聖女のお願い
「これで、ご納得いただけましたでしょうか?」
にこやかな笑みを浮かべ、横島会計が「強いのか?」発言をした男子に確認する。
その男子は、蒼白な顔をして、こくこくと何度頷いた。
「あいつら、なんにも理解出来ていないんですよ」
この出来事に関して、横島会計は、のちに小名木川会長に愚痴っている。
「高レベルプレイヤーなんて、二本足で立って歩ける猛獣と変わんないんですから。
会話が成立する分、猛獣よりは多少マシですけど。
自分をいつでも瞬殺出来る相手と実際に交渉している、こっちの気持ちになってみなさいっての!」
トライデントは、そうした高レベルプレイヤーの中では、比較的交渉が容易な相手ではあった。
が、それは、決して相手を粗略に扱っていいという理由にはならない。
今回の依頼だって、渋る相手に懇願して、ようやく出向いて貰った形なのである。
それをあの男子は、一瞬で無にしようとした。
あそこで機嫌を損ねたトライデントの三人が、その場で自分の拠点に帰っていく。
そういう結末も、十分にあり得たのである。
そばでやり取りを見守っていた横島会計にしてみれば、気が気ではなかった。
幸いにして、あの馬酔木は、そうした点に関しては、かなり聞き分けがいい。
というより、若干自己評価が低いのか、自分に対する侮蔑に、鈍感な傾向がある。
あの不遜な男子が無事で済んだのは、かなり運がよかったのだ。
と、横島会計は思っている。
「なんというか、凄いものを目撃させて貰った」
鹿骨は、どうやら素直に感嘆しているように見えた。
「宙野、お前、とんでもない仲間とつるんでいるなあ」
「でしょ!」
遥は、胸を張る。
「うちのキョウちゃんは、凄いんだから!」
「それはそれとして、ですね」
恭介は何事もなかったように、弓を倉庫に収め、代わりにいくつかの水属性ZAPガンを取り出す。
「ついでですから、こいつが他の人にも使えるのかどうか。
試してみませんか?
これ、水中戦を想定して用意してみたもの、なんですけど」
周囲の人々が、おそるおそる、といった形で、恭介から水属性ZAPガンを受け取り、隣の人に手渡していく。
「水属性専用の、飛び道具になります。
ただ、開発者によりますと、威力は個人の能力に依存するそうで。
で、今回、どの程度の威力が出て使えるものなのか、皆様に試していただきたい、と」
恭介は、そう説明し、鹿骨に訊かれるまま、セーフティの解除法とか、威力を調節するレバーなどについても説明していく。
「なるほど」
一通りの説明を聞き終わったあと、鹿骨も頷く。
「これが使い物になるのなら、これからの苦労もかなり軽くなるな」
周囲に居た者たちも、神妙な表情で、その言葉に頷いている。
なにしろ、あんな出来事の直後である。
恭介の言葉を疑う者は、もはや居なかった。
「周辺の建物は、すべて取り壊し予定、ということでしたよね?」
恭介は、横島会計に確認する。
「そうです」
横島会計は、恭介の意図をすぐに察した。
「どうぞ、ご自由に。
壊して貰っても、一向に、支障はありません」
「と、いうことです」
恭介は、マップ画面を確認してからいった。
「幸い、今、周辺に他のプレイヤーは居ないようです。
その武器をみんなで試してみて、射程距離や威力について、ご自分の手で試してみてください。
他の人に向けない限り、どのような使い方をしてみても結構です」
「やっぱ、人によって、威力が違う感じだねー」
遥が、感想を述べた。
「個人差があるって、どうやら本当のことらしい」
「威力に関しては、それぞれが把握して、うまく活用して貰うしかないかな」
彼方が、いった。
「結局は、使いようだと思うし」
「思ったよりも、使えそうかなあ」
恭介がいった。
「あとは、水中でどれくらい威力が減衰するのか、試してみないと。
大気よりも水のが、比重が重いから。
