赤鬼
「ってことらしいけど、どうする?」
恭介は小名木川会長から聞いた内容をかいつまんで説明した上で、彼方と遥に意見を求める。
「いくしかないでしょ」
遥は即答した。
「ダンジョンに入っている人たち、人質になっている形でしょ?
だったら、選択の余地はないじゃん」
「それは別に構わないけど」
彼方は、そう答える。
「その前に、現場の状況をもう少し知りたいかな。
用意をするにしても、情報が少ないと打てる手も少なくなる」
「その辺は、生徒会も弁えているだろう」
恭介はいった。
「ただまあ、念のために、生徒会には要請はしておくか。
それじゃあ、全員参加ということで返信しておくよ」
恭介は生徒会と軽く打ち合わせをし、それが終わるとトライアングルの三人は外に出て、倉庫からマウンテンバイクを出して乗る。
そのまま、戌の迷宮がある市街地へと向かった。
「準備といっても、必要な物はおおかた、倉庫内にあるしね」
彼方がいう。
「足りないものは、マーケットで調達できるし」
「基本、身ひとつだよねえ」
遥も、そういった。
「あと、こういう移動時間も、どうにかして短縮出来ると便利だけれど」
三人はごく短時間のうちに森の中をつっきり、市街地へ到着。
そのまま足を休めることなく、マップを参照しながら戌の迷宮へと向かう。
最近整備されていない道を突っ切る形の進路だったので、道の状態はかなり悪かったが、それで三人の速度が鈍るということはなかった。
そして、三十分もかからずに戌の迷宮前に到着する。
迷宮前には、すでに生徒会の人たちが待ち構えていた。
「よく来てくれた」
恭介たちの顔を見るなり、小名木川会長はそういった。
「感謝するぞ」
「詳しい説明をお願いします」
恭介はいった。
「特に、迷宮内の状況とか、敵のダンジョンマスターに関する情報が欲しい」
「当然の要求だな」
小名木川会長は頷いた。
「こっちも人質の救出には成功して貰いたいんで、協力は惜しまない」
迷宮前は、意外に閑散としていて、人気がない。
時間的に考えても、ダンジョン攻略はすでに終わりと、そう受け取っているプレイヤーがほとんどなのだろう。
生徒会は、少なくともこの時点では、戌のダンジョンマスターによる人質事件をおおやけにしてはいない。
そんな情報を公開してもメリットがないし、それ以前に、そこまで細かい広報をする人手もないのだろう。
「敵のダンジョンマスターは、強大な赤鬼、だそうだ。
身長三メートルほど、筋骨隆々とした体格で、奇妙なスキルの数々を器用に使いこなす。
本人は、神通力と称しているそうだが」
小名木川会長は、現在わかっている情報を早口に説明する。
「ああ、うるさいな。
失礼。
さっきから、人質になっているやつらが何度も泣き言をいってきていてな。
で、この赤鬼、残虐な性格なのか、今中に入っているパーティのやつら、手足を適当に折った上で、こちらに要求を突きつけている。
その要求を通信でこちらに伝えているのは、捕まったパーティのやつらだ。
そんな、状況になるな」
「一人でも殺せば、自動的にダンジョンの外に出て行くから、あえて死なない程度にいたぶっている。
そんなところか」
恭介は顔をしかめながら、感想を述べた。
「そのダンジョンマスター、好きになれそうにないな」
「結構なことじゃないか。
こっちも、遠慮しないで済む」
彼方が、あとを引き取る。
「知能はかなり高いし、なにより戦い慣れをしている。
そのことは、肝に銘じてきた方がよさそう」
「あとで、着替える場所貸してくれない?」
遥は、生徒会の人にお願いをしていた。
「急ぎで来たから、着の身着のままなんで」
「今捕まっている連中は、六人パーティ。
敵のダンジョンマスターは、その六人までなら、そのまま受け入れるといっている」
小名木川会長は続ける。
「お前らを過小評価するつもりはないが、念のため、あと何人か同行を許可してくれないか?」
「人選による」
恭介は即答する。
「具体的な名前を出してくれ」
恭介としては、警護対象が増えて自分たちの負担が増えることを危惧していた。
