人形の使い方
「なあ。
あとで、でいいんだが、今日だけでもシャワー貸して貰えないか?」
八尾が訊ねて来る。
「おれたち野郎はどうでもいいけど、女子は汗を流したいだろうし」
「シャワー設置したの、魔法少女隊だから、そっちに確認してください」
彼方が即答する。
「多分、大丈夫だと思いますけど。
その前に、今日も風呂を焚くかも知れません」
「そうなのか」
八尾は少し驚いたようだった。
「この人数であんな大きな風呂を焚くのは、毎日だとちょっと贅沢すぎないか?」
あれのために消費する水量と燃料を考えると、そう感じるのも無理はないかな。
と、恭介も思う。
「まあ、ここは異世界ですし」
彼方が、そんな風に答えていた。
「苦労している分、その程度の役得くらいあってもいいでしょう」
「それもそうか」
八尾は、そういって笑った。
「あっちの人形は、今、なにをやっているんです?」
八尾の人形が、少し離れた場所に車座になってなにやら作業をおこなっている。
細長い棒状の物やら角張った金属片などを手渡しながら、なにかの組み立て作業をおこなっているように見えた。
「今やっているのは、ハンマーの組み立てになるな。
商品名でいうと、HEATハンマー改」
八尾が、説明してくれる。
「やつらは単純作業しかしてくれないんで、最初のセッティングが面倒なんだが、一度教えたことは忘れない。
それに、やれといったことは延々と繰り返してくれるので、ああいうオートメーションにはぴったりだ」
「なるほど」
恭介は、とりあえずそう返答しておく。
「あの人形も、八尾さんが作ったんですか?」
「ああ、そうだ。
人形遣いと、それに、人形制作ってスキルがあってな」
八尾が、さらに説明をしてくれる。
「発見した時は、なんだそれは、と思ったもんだが。
実際に使ってみると、ご覧の通りに、かなり便利だ。
向こうの拠点では作業場の広さが限られていたんで、あまり数が増やせなかったんだが。
こっちなら、もっと増やしておいた方がいいな」
「人形遣いと、人形制作、ですか?」
彼方が、なにか考え込みながら、質問する。
「それって、製造スキルですか?」
「人形制作は、そうだったな。
人形遣いは、確か、趣味とかホビー系のスキルだったと思う」
八尾がいった。
「戦闘系のスキルやジョブ以外は、まだ詳しく調べ尽くされていないのが現状だよな。
この他にも、探せば有用なスキルがまだまだ眠っている可能性はある。
生活スキルの皿洗いや床磨きだって、極めておけば、状況によっては、もの凄く役に立つかも知れないぞ」
なるほどなあ。
と、恭介は思う。
戦闘系以外のスキルがまだ十分に検証されていないのは、単純にそこまで手間をかける時間がなかった。
というのが、要因としては大きい。
それ以外に、戦闘系以外のスキルやジョブが多過ぎて、とてもではないがそのすべてを検証しきることは難しい。
という、事情もあった。
戦闘系のジョブはたった五つしかなかったが、それ以外のジョブは二千以上もある。
スキルは、そのさらに数倍になるだろう。
たった百五十名のプレイヤーだけでは、とてもではないが、すべてを検証しきることは出来ない。
単純に、物理的なマンパワーの問題だ。
恭介はそんなことを考えている間にも、八尾は自分の倉庫から木の幹や根を取りだし、なにかのスキルでそれを切り出して、小さな部材を作っている。
よくみるとそれらは、手や足、腰、胴体など、どうやら人形の部材のようだ。
八尾は完成した部材をかたわらの人形に手渡していき、部材を受け取った人形は部材同士を組み合わせて、すぐとなりの別の人形に手渡していく。
そうして部材が手渡されていくのに従って、だんだん人形が完成形に近づいていた。
人形を作る、人形。
状況的にはシュールにも見えたが、仕組みを考えると、それなりに合理的にも思える。
「それ、今伐採したばかりのやつですよね?」
彼方が八尾に質問する。
「生木でも、問題はないんですか?」
「どうやら、そうらしいんだよなあ」
八尾は答えた。
「一度部材なり完成形の人形なりになっちまうと、そういうオブジェクトとして存在してしまうらしい。
おれたちが居た世界では、生木は水分量が多過ぎるんで、そのまま加工しても割れたり縮んだりと、問題が起きるわけだが」
スキルを使って加工するのは、通常の、元の世界でいう加工とは、別の性質を持つ。
と、いうことらしい。
これも、生産職でなければ、なかなか気づけない知見ではあった。
「いや、ちょっと待って」
あることに気づいた恭介が、疑問を口にする。
「そうやって人形で人形を作り続けると、理論的には、無限の労働力が得られるんじゃないですか?」
「ある意味では、そうともいえるが」
八尾は答えた。
「こいつらは、アホだからなあ。
いわれたこと、教えられたことしか出来ないし、なにより基本的な判断能力というのがない。
単調な動作を繰り返すボット、というか。
だからまあ、そこは使い方次第、になるな」
そういえばこの八尾は、以前、建築関係の労働力については、
「心配する必要はない」
的なことをいっていた気がする。
今日の作業は、「物体を倉庫に収める」という、プレイヤーにしか出来ない工程があったから、仲間の手を借りていたわけだが。
そうでない作業ならば、大半は、この人形たちで代替可能なのだろう。
「分析者と研究者は、基礎研究。
おれの鍛冶士と三和の錬金術師は素材研究。
岸見の武器職人は、それらの成果を使っての製品設計。
桃木は、全体のマネジメント。
で、この人形たちが、製造ラインを担当するわけだ」
八尾は、さらに説明を続けた。
「他のパーティがこれから真似をしようと思っても、おれたち以上にうまくやれるとは思えないな」