その分、威力も軽くなる、はずなんだけど」
「あの、この銃? は?」
小声で、横島会計が、恭介に確認してくる。
「酔狂連の人たちと相談して、水中戦用の武器を作って貰いました」
恭介は、答えた。
「もしも使い物になるようでしたら、生徒会で買いあげてください。
こちらが、今回かかった費用になります」
「あ、どうも」
横島会計は恭介から領収書を受け取り、その金額を確認する。
「思ったよりも、しないんですね」
「別に開発していた武器の、デチューン版だといってました」
恭介はいった。
「本来はあの銃、全属性対応なんですが、今回のは水属性だけになりますので。
部品もほとんど共通するものを使用しているので、その分、手早く用意出来た、とか」
「ええと」
横島会計は、なにごとか考える表情になる。
「これ、量産とか、可能なんでしょうか?」
「そういう相談は、酔狂連の人と直接するといいですよ」
恭介は、指摘をする。
「おれたちは、提供された武器を使っているだけの、ユーザーの立場ですので」
「それは、そうですね」
横島会計は、頷いた。
「失礼しました」
「初日から、得るところが多かった」
帰り際に、鹿骨はそういってくれた。
「生徒会の人選は、正しかったと思う。
明日以降も、よろしくお願いする」
初日の顔合わせとしては、まずまずの成果かな。
と、恭介も思う。
とりあえず、今後のやり取りはスムーズにいきそうな感触は、あった。
あのハプニングの結果、ではあろうが。
「それじゃあ、帰ろうか」
「そうだねー」
三人は、拠点への帰路につく。
このプールからだと、一度中央広場を経由するのが、一番早かった。
そして、中央広場を通りかかった時。
「ご多忙のところ、誠にすいませんけど」
聖女、結城紬に手招きをされた。
「少し、相談したいことがありまして」
恭介たち三人は、顔を見合わせる。
当然、無視するという選択肢はない。
政庁の一階部分は、現在、半分は倉庫、半分は食堂として活用されている。
「はー、券売機まである」
「会計の作業が、意外に煩雑でしたもので」
中に入った遥が感心した声をあげると、結城紬が教えてくれた。
「マーケットで売っていたので、導入しました」
「学食、みたいな雰囲気だな」
周囲を見渡して、恭介が感想を述べる。
「ここで食事を提供してくれるのは、市街地に居るプレイヤーも便利なんじゃないか」
「まだまだ、メニューは少ないし、営業時間も限定していますけどね」
結城紬はそういって、三人にお茶を配った。
「まだ試験運用中ですし、根本的に人手が不足していますので。
まだまだ限定的な営業なんですよ」
結城紬によると、朝、昼、晩の三時間ずつ、営業しているという。
昼下がりの今は、ちょうどその営業時間の間で、客は誰もいない。
厨房の方から、晩の料理を仕込む物音が響いていた。
「それで、相談、というのは?」
恭介が、訊ねる。
「結城さんが直接声を掛けてくる、ということは、生徒会絡みではないと推察しますが」
「おっしゃるとおり。
どちらかというと、個人的なお願いになりますね」
結城紬は、そういって頷く。
「皆様以外に、どうやら頼れそうな方がいらっしゃらないようで。
是非に、聞き届けていただきたところなのですが」
「手っ取り早く、用件をいって貰えませんか?」
遥が、単刀直入に訊ねた。
「こちらも、早く帰って夕食の仕込みに入りたいので」
「ええ、そうですね。
長く引き留めておくのも、気が咎めますし」
結城紬は、また頷く。
「皆様は、市街地から離れた場所に、拠点を構えていらっしゃいますよね?」
「そうですね」
彼方が頷いた。
「結城さんのご姉弟も、一泊しているはずですが」
「そこで、ですね」
結城紬はいった。
「一人、女の子を匿って欲しいですけど」
「女の子?」
「匿って?」
恭介と彼方が、そういって首を傾げる。
