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16話 断罪⑤



「き、きさまら。さっきから一体何を言っているんだ。訳が分からないぞ」


「いまから説明しますよ」


 俺の言葉に続いてアリシアが言葉を繋ぐ。


「ことは、学園の卒業パーティの翌日の話です。私と殿下が婚約破棄をした後のこと。王都から公爵領まで帰る時、私の乗った馬車が盗賊に襲われました」


「盗賊か。それは災難だったな」


「ええ。ですが運よくそこを通りがかったシドに助けてもらいました。そのおかげで、私も従者も怪我することなく無事でした」


「そうか。ならば問題ないではないか」


「問題は襲われたことではなく、襲った人物とその仲間です。馬車の御者が盗賊の仲間だったのです」


「俺も不審なものを感じて、御者と生き残った盗賊の一人を王都に連れ帰って尋問したんですよ。そしたら御者も盗賊も話しました。自分たちは本当は盗賊じゃなく、教会から派遣された神殿騎士だって」





 襲撃の翌日、俺は衛兵たちの尋問に立ち会った。



 あの盗賊のリーダー格は、神殿騎士の部隊長だった。


 御者も神殿騎士の一人。

 馬の扱いに長けているから御者として連れてくる役割を担っていたらしい。

 

 尋問の時、御者はペラペラと自分の立場について話したが、部隊長の方は難儀した。

 

 彼はどうやら忠義に厚い男だったらしい。

 なかなか口を割ることはしなかった。


 だが今回はその忠義を利用させてもらうことにした。


 実のところ、彼の忠義とは聖女ではなく教会に捧ぐものだったのだ。

 

 教会のトップである聖女の言うことは聞く。

 それが命令であれば命がけで戦う。


 だがあくまでそれは彼女が教会のトップという立場であるから従っているだけだ。

 そして聖女という存在が教会全体の得になるのだと思ったからこそ従っているのだ。


 部隊長には聖女であるエリーナ自身に対して忠誠はない。

 俺はそこに目を付けた。





 部隊長の尋問室で、彼と二人で会話をする。


 他の衛兵には出ていったもらった。

 S級冒険者の立場を利用すればこういうこともできるのである。 


 立場を利用とはいっても、そこまで大したことはしてないけどね。

 一言二言お願いすればすぐだったよ。

 前日に冤罪で捕まえた後ろめたさもあったのだろう。


「いいのか? あのまま聖女に従っていて」


 机ごしに部隊長の前に座った俺は彼に話しかけた。


「なんのことだ?」


「エリーナの計画はだいたいわかっている。公爵令嬢のアリシアに冤罪を着せて王子と婚約破棄させる。そして後釜として王子と結婚することが目的だ。アリシアを襲ったのは冤罪が暴かれないように殺してしまおうと思ったんだろ? 死人に口なしってわけだ。お前たちはアリシアを殺す実行犯。聖女の命令で来た神殿騎士だろ?」


「ふん。そんなことは知らないな。俺はただの盗賊だ」


「しらばっくれても無駄だよ。お前の素性はわかっている」


「仮に俺がその神殿騎士だとして、素直に自白すると思うか?」


「するさ。だってそっちの方が得だからな」

 

 俺の言葉を聞いて、部隊長は失笑する。


「はっ、俺に何の得があるんだ? 神殿騎士だって認めりゃあ情状酌量で無罪にでもしてくれるのか?」


「無罪にはならないよ。それに君の得じゃない。教会にとって得なんだ」


「……なんだと?」


 先ほどまでとは声のトーンが変わり、軽薄な様子から重厚な面構えになる。 

 教会の得と言われれば、流すわけにもいかないのだ。


「お前が教会の神殿騎士で、聖女の命令でアリシアを襲いに来たことを白状したとする。そうすれば聖女はどうなる?」


「終わりだな。相手がそこらの町娘ならともかく、相手は公爵令嬢だ。それを襲わせたことがバレれば聖女といえども処罰は免れない。まず間違いなく甘い判決は公爵家が許さない」 


「ああ。どんなに良くても聖女の立場は追放されるだろうな。悪ければ極刑だ」


 部隊長の言葉通り、甘い判決はあり得ない。

 公爵が自分の娘をどれだけ愛しているのかはわからないが、彼らにも面子がある。

 

 公爵家の人間が理不尽に殺されかけ、それを大した罰を与えられない。

 そんなことになっては、公爵家自体が軽んじられる。


 あいつらには何をしても問題ない。大した罰はくらわない。

 そう思われることだけは避けなくてはならないのだ。



「それで、それがどうして教会の得になるんだ? 聖女を失うのなら損害は大きいが、利益など一つもないだろう」


「その聖女を失うことが得なんだよ。聞くがお前、エリーナが聖女のままでいいのか?」


「…………どういう意味だ」


 少しの間押し黙った後、部隊長はつぶやく。


「ここで聖女で問題ないと即答しないあたり、本音をいっているようなものだよ」


「黙れ。質問しているのはこっちだ」



 いや尋問しているのはこっちなんだが。

 まあ話を遮ってまで言うことじゃないから無視するが。



「エリーナは聖女の――教会の象徴のままでいいのか? 王子と結婚するために公爵家と事を構えるような事件を起こす女だぞ? そんな無茶苦茶なことをしでかすやつがこのまま聖女でいてみろ。いつか教会にとって致命的な事件を起こす。ま、そのいつかは今かもしれないけどな」


「……だが、それでも聖女は必要だ。いないより――」


「いない方がマシだよ。少なくともこれ以上の被害はでないからな。それに、エリーナが聖女だと判明する三年前までは聖女がいなくても教会は回ってたんだろ? 聖女はいなくても、構わないんだ」


