ダンジョン攻略中継観戦
その日の午前六時、市街地外縁部十二カ所に、突如巨大な扉が現れた。
高さ約三メートル、幅約六メートル。
その扉の向こう側にはなにもない、ように見えた。
そしてその扉の表面には、共通してあるメッセージが記されている。
「まあ、ルールですね」
現地にいって確認してきた常陸庶務が、生徒会執務室で、他の生徒会役員たちに報告した。
「写真をご覧になっていただければわかると思いますが」
彼ら生徒会はマップで示されていたダンジョン出現場所に、事前に監視カメラを取りつけ、異変が起こったら即応出来る体勢を整えていたのである。
「ダンジョンに入れるのは、その扉に掌をつけた者のみ。
何名で入ろうとも自由だが、一度誰かが入ったら、その者たちが出て来るまで他の者は入れない、か」
プリントアウトされた写真の文面を確認して、小名木川生徒会長は読みあげた。
「つまり、一度にひとつのパーティしか中に入れない、ってわけか。
攻略ペースとか考えると、きついな」
「でも、ダンジョンは十二カ所もあるわけですし」
横島会計が指摘する。
「同時に攻略していくわけですから、そこまで神経質にならなくても」
「一度にひとつのパーティしか入れないってことは、それだけトライアンドエラーの機会が減るってことだから」
小名木川会長も、指摘した。
「こんなもの、さっさと終わらせたいこっちとしては、あまりいいルールではないよ」
「あと、こちらもご覧ください」
常陸庶務は、もう一枚のプリントアウトを役員たちに配る。
「扉の、下部の方に小さく記されていました。
補足ルールかと思われます」
「内部で誰かがダンジョン攻略を諦める意思表示をした場合、ないしは、死亡した場合、自動的に内部に居る全員がダンジョン外部に排出される。
ですか」
今度は、築地副会長が読みあげる。
「こちらは、どちらかというと朗報であると思うのですが」
「落ち着いて、よく考えてみろ」
小名木川会長はいった。
「これは、諦めたり死亡したりすることも想定される難易度だと、そういっているわけなんだが。
それに、誰かがギブアップしたら、という条件なら、パーティ内の、たった一人だけでも弱気になったら、それで終わりじゃないか。
死亡した場合って、聖女様の復活も、無制限じゃないんだからさあ」
「必要なお金を用意可能なパーティって、中堅以上になりますよねえ」
小橋書記が、意見を述べる。
「結構な額になりますから」
「確か、レベル掛けることの100万CP、だったか?
ふっかけるよなあ」
小名木川会長が、ため息混じりにいった。
「中堅パーティでも、せいぜい一人か二人分くらいしか用意出来んだろう。
しかもこのスキル、自力救済しか認めてないってんだから、生徒会としても借金を背負わせるくらいしか出来ない。
ったく、タチが悪いよなあ」
死者をも蘇らせる聖女の固有スキル、復活。
一人も死者を出したくない生徒会にとっては、必須のスキルといえた。
しかし、このスキルは、使用時に膨大なCPを必要とする、という制約がある。
さらにいえば、死亡した当人ないしは所属パーティのCPしか受けつけない、という、厄介な縛りまで存在する。
これまでのところ、この「復活」というスキルが使用される機会はなかったわけだが、今後はかなり活躍することになりそうだ。
かも、知れない。
「聖女様が過労死しないといいですね」
「不謹慎な冗談いうな」
軽口を叩いた常陸庶務を、小名木川会長がたしなめる。
「で、まあ。
これに対しる、うちらの対応になるわけだが」
「各ダンジョンの入口に常時数名の見張りをおいて、順番待ちのパーティが増えすぎないよう、呼びかけるのがよろしいかと思います」
聖女である結城紬が、意見を述べる。
「どれくらいまで、順番待ちのパーティを許容するべきか。
ちょっと様子を見てみないことには、平均的な攻略所要時間がわからないので、なんともいえませんが。
最初のうちは、二から三パーティくらいからはじめて、以後、様子を見つつ、調整していきましょう」
「昨夜から、ダンジョン出現予定地点の近くに泊まり込んでいるパーティが、いくつかあるのですが」
「これから人を出して、説得するしかないな。
そいつらもこのルールは確認しているはずだろうから、まあ、最悪、くじ引きで順番を決めさせるさね」
AM7:45。
薪ストーブの間で軽く朝食を済ませた恭介たち三人は、システム画面を開き、お茶を飲みながら「ダンジョン前定点観測ライブカメラ」の画像を確認していた。
「しかし、このルール、笑えるよな」
「中に入れば死人が出るよ。
と、脅しているようなもんだし」
「でも、外まで送ってくれるのは良心的、かな?」
「なんか、ブラックな良心なんですけど」
三人で好き勝手なことをいいあっている。
「結構、人、集まっているな」
「まあ、初日だしね。
どれくらいのペースでパーティが入れ替わるのか、今の時点では読めないけど」
「それこそ、ダンジョンに寄るんじゃないかな。
前にもいったけど、これだけの数が一度に出るんなら、内部の様子がダンジョンごとに違った性質になると思うけど」
「風紀委員の子たちは、寅のダンジョン前に居るね」
「Sソードマンの奥村先輩、発見。
辰のダンジョンだ。
引き連れている子たち、なんかメイクが派手になっているなあ」
「あれ?
