顔合わせ
「服装、変わっているね」
遥が、指摘をする。
「私服の子が、増えた」
そういえば、そうだな。
と、恭介は思う。
少し前まで、制服か学校指定のジャージが多かった気がする。
こうした服装は、マーケットでの販売価格が異様に安かったからだ。
これも、プレイヤー全般の所有ポイントに、余裕が出て来た影響になるだろう。
精神的に余裕が出て来たこと自体は、喜ぶべきなんだろうな。
とも、思う。
ダンジョン攻略が開始されて、この異世界での生活も、新しいフェーズに入ったことは、どうやら確実なようだ。
それぐらい、以前と、つまり、チュートリアル期間と、今とでは、雰囲気が異なっている。
元の世界に変える方法がいっこうに見つからず、それで、半ば自棄になって現状に適応とした末の、どこか捨て鉢な明るさ、とでもいおうか。
こうなることを、納得しないわけにはいかない。
しかし、どこかに、危ういものも、感じてしまう。
中央広場の様子を見る恭介の心境は、複雑だった。
午後一時ちょうどに、小橋書記と横島会計が政庁から出て来た。
「こちらになります」
挨拶もそこそこに、横島会計が案内してくれる。
「本日は顔合わせと、これから使用するプールへの案内が主な目的になります」
「卯の迷宮を攻略したいと希望している人は、何名くらいになるんですか?」
彼方が、訊ねる。
「現在のところ、二十名くらいですね」
小橋書記が、答えてくれる。
「合計で三パーティです。
今のところ、ですが。
これからもっと増えるかも知れません」
「それはまた、なんで」
恭介が、質問した。
「あの迷宮に、人気があるとも思えませんが」
「他の迷宮は、ええと、比較的レベルの高いプレーヤーが、詰めかけていますので」
小橋書記は、言葉を選びつつ、説明してくれる。
「卯の迷宮を希望する人というのは、だいたい比較的低いレベルの方々になります」
「その理由、訊いてもいいかな」
今度は遥が、問いかけた。
「あの迷宮、低レベルの人の手に負えるとも思わないんだけど」
「手に負える、というより、他に選択肢がない、のですね」
横島会計が、答えてくれる。
「それに、水の中に入らなければ、比較的安全なダンジョンでもあります。
その、岸辺に立って、雷系の魔法、大きいのを一発やるだけで、十万ポイント前後は稼げますので」
「ああ」
彼方は、頷く。
「水は、伝導体だから」
「そういうことです」
横島会計も、頷いた。
「結構広い範囲にまで、電撃が届くようでして。
それで、低いレベルのプレイヤーが、入れ替わり立ち替わりあのダンジョンに、詰めかけているわけです」
リスクが低く、さして苦労もせずに稼げるダンジョン。
だとすれば、低いレベルのプレーヤーが殺到するのも、頷ける。
水の中に入れば、事情は違ってくるのだろうが。
「そういう事情だと、あのダンジョン」
恭介が、想像した光景を口に出す。
「一分、かかるかかからないかのうちに、パーティが入れ替わり出入りしている感じになっているわけですか?」
「現状では、そうなりますね」
小橋書記が、頷いた。
「水の中に潜るようになると、事情は違ってくるのでしょうが。
それに、そうして貰わないと、いつまで経っても攻略が進まないのですが」
中央広場から徒歩五分ほど歩いたところに、突然、ぽっかりと大きな水たまりが出現する。
周囲を荒れ果てた建物群に取り囲まれているので、案内された先で急に視界が開いて、その足元に光陽を反射する水たまりが出て来る印象だった。
これが、急遽用意したプールか、と、恭介は思った。
「深さは、八メートルほどになります」
横島会計が説明した。
「足はつかないので、そのつもりで使用してください。
これはあくまで、潜水を想定したプールです」
「学校のプールとは違う、ってことでしょ」
遥は頷いた。
「了解しました」
「それで、あちらに居るのが」
対岸にたむろしていた男女が、こっちに向かって歩いて来る。
見覚えのある顔と、初対面の顔。
半々ぐらいの比率だった。
そのうち、見覚えのある方は、チュートリアル最終日に、中央広場周辺で共闘したプレイヤーたち、だと思う。
おそらく、だが。
生徒会の影響が強く、まだレベルの低いプレイヤーが相当数、こちらに流れてきているのだろう。
案の定、そうした見覚えのあるプレイヤーたちは、彼方に黙礼したり声をかけたりしている。
「まずは呼びかけに応じてくれたことに、感謝します」
日に焼けた顔をした男子生徒が、彼方たち三人に挨拶をした。
「今回、卯のダンジョン攻略を呼びかけた、墨俣ジョーズのリーダー、鹿骨司です」
「ああ、やっぱり」
遥が、頷く。
「水泳部が、主催か」
「まあ、墨俣ジョーズは、元の世界の水泳部が中心となったパーティですがね」
鹿骨は、苦笑いを浮かべる。
「ダイビングの経験者はそんなに居ないんで、苦労しているところではある。
ご活躍のようだな、宙野」
「そっちも頑張っているようだね、鹿骨」
二人は、そういって片手をあげる。
やっぱり、顔見知りだよな。
と、恭介は納得する。
体育会の部活には、それなりのコネというものがあるらしい。
「いっておくけど、わたしらも水中戦の経験、ないからね」
遥は、鹿骨に向かってまくし立てる。
「ご期待には添えない結果に、なるかも知れない」
「だが、そちらの三人は、誰よりも実戦経験が豊富だ」
鹿骨は、反論する。
「そこで得られた知見は、絶対に役に立つ」
「あの、質問、いいっすか?」
恭介は、遠慮しないで片手をあげた。
「いくつか、疑問があるんですが」
「ああ。
君が、パーティリーダーだということだったな」
鹿骨がいった。
「これから、よろしくお願いする。
疑問とは、なんだい?」
「まず、なんでパーティ名が墨俣ジョーズ、なんですか?