 部隊長は神妙な顔をして聞いている。


「聖女がいるメリットと彼女を自由にさせてしまうデメリットを考えろ」


「…………」


「いま彼女を切った方が後の悲劇を防げるぞ」



「…………」


 部隊長はうつむいたまましばらく無言だった。

 何分もそうした後、彼は話し出した。


 自分が神殿騎士の部隊長であることと、聖女の命令で公爵令嬢を暗殺しようとしたことを。

 衛兵たちも部屋に入りその自白の全てを聞いた。






「……どういうことだ」


 一連のことを全て聞いた殿下は、震えながら声を上げた。


「どういうことだエリーナ。アリシアを殺そうとした……?」


 彼はエリーナの方を茫然とした顔で見ている。


「し、知りません! そんなの彼らの狂言です!」


「嘘だと思うなら衛兵に聞いてみてください。彼らは聖女を捕まえるための手はずを整えると言っていましたよ?」


「知らない知らない! 神殿騎士!? 暗殺!? なんのこと!? 私には関係ない!」


「本当に知らないのか。それも嘘か? さっきも君は嘘をついていたじゃないか」


 レジス殿下は目にわかるくらいうろたえていた。


 いや君、さっきエリーナのことを信じると言ったというのに。

 すぐにまた手のひらを反すその姿は呆れるものだ。


「し、信じてください殿下。私は……」


「すまない。君に事を信じたい。信じたいが……だが、信じられそうにない」


「な……ひどい! 私はあなたのことをずっと一途に思って愛してきたのに! 貴方はその愛の分の信頼も返して下さらないんですか!?」



「ん? 嘘はいけないなエリーナ。一途に思ったなんて嘘は」



「え? ……あ」


 エリーナがこちらをみて「しまった」というように口を手に当てた。

 やってしまいましたなあ。


「な、何の話だ? どういうことだ?」


「なんでもないんです、王子。ええ本当に」


「なんでもないなんて寂しいこと言うなよ。殿下、俺とエリーナは幼馴染なんですよ。それで昔は付き合っていましてね。彼女が王都に来る前には婚約していたんですから」


「な……それは本当か? 僕はそんなこと一言も聞いてないぞ!」


「ええ。まあ少し前に彼女を信じてここに来たらあっさり振られましたがね。心変わりしたのなら黙ってないで手紙とかで伝えて欲しかったですけど」


「そんなの嘘よ。彼とはただの幼馴染で――」


「これ、昔のこいつからの手紙です」


 取り出したのはエリーナからの手紙。

 エリーナに会いに王都に来る前、手紙を鞄に入れて持ってきていた。



 殿下は震えながら手紙を受け取り、手紙を読み始める。

 王都にわたってすぐの頃にもらった手紙だ。

 シドを愛してるとか、早く結婚したいとか、色々書かれてる。


 あのときは善良ないい子だったのになあ。

 いや、もしかしてあのときも猫をかぶっていただけかもしれないけど。


 どうやらエリーナを信じることができないのは俺も同じのようだな。



 殿下は手紙を読み進めるごとに手の震えは大きくなり、「うおお……」とうめき声を発していた。


 その様子を見てエリーナは青ざめている。



 手紙を読み終えた殿下はさっと顔を上げ、


「この尻軽め!」


 とエリーナに対して叫んだ。


「なんなんだこの手紙は。君は言っていたじゃないか。僕が初恋だと、愛したのは僕が初めてだと。それなのに恋人が――婚約者がいたなんてな!」


「……あれは、ただの気の迷いです」


「それが気の迷いだったとしても、婚約していたのは事実じゃないか」


「もう過去のことです。彼のことは振りました。何が不満なんですか!」


「過去に男がいたってことがだよ! くそ、最悪だ。こんな尻軽だと知っていれば、婚約することなんてしなかったのに!」


「な……」


 さすがに、エリーナも絶句していた。


 いやエリーナにふられた俺が言うのもなんなんだけどさ、いまの王子の言葉は酷いだろ。


「あれも嘘、これも嘘、ぜんぶ嘘だ! アリシアの罪も、不貞も、暗殺も、君が用意した証人も、男のことだって! 君が言ったことやったこと全部嘘だらけじゃないか! 嘘つき! 尻軽! 売女! どうせその聖女の地位も、教会の男に体でも売って手に入れた地位だろう!?」


「そんなわけないでしょう! どれだけひどい妄想する気ですか!」


「それも嘘か? この詐欺師めが!」


「なんですってぇ……! いわせておけば……! ふざけんなよ、おい! あんたみたいなバカと婚約するために私がどれだけ苦労したかわかってんのか!? ああ!? 勉強がわからないと泣きついてきたから教えてやって、かすり傷一つでわめくから治してやって、アリシアにたいする愚痴をきいてやって、夜だって色々してやったのに! つーかてめえ早いんだよすぐ出しやがってこの早漏野郎!」


「そ、そうろ……! ついに下品な本性を現したなこの性悪女め。下種な犯罪者が、恥を知れ!」


「恥を知るのはてめえだよ!」



 いや恥を知るのはお前ら二人ともだよ。


 そんな感想を抱くほど、醜い口喧嘩が巻き起こっている。

 呆れかえってため息が出る。

 

「……虚しくなってきましたね。私はこのような人と婚約していたのですか」


「ああ。俺も同じ気持ちだよ」


 アリシアと二人、その光景を見て残念な気持ちになった。

 

 何が悲しいって、この二人の間で口喧嘩をしても状況は何も変わらないのだ。別に罪が軽くなるわけでもないし、俺達が許すわけでもない。

 完全に無意味なことをしている。


 暗殺事件に対する言い訳をした方が、まだ意味がある行為だというのに。

 状況を理解せず、ただただ自分の不満を解消するための行いだった。


 あんなのが元とはいえ婚約者だったとは。

 本当に悲しくなる。




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