予想外の内容だった。
どうしてそういうことになるのか、まるで想像が出来ない。
「どういう、事情なんですか?」
遥が訊ねた。
「ここでは、おおっぴらに説明できないとか?」
「いえ、そういうことも、ないんですけどね」
結城紬は、苦笑いを浮かべる。
「単純に、その。
その子、今、いくところがない状態なんです。
ここ何日かは、うちで匿っていたのですが。
それも、そろそろ限界でして」
「なんで、匿わなければいけないのか、説明していただけませんか?」
恭介が、訊ねる。
「なかなか、核心の部分をご説明いただけないようなので」
「はい」
結城紬は、神妙な顔つきで頷いた。
「彼女、樋口和穂さんは、ですね。
元は、女子寮チーム(仮)という大規模なパーティのリーダーをしていらっしゃったのですが。
いろいろあって、そのパーティから無断で離脱した経歴を持つ方で。
なにしろ当時はかなりの人数を抱えていたパーティですので、どこへいっても昔の知り合いと顔を合わす。
彼女としては、あまりそうした人たちと会いたくはない。
それで、こちらで手引きして、人と顔を合わせないような仕事をあてがって、引きこもっていただいていたのですが」
「それも、ぼちぼち、限界になって来た、と」
恭介は、頷いた。
「その、女子寮なんとかってパーティについては、よく知らないんだけど」
「わたしは、聞いたことがある。
あくまで、噂程度に、だけど」
遥が、説明してくれる。
「でも、あそこ。
今ではかなり規模縮小して、ほとんど生徒会の雑用係になっている、って聞いていたけど」
「まあ、それも、まるっきり間違ってはいないけど」
彼方は、そのいい方に苦笑いを浮かべた。
「チュートリアル最終日に、そのパーティの人たちと組んだけど。
結構、真面目な人が多かった印象があるな。
少なくとも、今残っている人たちに関しては、そんなに悪い印象はないね」
「そのパーティがどうこうっていうより、今は、その、樋口さん、だっけ?
その子個人をどうするか、だよねえ」
恭介がいった。
「うちの拠点に連れて行くのはいいけど、ただで宿泊させるのもなんだし」
「それは、駄目だね」
遥も、頷く。
「当人のためにならない。
うちの拠点に来るっていうんなら、なにか、相応の仕事はして貰わないと」
「その子、なにか、得意なこととかあります?」
彼方が、結城紬に確認した。
「そうでないと、その子。
うちの拠点に来ても、本当に雑用係にしかなれないですよ。
それは、本人にとっても、不本意ではないかなあ、と」
「家事全般は、得意でいらっしゃいますね」
結城紬は、即答した。
「お料理とか、お掃除とか、あと、裁縫なんかも。
なんでも、実家でしつけられていたそうで」
「なんか、こっちの世界には、馴染めなさそうな子ね」
遥が、軽くため息をつく。
「家事は、うちの拠点では間に合っているかなあ。
今のままでも、特に問題ないし」
「ちょっと待って」
彼方が、片手をあげて遥の言葉を制した。
「その裁縫、って、どのくらいの腕?
一から服のデザインとか、出来そう?」
「本人に確認してみないと明言できませんが、おそらくは、出来るんじゃないかな、と。
今、ちょっと連絡とって、確認してみますね」
結城紬はシステム画面を開いて、なにやらやり取りをはじめた。
「服の種類にもよりますが、出来ることは出来る。
だ、そうです。
女性用の衣服は問題なくて、男性用も普段着ならば、多分、出来ると」
「それなら、その子、ここに連れてきてください」
彼方はいった。
「うちの拠点から、出さなければいいんでしょ?」
「どうするつもり?」
遥が、彼方に確認する。
「そっち系の専用スキル、全部取らせて、その子を、一流の服飾職人に育てる」
彼方は、即答する。
「今日の市街地の様子を見てると、需要はあると思うんだよね」