リーダーの名前とは違うし、なにか由来とかがあるのかな、って」
「墨俣は、水泳部部長の名前だ。
その部長は、こちらの世界には来ていない。」
鹿骨は、即答する。
「うちのパーティも、いろいろあってな。
リーダーの名前をつけると反発して来る人が居るんで、あえてこの場には居ない人の名前を借りている」
全校生徒が、この世界に来ているわけではない。
だから、その部長氏が、この世界に居ないことは、別に不思議には思わなかった。
だが、このパーティも結構、ややこしい事情を抱えてそうだな、とは、思う。
「別に人の名前を入れなくてもよかったのに」
「それならそれで、結構意見が割れてな」
鹿骨は、真面目な表情のまま、説明してくれる。
「結局、不在の人物の名前を借りるのが、一番、パーティ内の全員が納得できる形だったんだ」
「それでは、次の質問。
なんで、あえてあの卯のダンジョンを攻略しようと思ったんですか?」
「あくまで、個人的な回答になると思うが」
鹿骨は、いった。
「あんな広い場所、みすみす見逃すのはもったいないじゃないか。
あんな場所で自由に泳げたら、気持ちいいと思ってな。
そのためには、中に居るモンスターは、少し邪魔だ」
「今度は、こちらから質問、いいですか?」
今回はじめて見る顔の男子が、片手をあげて質問する。
「トランデント、っていいましたっけ?
こいつら、本当に強いんですか?」
周辺のプレイヤーが、ざっ、と、その男子から距離を取った。
「お前、馬鹿」
「あの映像を、見てなかったのか?」
「あ、こいつ、終わったわ」
周辺のプレイヤーたちが、小声でそんなことを囁き合っている。
「そうですね」
横島会計が、どこかひんやりした口調で、いった。
「他にも、納得をしていない方も、居るかも知れません。
馬酔木くん。
少し、面倒をおかけしますが、ここで、デモンストレーションをお願いしてもよろしいでしょうか?」
形としては疑問形だったが、有無をいわさない雰囲気を醸し出している。
「具体的に、なにをやればよろしいのでしょうか?」
恭介は、ことらさらにのんびりとした口調を作っていった。
「可能であれば、時間や手間を節約できる方法だと、嬉しいのですが」
「そうですね。
そんなにお手間は取らせません」
横島会計は、目だけが笑っていない笑みを浮かべて、そう続ける。
「この周辺の建物は、すべて、解体が予定されている建物になります。
あの、対岸にある建物を標的にして、攻撃をして貰えませんでしょうか?」
「わかりました」
恭介は頷いて、自分のシステム画面からマップ情報を確認する。
その建物の周辺に、プレイヤーは居ない。
「まず、あの建物壁に穴をあけます」
宣言して、恭介は自分の倉庫からあの弓を取りだした。
軽く狙いをつけ、二階建ての建物を、撃つ。
「え?」
「穴、って」
「確かに、空いているけど」
「向こう側にまで、突き抜けてる」
見物していたプレイヤーたちが、ざわめきはじめた。
直径一メートルほどの穴が、完全に一棟の建物を貫通していて、その穴から、建物の向こう側の風景が見える状態になっていた。
恭介は、もう何度か弦を引いて、直径一メートルの穴を増やしていった。
最初のうち、ざわめいていた観衆は、次第に口を閉じはじめる。
「そこまで穴だらけにしたら、そのまま放置しておくの危ないので」
横島会計が、いった。
「その建物、丸ごといっちゃってください」
恭介は無言で頷いて、弓を上に向けて、弦を引く。
それを手放してから、何拍かあけて、その建物は丸ごと消失した。