午のダンジョンのところに、酔狂連の人たちが居る。
あの人たち、実戦に出ることもあるのか」
「付与術士と召喚術士の二人組、酉のダンジョンにおるね」
見知った顔が、各ダンジョン前に居るようだ。
ポイントを効率よく得るチャンスではあるので、ほとんどのプレイヤーはダンジョン攻略に積極的である、ようだった。
あくまで、この時点では、ということだが。
「中身の実態が明らかになっていくと、事情は違ってくると思うけどね」
と、恭介は呟く。
「結構、ダンジョンごとに人気差が出て来ると思う」
難易度と、それにポイント稼ぎの効率は、おそらくダンジョンごとに異なる。
恭介は、そう予想していた。
「おはよーございまーす!」
しばらくして、元気な挨拶の声とともに、魔法少女隊の四人がどやどやと入ってくる。
昨夜、夕食の席でトライデントが休日にすると告げたら、この四人も休むといい出したのだ。
「ダンジョンの方に人手が取られるからって、生徒会関連の工事、この日は休みですし」
との、ことだった。
それなら、ダンジョン攻略中継を、いっしょに楽しもう。
と、いうことになったわけである。
「もうすぐ開始ですねえ」
「いやいや。
朝からそんな、大量のポップコーンを持ち込んで」
「ポテチと炭酸飲料もありますよ」
「すっかり楽しむ気でいるなあ」
「うぃくんが、居ない」
「これ、中に入ったら、映像来ないんですよねえ」
「多分。
生徒会は、試しにドローンを入れてみるようだけど、中継データまでは来ないんじゃないかな、って」
「せいぜい、録画映像があとで公開される程度だろうねえ」
「その辺のデータは、攻略効率に関係するから、生徒会も積極的公開してくるでしょ」
「あの中がどうなっているのか、知りたいのはプレイヤーほぼ全員なわけだし」
「今日中にクリアされるダンジョン、出て来ると思います?」
「ダンジョンの性格にもよるけど。
ただ、可能性があるとすれば、人海戦術が実行可能な、召喚術士のパーティかなあ」
「ああ、人海戦術。
ダンジョンとかだと、強いですね。
召喚術を使う人は、ほとんどノーダメなはずですし」
「まあ、もうすぐはじまるから、様子を見守ってみよう」
AM8:00。
十二カ所のダンジョン、その扉が一斉に開き、事前に扉に掌を押しつけていた最初のパーティが、中に入っていく。
そして、ほぼ同時に十二カ所の扉が、重々しく閉じた。
「さて、どうなるのか」
恭介が、呟く。
と、同時に、一カ所の扉が開き、たった今入っていったパーティが飛び出してくる。
「こんなん、どうしろってんだぁー!」
出て来たばかりのパーティの人員は、口々にそんな意味の言葉を叫んでいた。
大きく開いた扉の向こうには、大海原、に見える風景が広がっている。
つまり、だだっ広い砂浜と延々と寄せてくる、波。
「これは、予想外」
恭介は、呟く。
「卯のダンジョン攻略には、潜水用の装備一式が必須、と」
「あの先へ進んでいかないと、攻略できないってことですよね?」
仙崎がいった。
「装備もそうだけど、武器や魔法なんかも工夫しないと、いろいろ厳しそうです」
「まあ、なんか癖のあるダンジョンが出るってことは、こっちも予想していたから」
彼方も、意見を述べる。
「一応、想定の範囲内、ではあるかな」
少し間をおいて、寅のダンジョンに入っていった、風紀委員のパーティが飛び出してきた。
「虫が!
虫がぁー!」
委員長である新城志摩がそう叫んで、半狂乱になっている。
その新城を、他の風紀委員たちが数名がかりで羽交い締めにしていた。
「志摩ちゃん、可哀想」
遥がコメントする。
「苦手なモンスターばかりが出るダンジョン、引いちゃったかー」
「寅のダンジョンは、虫系、っと」
彼方は、メモを取っている。
中に大海原が広がっていた卯のダンジョンは、最初のパーティが帰還したあとに入っていくパーティはいなかったが、こちらの寅のダンジョンの方は、順番待ちをしていたパーティがすぐに入っていく。
生理的な嫌悪感などを無視出来れば、それなりに対処しやすいダンジョンでもある。
その後、しばらく動きがなかった。
ダンジョン内に潜入したパーティは、各自必死に健闘しているのだろう。
「あの水、全部凍らせるっていうのは?」
「恭介なら出来そうだし、試してみる価値はあると思うけど。
それだけで、ダンジョン全体を攻略したことになるのかなあ?」
恭介と彼方は、大海原が広がる卯のダンジョンを攻略する方法について、検討しはじめている。
「実際に試してみないことにはなんともいえないけど、あの海の中にも、いろいろ細かい仕掛けとかが仕込んである感じがあるよねえ」
「皆さん、ダイビングの経験とかは?」
青山が、訊ねて来る。
「ないね」
「体育の授業で、泳ぎを習った程度」
「ですと、厳しいですね。
一度ダンジョンの外にプールでも作って、潜水作業などに慣れてからの方がいいかと」
「安全のためには、そうするしかないか」
「面倒だなあ。
生徒会にいって、練習用のプールでも作って貰おうかな」
「こっちの拠点内に作ればいいんじゃないか。
適当に穴掘れば、あとは魔法で水満たすだけだし」
「まあ、そうなんだけどね。
あとは、ダイビング経験者でも捜して、基礎的なことだけでも教えて貰うとか」
早速、「癖が強いゆえに攻略が難しい」ダンジョンが、判明した形になる。
AM9:14。
『午のダンジョンが攻略されました』
プレイヤー全員の脳裏に、そんなメッセージが響いた。
しばらくして、丑のダンジョンの扉から堂々と出て来た者たちの姿を見て、大勢のプレイヤーが絶句する。
中から出て来た者たちは全員、もこもこの防護服を着て、ガスマスクを着用していたのだ。
「ああ、なるほど」
恭介は、一人、頷いた。
「毒ガスを使ったのか。
相手が生物なら、結構確実な手段ではあるな」




