ダンジョン攻略完了、二つ目
「毒ガスって」
遥が、そういったきり絶句する。
「人類、割とエグい物質、ホイホイ作りがちだしね」
彼方も、そういって頷いた。
「化学方面の知識があれば、割合簡単に作れるとは思う。
この世界には、スキルという便利なものもあるし」
「あー」
赤瀬も頷いた。
「あそこのリーダーのジョブ、錬金術師でしたっけ。
だったら、作るべき物質の組成とか把握していたら、どうにか出来そうな気もする」
「それよりも、防護服とかガスマスクのが、作るのには難易度高いかも」
仙崎も、意見を述べる。
「でもあそこ、生産職のパーティだからなあ。
全員で協力すれば、どうにかなるのかな」
「あとあれ、むしろやったあとの始末が大変だと思う」
恭介が指摘をする。
「事後に中和剤でも撒くんだろうけど、しばらく、他の人は立ち入り出来ないんじゃないかな。
あのダンジョン」
「あ」
青山が、小さな声を漏らす。
「そう、ですよね。
完全に安全性が確認出来るまで、誰も入れないはずで」
「でも、攻略効率としてみたら、効果的ではあるんだよなあ」
恭介は、そう評する。
「実際、誰よりも早く、ダンジョン一個攻略し終えているわけで。
そのあとに面倒な片付けが待っているにしても、やる価値はある、っていうか」
「むしろ、生徒会があの行為をどう評価するのか、ってところが気になるかなあ」
彼方がいった。
「それと、あの方法、生物系のモンスターばかりが居るダンジョンには有効だけど、それ以外の、アンデッドとか鉱物由来のモンスターには効果ないでしょ。
事前にそのダンジョンの情報を持っていればいいけど、今回のような初見の場合、完全に運ゲーだよね」
「そういう、生物以外モンスターが出て来るダンジョンの場合は、また別の手段を用意していたんじゃないかな」
恭介は、そう反応する。
「あるいは、しばらく中の様子を見てみて、駄目そうだったらさっさと出て来るとか」
「そういや、このダンジョンは、途中でギブアップすれば、その時点で外に出してくれるんだっけ」
「そういってたね」
「だったら、リスクはそんなにないわけか」
「多分、だけど、毒ガス撒いた時点で、攻略自体は終わっていると思うんだよね。
今回の場合」
彼方がいった。
「それでも一時間以上かかったのは、ダンジョン内にあった宝箱的なものをすべて回収してきたからで。
まあ、これはあくまで憶測だけど」
「そういったことは、あとで追加情報が来ると思う」
恭介が、つけ加える。
「ダンジョン内部の構造とか、この時点でわかっている情報は公開されると思うし」
そうした情報を共有していかないと、他のプレイヤーも毎回手探りでダンジョン攻略をするはめになるわけで。
そういう事態は、生徒会はあまり好まないだろう。
「なんにせよ、このダンジョンに関しては、続報待ちかなあ」
彼方が、そう締めくくる。
今頃、酔狂連の人たちは、生徒会に絞られているのだろうなあ。
と、恭介は想像する。
AM10:32。
『酉のダンジョンが攻略されました』
プレイヤー全員の脳裏に、そんなメッセージが響いた。
「酉って、どのパーティが攻略していたっけ?」
「付与術士と召喚術士の二人組。
パーティ名は、ええと、ユニークジョブズになっているね」
「あまり芸がないネーミングだけど、それだけにおぼえ易いな。
まあ、このパーティは、順当といえば順当」
「まあね。
召喚獣の数でゴリ押しって方法、おそらく当たっていると思うし」
「失敗しづらい方法だよね。
リスクも少ないし。
ダンジョンの規模にもよるけど、時間は多少必要になるけど」
「それは、他の方法で攻略しても同じだしなあ。
まあ、あのコンビは、ダンジョン攻略みたいな仕事では、普通に強いと思うよ」
この辺のコメントは、恭介と彼方のほぼ二人だけで完結していた。
他の面子も、特にコメントするべきことを思いつかなかったようだ。
「あの二人、つき合っているんですかね?」
青山が、ダンジョン攻略には関係のないことをいい出す。
「さあ」
仙崎が首を傾げながら、気のない口調でそう返した。
「見かけた感じだと、仲は悪くはないように思えたけど」
あまり関心もなかったし、そうとしか答えようがない。
「これで、午と酉、二種類のダンジョンに関しては、多少は詳しい情報が手に入りそうだな」
恭介はいった。
「あと、わかっているのは……」
「中に大海原があるのが、卯のダンジョン。
虫系のモンスターで溢れているのが、寅のダンジョンだね」
メモを取っていた彼方が答える。
「初日から二つのダンジョン攻略完了 までいったのは、正直予想外だったなあ」
「短時間で攻略が完了したことを考えると、中はそんなに広くないのかな?」
恭介が疑問を口にする。
「午と酉に関しては、そうみたいだね」
彼方が答える。
「ただ、他のダンジョンも同程度の規模なのかどうかは、この時点ではなんともいえない」
