第63話 『狩猟祭』⑦
確かにユージィンからすれば突拍子がなさすぎる思考展開ではあるだろう。
こんなもん、あっちでオタク文化にどっぷりつかっていた脳でなければはじきだせるわけもない。大前提として俺がそういう世界から「異世界転生」というトンデモをすでに経験しているからこそという部分もかなり大きい。
ユージィンからすれば「きも」と思ってしまうことも無理はない。
だがもうちょっとガチで引いている表情はかくせ。
地味にへこむから。
「まあそれは後でな。とりあえずそうだというなら状況としてはありがたい。それにこうなるとシャルロットとクロードのレベル上げを最優先したことも奏功する」
魔法遣いは同格との1対1よりも、格下との多数対1に向いている。
俺たち武技遣いは格下であっても一閃確殺が最大効率に過ぎないが、魔法遣いであれば一つの魔法で極論すれば万の軍勢を焼き払うことすら可能となる。
そしてここしばらくの迷宮攻略を経て、シャルロットとクロードは大げさではなく魔物程度であれば万の軍勢を一撃で焼き払えるほどの高みに至っている。
俺やユージィンが対処できない物量押しは2人に任せることができる。
その間に俺とユージィンでシャルロットとクロードにはまだ荷が重い、ただしその総数は知れているだろう魔獣を片っ端から斃せばいいのだ。
「正直ちょっと怖いよクナド」
「まあそうだろうな。引かれているついでだ、ユージィンたちの組織を立ち上げたであろう人物も当ててやろうか?」
御尤もだとは思う。
おそらく詳しくは聞かされていないユージィンからすれば、これから起こることをすべて見透かした上で俺が動いていたと思ってしまっても無理はない。
だが正確には俺もそう動くように誘導されていただけで、予言だの未来視だのという胡散くさい類ではけしてないのだが。
まあその誘導をしているのが俺自身――俺の主観では未来、時間軸的には過去の俺ってあたりが非常に説明がしにくくて困るのだが。
だがこうなった以上、ユージィンたちの組織を立ち上げた人物も舞台に上がってもらうべきだろう。というか本人もそのつもりなのだろうし。
「言ってみて」
「魔人クリス・ククリス・クランクラン――クリクラが『汎人類防衛機構A.egis』を立ち上げたんだろう。それにどうやってまでかは分からんが、まだ生きていたりする?」
あの岐に執着していたお姫様が、皇竜アルシュウェルドだけに未来の岐と再会することを許すとはとても思えない。あの可憐で嫋やかな外見からは想像もできない苛烈さと執着を以て、千年の時を超える手段を編み出していても不思議ではない、というよりもそっちの方がよほどしっくりくる。
思えば世界を裏から統べる『汎人類防衛機構A.egis』を立ち上げるなんて、いかにもあのお姫様が考えそうなことである。岐の武器防具を神遺物として保管していた時点で、プレイヤーとしてとはいえあのキャラのことを詳しく知っている俺はそのことに思い至るべきだったのだ。
「……今年、数百年ぶりに目覚められたと聞いているよ」
「なるほどね」
魔術的長期冷凍睡眠とでもいおうか。
我々オタク的に言うならコールド・スリープというやつだ。
確かに魔人とまで呼ばれた膨大な魔力と、本人の魔術的知識と天才的発想、狂気とさえいえる研究熱心さを重ね合わせれば、あのお姫様であればそれくらいはさらっと実現させるだろう。
ということはつまり――
「アーシュ。これ実は映像記録なんかじゃなくリアルタイムだろ?」
『さすがは我が王』
しれっと肯定しやがった。
ル・オーさんがちょっと驚いているのが面白いからまあヨシ。
すでにシャルロットに頼られた時点で特別近衛の振りをしている必要はなくなっているので、今は普通に会話している。
俺の正体を知っている三大強国の後継者方はまだしも、周辺諸国の代表者方は「なんだこの若造!?」と思ってしまっても無理はない。それでも余計な口をきかないあたり、最低限は国の代表としての良識は弁えているらしい。
とにかくこうなれば速やかに対応に動き出すべきだ。
そのためにはユージィンたちの組織の力も有効活用する必要がある。
「ってことはどうせクリスもいるよな? 出て来られる?」
『さすがでございます、岐様』
こちらもしれっと表示枠で顕れやがった。
俺的にはディラッドスクリーンというか、きちんと立体的に見えているのが超技術過ぎてすごい。
というよりゲームの時も思っていたけど、クリスの美貌は度が過ぎているな。
儚げで嫋やかで、びっくりするくらいに整った容姿と白磁の肌は、美女という概念そのものがカタチを成したようにしか見えない。今は立体的に見えるとはいえ表示枠越しなので、ゲームまんまで思わず見惚れてしまう。
しかもゲームの時は洋風の装いだったはずだが、なぜか今は皇竜に合わせてのことなのか豪奢な中華風衣装を身に纏い、髪もそれに合わせて結い上げている。まるで天女のような、という本来陳腐な表現がそうとしか言えないような圧倒的な美しさを誇っている。
しかも千年ぶりに岐にあえたことがよほど嬉しいのか、正に花がこぼれる様な微笑をたたえていると来たもんだ。
ゲームでの岐も千年前の俺も、これにあれだけ熱烈に言い寄られてよく手を出さなかったものである。これは公式が「岐とクリス・ククリス・クランクランに男女の関係はなかった」と明言しているので間違いない。
戦闘形態になると文字通り魔人の強さとおどろおどろしさをその身に纏うものの、それでもこの美しさは一切損なわれないんだよなあ……
魔獣因子を移植される遠因となった生まれつきの身体の弱さと、それでも健気に努力し愚痴を一切口にせずずっと微笑んでいる健気さにぶっ刺さされたプレイヤーは数知れない。
よってそう多くはなかった二次創作ではいろんな意味で主役を張っていた。
これがゲーム時のテンションで公式に保障されていない時間軸で絡んでくるとなったら、理性を保てる自信はあんまりない。あ、おれはこの後過去に戻るから大丈夫……なのか?
