再会
樋口和穂は、遥の様子に気圧されている。
圧が強い。
それだけではなく、確かに、いっている内容は、間違いではないのだ。
少なくとも樋口には、間違っていないように思える。
「この世界は、否定しようがないリアルだから」
遥がいった。
「今後、なにかの拍子に元の世界に帰還する方法が、見つかるかも知れない。
でも、今この時点では、その手掛かりすらない。
だったら、今後も、ここで過ごすことを前提に、自分のことを考えなければならない。
ここまでは、理解出来る?」
樋口は、こくこくと無言のまま頷く。
「で、ここには、両親とか教師とか、頼りになる大人たちも居ない。
大人たちが作った社会とか、インフラとかもない。
全部、自分たちの手で、どうにかしていくしかない。
これ、サバイバルなんだよ?
マーケットとかポイントとか、そうしたシステムの支援があるから、若干マイルドに思えるのかも知れないけど。
この世界は、決してゲームなんかじゃない。
ここまで、理解出来ている?」
樋口はまた、こくこくと頷く。
そうだ。
ここには、大人たちは居ない。
もう、その都合に振り回されなくてもいい。
「この前提に立って、もう一度確認するけど。
樋口さんは、今後、なにをして生きていきたい?
これは、そういう問題だから」
「ええ、と」
樋口は、忙しく頭を回転させる。
なんで、こんなことになったんだろう?
「もう、誰かの期待に、応えなくてもいいんですか?」
「樋口さんが、これまでどういう生き方をしていたのか、知らないけど」
遥は、指摘をする。
「その、期待をしている誰かって、この世界に居るわけ?」
そう、なのだ。
これまで、樋口自身の価値観を規定して来た存在は、すべて、元の世界にしか、ない。
元の世界での方法論が、そのまま通用すると盲信していたのが、根本的な間違いであって。
「わたしたちは」
樋口は、そう結論する。
「もう誰も、手助けはしてくれない。
そう、なんですよね?」
「まあ、そうね」
遥は、頷いた。
「わたしらにとっては、元からそれが当たり前だったけど」
「とりあえず、モンスターを倒す生活は、いやです。
自分に向いているとは思えない」
考えつつ、樋口はその思考を口に出す。
「自分になにが出来るのか、っていったら。
家事とか、うん、裁縫も、か。
誰にでも出来る仕事には、付加価値はつけられない。
裁縫が、今の自分でも出来そうで、なおかつ、他の人には簡単に真似されそうもない労働になるわけで。
うん。
最初に勧められた通り、服飾関係にスキルとか全振りにした方が、他の道を選ぶよりは、勝ち筋がありそうです」
「自分で選んだのなら、それでいい」
遥は、そういって頷く。
「仮にこの先、失敗したとしても、踏ん切りがつくでしょうし」
結局、そこ。
つまりは、失敗した時、自分の弟である彼方に矛先が向くのが。
遥は、気に入らなかったのかも知れない。
「終わった?」
当の彼方が、のんびりとした口調でいった。
「樋口さん、なにか、食べたいものとかある?
今日の夕食、まだメニューが決まっていないんだよね」
「自分で作るんですか?」
樋口が、確認する。
「レトルトとかではなく?」
「たまにはレトルトにしてもいいんだけど、毎日それだと飽きるでしょ」
彼方はいった。
「早いところ用意しないと、人数が多いから、大変なんだよね」
「多い、って。
全部で、何人になるんですか?」
「樋口さんを入れて、十四人のはず。
予定外のお客さんとか、来なかったら、だけど」
「十四人」
樋口は、少し絶句した。
「どうして、そういうことになるんですか?」
樋口が、
「麺類が食べたい」
とリクエストしたので、その日は鍋焼きうどんになった。
鉄鍋にうどんと具材を並べ、つゆを張ってから、カセットコンロや七輪を総動員して、ぐつぐつ煮込んでいく。
「パスタはこの前、やったしなあ」
と、恭介は供述する。
「ラーメンは、なんか面倒臭い拘りを持っている人が多そうで、あまり出したくない。
あれ、本格的にスープとか作りはじめると、すっげぇ手間が取られるし」
「この拠点には、現在三つのパーティが居住していて」
樋口は、先ほど教えられたことを口に出して整理している。
「トライデントが、三人。
魔法少女隊が、四人。
酔狂連が、六人」
「そのうち、酔狂連というのが、生産職のパーティで」
彼方が補足説明をする。
「樋口さんがこのまま服飾関係の生産職になるんなら、そっちのパーティの世話になった方がいいと思う。
生産物の流通とか、酔狂連さんは現在進行形で構築している最中だし」
「酔狂連。
さっき見かけた、八尾さんって人が入っているパーティ、でしたっけ?」
「うん。
他にもいろいろ居るけど、あそこも、女子の方が多いくらいだから。
そんなに居心地は悪くない、と、思うけど。
まあ、詳しくは夕食の時にでも紹介するから、その時に相談しよう」
「はぁ」
この辺の事情には、詳しくないわけで。
樋口としては、生返事をするしかない。
「ばんわーっす」
「おお、だし汁の香りが」
「今晩は、鍋焼きですか」
少しして、魔法少女隊の四名が、どやどやと入ってくる。
ここで本格的に樋口を四人に紹介して、四人の方も自己紹介をする流れとなった。
「皆さんは、ダンジョンに行かなくてもいいんですか?」
その際、樋口は気になっていたことを訊ねる。
「実は今、わたしら、レベルがあがり過ぎている状態で」
四人を代表して、赤瀬が説明する。
「全員、八十後半。
他のプレイヤーがこっちにあがって来るまで、少し待っていた方がいいかなあ、って」
「あんまりレベルをあげ過ぎると、生徒会から用事を頼まれる回数も増えるんだよ」
実感の籠もった口調で、恭介が補足をした。
「そういう面倒があるんで、あんまり他のプレイヤーと差をつけるのは、得策ではないんだ」
「はぁ」
これにも、樋口は生返事をする。
正直にいって、よく理解出来ない。
ただ、この二つのパーティが、他のプレイヤーたちとは違った論理で動いていることだけは、どうにか、理解が出来た。
続いて、酔狂連の面々も、集まってきた。
「おお、なんだ。
樋口が居るではないか」
三和が、薪ストーブの間に入るなり、そういった。
「息災だったか?
元気ならば、それでいいが」
「三和ぁ!」
樋口が、大声を出す。
「なんであんたがここに!
え。
ええっ!
それに、引きこもり不登校の浅黄姉妹まで!」
「お知り合い?」
恭介が、傍らの桃木に訊ねた。
「浅黄姉妹とうちのリーダーの三和、それに、浅黄姉妹と、こちらの樋口様は、同じマンションにお住まいで。
つまり、元の世界では、ということですが」
桃木は、淡々と説明した。
「年齢も近いし、自然に幼少時から顔見知りにはなるかと」