午前十一時前後から、システム画面に生徒会発の情報が流れはじめる。
「弱いモンスターでも、五万ポイント前後、からか」
彼方がいった。
「チュートリアルよりは、強いってことだよね」
「低レベルのプレイヤーだと、ちょっと苦戦するかな?」
恭介がコメントする。
「ただ、酔狂連がいろいろ作ってくれるから、前よりは便利なアイテムが増えてはいる」
「午のダンジョンが、十二階層。
酉のダンジョンが、十六階層」
仙崎が、システム画面を見ながら読みあげる。
「ただ、フロアの広さ自体は、午のダンジョンの方が若干、広いようですね」
「中のマッピングも、システムが自動でしてくれるっていうのはありがたいなあ」
彼方は、素直に感心している。
「こういう情報が共有できるんなら、案外早くすべてのダンジョン攻略も片付くかも」
「今日、攻略できた二つのダンジョンが、たままた簡単だった」
恭介が意見を述べた。
「そう、思うんだけどな」
「アンデッド系モンスターばかりが出るダンジョンは、どうもなさそうっすね」
赤瀬がいった。
「そういうダンジョンだったら、また聖女様が出て行けば、一撃で攻略終了になるんですが」
「午と酉のダンジョンは、他のプレイヤーにも攻略可能なダンジョンになったのは、ほぼ確実みたいだね」
彼方はそういった。
「まあ、これらのダンジョンの性質が、今後、変わりでもしない限りは。
だけど」
「中に入る度に構造が変わる、いわゆるローグタイプだとかだったら、最悪だな」
恭介が感想を口にする。
「いや、これから、そういうダンジョンが判明するのかも知れないけど」
実際、午のダンジョンは生徒会によって入口が閉鎖されていたが、酉のダンジョンに関しては、順番待ちをしていたパーティによって、再攻略が試みられている。
「他のダンジョンに動きは?」
「今のところ、ないかな。
リタイヤして出て来たパーティもないし」
「ダンジョンの中でも倉庫やマーケットが使えるのなら、かなり長時間でも籠もっていられますからね」
「今日が初日だし、首尾よく中に入れたパーティは、慎重に行動しているんだと思う」
「先発の人たちが、ダンジョンの中の情報をいっぱい持ち帰ってきてくれれば、後続の人たちもそれだけ楽になりますしね」
「この分だと、今日はもう、大きな動きはないかな?」
と、恭介がいった時。
『子のダンジョンを攻略中のパーティに、死者が出ました。
ダンジョンは、このパーティをダンジョン内部から排除します。
子のダンジョンが解放されました。
攻略を希望するパーティは、扉に手を触れてから中に入ってください』
そんなメッセージが、全プレイヤーの脳裏に響く。
「あ」
遥が、声をあげる。
「死者が、出ちゃった」
「こっちに転移してから、最初の死者だな」
恭介が、冷静な声で返す。
「聖女様になんとかして貰うしかない」
「子のダンジョンに入っていたのは、レッドホットキャッツってパーティ。
ランキングの上位には入っていないから、死んだ人のレベルも、そんなに高くないと思う」
彼方が、システムの画面を調べながらいった。
「不幸中の幸い、かな。
復活するのには、死者のレベル掛ける100万ポイントが必要になるっていうし」
「低レベルでも、十分に大金ですよ」
青山がいった。
「むしろ、低レベルプレイヤーほど、それほどのポイントを都合出来ない、かと」
「ってことは、不足分のポイントは、生徒会への借金になるわけか」
赤瀬が、渋い顔になる。
「ご愁傷様、だね」
「焦って判断をミスったのか」
彼方は、ため息をついた。
「いつでもリタイアを表明できるんだから、無理をせず何度でも挑戦すればよかったのに」
「おそらく、ですけど」
仙崎がいった。
「たまたまそのダンジョンの最初の挑戦者になれたから、引き際を見誤ったのかなあ、と」
「本当、些細なことが、判断ミスに繋がるんだねえ」
遥が、しみじみとした口調でそう結論した。
「聖女様のスキル、復活って名前だったっけ。
あれ、かけられたらどんな気分になるのかなあ」
恭介が、そんなことをいい出す。
「回復術のスキルとかポーションの力を借りると、あんだけ痛いから。
復活のスキルも、相当に痛いのかも知れないな」
「怖いこといわないで」
それまで黙々とポップコーンを摘まんでいた緑川が、ひさびさに口を開く。
「回復術もポーションも、かなり痛いのに」
回復術スキルとポーション。
この二種類の回復手段は、どちらも、
「実際に使うと、とっても痛い」
という共通した性質があった。
この性質のため、多くのプレイヤーは、可能な限り負傷するのを避けるようになっている。
それはつまり、結果的には安全志向で動いているわけで、プレイヤー全体にとって望ましい方向性ではあるのだが。
「あれ、本当に痛いからなあ」
彼方が、実感が籠もった声でいった。
「神経を直接、ワイヤーブラシで擦られているみたいな感じで」
「復活のスキルは」
「ああ。
痛みを感じないと、いいなあ」