「聖女の結城紬と、戦士の新城志摩」
小名木川会長も、即答する。
「どちらも高レベルで死ににくいジョブだ。
間違っても、お前らの足を引っ張ることはない」
「いいんじゃない」
彼方は、あっさりと頷いた。
「連携とかがうまくいくかはわからないけど、少なくとも邪魔にはならないはずだし」
「だね」
遥も頷いた。
「それで、ちょうど六人になるし」
「六人?」
一瞬、小名木川会長は怪訝な表情になったが、すぐに何事かを理解した顔になる。
「そうか。
お前らには、あいつがついているんだったな」
結城紬と新城志摩が来る間に、トライデントの三人は着替えたり生徒会からいくつかの装備を借りたりなど、必要な準備を済ませる。
三人が現地に合流してから五人が戌のダンジョン前に集合するまで、十分と経過していなかった。
「それでは、扉に手を合わせて」
恭介がいうと、トライデントの三人と結城紬と新城志摩、合わせて五人が、扉に掌を密着させる。
すると、大きな扉は、重々しい音を響かせて開いた。
その先にある、目の前の床に、光を放つ円陣が描かれている。
「魔方陣、か」
「転移用かな?」
「だろうね。
ここから一気にダンジョンマスター前までご案内。
って、そういうこととだと思う」
トライデントの三人が、そんなことを囁き合う。
ここで、恭介と遥はスキルを発動させて自分の姿をステルスモードに切り替えた。
「いっせいの」
と合図をして、五人同時に、その魔方陣の中に足を踏み入れた。
すると、景色が一変する。
「随分と待たせるじゃねえか」
目の前に、赤い半裸の巨人が、あぐらをかいて待ち構えていた。
「ふん。
何人かは姿を消しているのか。
小賢しい」
「六名以内って制限は守っていますよ」
彼方が、のんびりとした声で返す。
「把握している」
赤鬼は、大きく頷く。
「ダンジョンマスターの権能は、伊達ではなくてな。
その程度のことは、説明されずともわかっている。
そもそも、お前らをここまで送ってきた魔方陣も、おれが用意したもんだしな」
「そんなに偉い人が、わざわざ弱い者いじめをするんですか」
赤鬼の周辺に、襤褸きれのような状態で転がっている人影に目線をやりながら、彼方がいった。
「個人的には、そういうのを喜ぶ趣味はないですね」
「挑発のつもりか、生意気に」
赤鬼は、なぜか興味深そうな表情を浮かべている。
「こいつらをいたぶるのも、別に楽しまなかったとはいわねえけどよ。
正直、暇つぶし程度の役にしか立たなかったぜ。
こいつらが苦しんでいるのは、半分以上、お前らの到着が遅れたからよ。
それよりもお前ら、本当におれを楽しませてくれるんだろうな?」
「試してみるといいですよ」
彼方はそういって、鹵獲品であるデーモン族の大盾を示してみせる。
「まあ、実践に勝る証明はなし、ってな」
いい終えた瞬間、あぐらをかいていたはずの赤鬼は、彼方の目前に居た。
重量物同士が激突した、重い音が周囲に響きわたる。
「ふん」
巨大な棘つき鉄棒を振りかざして、赤鬼は彼方から距離を取った。
「一撃では、潰れないか」
「そちらも、見かけによらず、なかなか素早くていらっしゃる」
彼方が、からかうような口調でそういった。
「少しは、楽しめそうだな」
「本格的にはじめる前に、ひとつ、質問をよろしいでしょうか?」
彼方が、ことさらにのんびりとした口調で問いかける。
「なんだ?」
「あなたを倒してしまっても、このダンジョンは存続するんですよね?」
「そんなことかよ。
ああ、おれが倒れても、こんダンジョンの存続には差し支えない。
っていうか、おれ自体が、このダンジョンの付属物みたいなもんでな。
ダンジョンの管理を務める代わりに、何度倒されようが以前と同じ状態で復活する仕様になっている」
「なら、遠慮はいりませんね」
その言葉が終わるのと同時に、赤鬼は、鉄棒を大きく振り回す。
「おいおい。
いきなり、見えないやつらの同時攻撃かよ」
なぜか、赤鬼は、笑い出した。
「いいな。
お前ら、実にいい。
今後も、この調子でおれを楽しませてくれ!」




