゲームを攻略すること自体よりも、どちらかというと、ゲームを動かしている原理や原則を調べたがるタイプなのだ。
最初に罠師などというマイナーなジョブを選んでいるのも、そうした気質を反映しているのだろう。
プレイヤーの中でも、かなり異質な存在だと、遥も思っている。
そういう気質を持つ彼方は、様々なイベントを経験しつつも、初日から一貫してこの世界について興味を持ち、こつこつと調べようとしているわけだった。
遥の、毎朝の巡回も、その調査の一助にはなっている。
それ以上に、遥自身の気持ちとしては、運動不足解消のための散歩、という意味合いの方が強かったが。
「魔石、どの動物の中にも、必ずあるんだよね」
遥から受け取った、罠にかかった動物を解剖しながら、彼方がいった。
「最初は、こっちの動物にとって必須な栄養素かなにかが凝固した物なのかな、とも思ったんだけど。
でもそうすると、体内で結晶化している意味がわからない。
どこか、特定の臓器の中で結晶しているっていうわけでもなく、結晶化している場所は、完全にランダムなんだ。
体内で、どうみても生命活動に必須ではないように見える物質が、ほとんど全種類の動物の中で発見されている。
本当、まったく意味がわからないよ。
肉食動物の中にも、雑食動物の中にも、草食動物の中にも、同じように見られる。
元の世界の動物とこちらの世界の動物との、一番の違いは、この魔石の有無だね」
解剖、とはいっても、一度倉庫内に収められ、完全に血抜きをされたあと、なのである。
実際に刃物を入れて内部を見ても、あまり生々しさは感じない。
「そのよくわからない魔石を消費して、おれたちは魔法を使っている」
恭介がいった。
「魔法を使うための燃料か、媒体。
なんだろうが、なんでそんなものを、多種多様な動物が体内に蓄えているのか。
本当に、意味がわからないな」
「たまに、魔法みたいなのを使っている動物なんかも見かけるけどね」
遥が、指摘をする。
「おそらく、全体からみるとかなりの少数派。
魔法を使える動物は、微々たるものなんだろうけど」
その魔法っぽいものを使って罠を壊した形跡が、ありありと残っていた。
「みたいだねえ」
焼け焦げたり、切断されたり、破砕されたり。
様々な方法で、野生動物には不可能な方法で破壊された罠を見おろしながら、彼方がいう。
「プレイヤーほど洗練されたものではないけど、この世界の動物の中には、魔法に近い現象を意図的に起こす者も居る。
それは、確かみたいだ」
「これだけ証拠が集まったんだし、そろそろ生徒会にも報告しておいた方がいいんじゃないかな?」
恭介が、いった。
「知っていて黙ってて、その状態でどこかのプレイヤーが被害に遭うのも、少し寝覚めが悪いだろう」
別に、恭介たちは生徒会に全幅の信頼を寄せているわけではない。
しかし、全プレイヤーに伝えたいことがある場合、生徒会を介するのが、今の時点では、一番確実だった。
「今のところ、森の中で動物狩ってポイントを得ようとするプレイヤーは、そんなに居ないと思うけど」
遥が、意見を述べる。
「ほとんどのプレイヤーは、ダンジョン攻略の方に意識が向いているし。
だから、そんなに急ぐ必要もないんじゃないかな?」
「だったら」
彼方がいった。
「生徒会に持ち込む前に、酔狂連の人たちに相談してみますか。
あの人たちなら、なんか、ぼくらだけよりもいい分析してくれるような気もするし」