「とはいっても今の俺はアーシュにもクリスにも、久しぶりって言える状態じゃない――てことを2人ともわかっていると思っていいんだよな?」
阿呆なことを考えていないで、一番大事なことを根幹を知る2人に確認する。
『然り』
『はい』
「その辺のことは後で聞かせてくれるとありがたい。今はまず情報を共有して対策に動こう。よろしいですか?」
一切淀みなく答えるあたり、こうなることは2人にも、過去かつ未来の俺にも想定通りということだろう。まだ今のところは、だが。
最後の「よろしいですか?」は三大強国の代表者たちに向けてのものだが、全員が即座に無言のままに首肯してくれている。アルシュウェルドの宣言以降は誰にでも聞こえるように会話しているので、緊急事態だということは理解してくれているのだ。
従来の周辺諸国代表たちのことは特に気にしない。
まあ市井の民に無駄な犠牲を強いる心算はないので、結果として守ることにはなるだろう。まあその辺はかつての宗主国の復活を知らしめることも含めればありだろう。
よし、呆気に取られているユージィンと、クリスを見て茫然としているシャルロットを正気に戻して即対策会議だ。クロードは呼ばずともこの騒ぎを見て向こうから駆けつけてくれるだろう。
と思っていたのだが。
「うわ、アルシュウェルドはともかくクリスまでこの時代までついて来てるの? 執念深過ぎない?」
まさかの侍女扱いで控えていた妹君が素っ頓狂なことを言い出した。
『タマ様!?』
『タマ殿!?』
だがそれに対して皇竜アルシュウェルドと魔人クリス・ククリス・クランクランが即座に反応した。
様、殿ということは、岐のおとも殿は人造魔竜と魔人から上位者だと見做されているらしい。
2人ともが「我が王」と呼ぶ岐のおとも――王佐の獣であるからにはそれも当然なのか。
確かにゲームの時は、プレイヤーキャラクターである岐よりも「おとも」とのやり取りの方が圧倒的に多かったことは確かだ。
「あ……」
だが一瞬で正体を見抜かれた妹君が、露骨にしまったという表情を浮かべている。
なにが拙いんだろうと訝っていると――
『やはり貴方様も女として岐様の側に侍りたかったのですね! さすがです、お美しい……』
『…………』
喜色満面で躍り上がりそうなクリスと、どこか茫然とした様子のアーシュの様子でその理由を理解した。
そうだよな、タマは性別不明の猫獣人形態だったわけだし、それが千年後に可愛らしい少女の姿で岐の転生体の側にいたらびっくりはするよな。タマがスフィアとして転生した理由を考えれば、クリスが喜ぶのもアーシュが茫然とするのもまた当然なのかもしれない。
「ち、違うわよ! 私はごしゅじ……兄様の側にいられればそれでいいの!」
『妹! その手がありましたか!』
「なにを言っているの貴女!?」
真っ赤になって言い訳をしているスフィアの話を、まるで聞いちゃいないクリス。
この絵面はゲームでもよく見た展開だ。
元このゲームにはまっていたプレイヤーとしては感無量ではあるのだが、このやりとりであることが確定した。
「スフィア……前世の記憶あるの?」
「な、なにを仰っておられるのかしらクナド兄様? 私はただの可愛いクナド兄さまの妹ですわ?」
「あるんだな?」
「……はい」
これはややこしい。
時間軸を無視して転生、あるいは時間遡行を可能とする俺の主観的順序によらず記憶が連続していないっぽいにも拘らず、スフィアの方は連続していることになる。
そのあたりの検証も含めて、事を片付けてからきちんと情報を共有し、慎重に検証する必要があるなこれは。
次話以降の『大海嘯』『いずれ滅世の魔王降臨』『エピローグ』は少々お待ちください。
この物語を書く原動力となったゲームの最新作がですね……
出来ましたら是非ともブックマーク、評価、感想をよろしくお願い致します。
ゲーム熱から書き始めたら、いつの間にやらいろんな要素を思いついてしまって最新話となっております。
「いずれ不敗の魔法遣い」の頃からタイムリープもの大好物なんですよね。
シュタインズ・ゲートは今もなお色褪せない。




