第62話 『狩猟祭』⑥
『狩猟祭』の中心部に屹立したそれは、誰からも見えると仮定するのであれば、障害物さえなければ相当離れた距離からでも視認可能だろう。
如何にゲーム世界を基としているがゆえに都合よく便利なこの世界とはいえ、高層ビルのような無駄に背の高い建造物は大国の王城くらいしか存在していない。加えて狩猟祭を行うからには、このあたり一帯は周辺諸国を含めて最もひらけたなだらかな丘陵地であるサルバタルタ平原なため、今驚愕と共に唐突に顕現したようにしか見えない皇竜の姿を見上げている者の数はけしては少なくないだろう。
――これ、『双剣』の武技で頭の天辺から尻尾の先まで転がったら気持ちいいだろうな……
ゲーム脳である俺は最初にそんな不敬なことを考えてしまっているが、このビジュアルはかなりのインパクトがあるだろうなと思う。
ゲーム時の通り、皇竜アルシュウェルドは西洋のドラゴンではなく東洋のそれを基礎デザインとしている。それが屹立してこちらを睥睨している絵面は、人間であれば言われずとも自ずと平伏してしまいそうな威に満ちている。
いや実際誰に命じられたわけでもなく、俺以外この場にいるすべての者たちが自ら膝を着き頭を垂れている。
俺はと言えばゲームでは見慣れていた皇竜が現実化したらこんなに迫力があるのかとか、ゲームでも何体かは登場していた巨大魔獣はこれ以上だよなとか考えつつも、一番労力を割いているのは「ギャルのパ〇ティーおくれー!!!‼」と叫ばないように自重することにである。
いやだってこれ、色違いの神龍だって。
なんか各種派手な魔導光や輪形魔法陣を幾重にも纏っているけど基本はそう。
七つの魔導球を集めたら顕れて、一つ願いをかなえてくれるという裏設定があっても笑うだけでさほど意外だとも思わない。たぶん禁忌種『終焉竜ゼノクスフィロア』を斃してくれと頼んだら「それは私の力を越えている」とか「それは不可能だ、他の願いを言え」とか言われる。
『千年ぶりでございますな我が王。とはいっても今の御身は我のことを本当の意味では覚えてはおられますまい。ですが心配なさらぬよう、我は御身を偽物だなどと憤ったりは致しませぬゆえ』
なんて?
だがそんな神龍のパチモンが語ったのは、先のル・オーさんに続いて俺の思考を一時停止させるには充分な内容だった。
俺もそこまでバカではないと思っているし、今生からは生体的に超高性能な脳を優れた肉体に搭載していることもある。ル・オーさんの言動と今のアーシュの挨拶を合わせて咀嚼すれば、日本のオタク文化に鍛えられた俺の灰色の脳は一つの答えをはじき出す。
つまり皇竜は俺がこの時代に生まれることを承知している。
そしてそれが岐と同じ姿で同じ力を持ちながらも、中身が違うことも理解している。
そこに本当の意味で、というアーシュの言葉と、慌てた後に覚悟を決めた俺を見て「主が語っていたとおり」と笑ったル・オーさんの言葉を加え、俺が他人であることを知りながらも、あくまで本物の岐として扱っているとしか思えない態度――竜眼の穏やかさを勘案すれば――
――これいからおそらく時間遡行、あるいは二度目の転生をするのだ俺は。
いや正確には今の俺ではなく、今の世界がこうなるように改変した「前の周」の俺になるのか? その辺のタイムパラドクスはさすがにすっと整理できない。とにかく忠臣アーシュが今の俺を本物の岐と扱う以上、そう考えるのが一番しっくりくる。
その上で超越視点で物を考えれば、物語的に時間遡行あるいは二度目の転生を行うということはそうするに足る、そうするしかないなにかがこの後に起こるはずだ。
いやそれを防ぐために時間遡行、あるいは二度目の転生をして未来を書き換えたのであれば、今からそれを防ぐ展開になるのか?
ええいややこしい!
『積もる話は是非とも直接お会いしていたしとうございます。よってここでは無粋ながらも用件のみにてご無礼を。我の言葉が御身に伝えられた時点で、我が『皇竜国』は御身にその全権を委ねます。御身が王となられるならそう致しますし、国政など面倒くさいということであれば今まで通り我が政を行い、エシュリア王国の属国となりましょう』
だが続けて発されたアーシュの爆弾発言で、俺の思考のみならずこの場にいる全員の動きが止まることになった。
我が国の周辺諸国の代表者たちを顔面蒼白にさせていた三大強国の後継者たちも、今は自分たちがそうさせた相手とさほど変わらぬ表情になってしまっている。
つまり皇竜アルシュウェルドが君臨する『皇竜国』は、只人の国など強国も弱国もなく、同じように扱ってしまえるだけの力を有しており、それを当の三大強国こそが最もよく理解しているということに他ならない。
その国がその王ごと傅くということはつまりエシュリア王国――いや俺こそがこの大陸の支配者に祭り上げられてことと同義だ。
――やってくれた喃。
いやしかし岐が俺が時間遡行、あるいは二度目の転生をした結果だとすれば、自分たちと一緒に世界を救う苦労をする前の――今の俺がそういう立場を望んでいないことくらい、アルシュウェルドも理解できていて然るべきだ。
でありながら事前の根回しもなしにこんな動きに出たということは、これが必要なことだからだと考えるべきだろう。
なにに必要なのか。
つまりは俺が千年前に行くことになる理由を未然に防ぐ、あるいは発生することそのものは止められなくとも、その結果を変えるためにだろう。
その旨を俺に伝えないことも含めて、そうすることには何かしらの理由が必ずあるはずだ。
こうなることを仕込んだのが今後の俺だというのであれば、今の俺がこの手の展開に何を考え、どう判断するかもほぼ正確に予測がついていたはずだ。ややこしいとはいえ自分のことなのだ、ここまで俺が思考することは織り込み済みのはず。
あるいはユージィンが向こうから俺に接触を図り、今の時点で俺が『岐』の残した『帷祓暁刀』を手にしている状況も、最初の俺ではありえなかった状況、つまり俺主体では未来、客観的には過去の俺が仕込んだという可能性も高い。
ええいややこしい。
だが一つだけはっきりしているのは、この後確実に何かが起こるということだ。
そのなにかとやらも、まあ俺のオタク脳が導き出す答えとしては至極明快。
つまり時間遡行をするほどの悲劇を引き起こすに足る騒ぎ――すなわち魔物や魔獣による大暴走あたりだとみてまず間違いあるまい。
まず間違いなくそのことを知っている皇竜がこの場に自らが赴かず、使者を送るにとどめたのはつまり、その大暴走が大陸規模で発生する――自らがその防衛を担当する地域を定めているからと見ていいはずだ。
ということは――
「ユージィン」
「なにかな?」
さすがに他の人間よりは落ち着いて皇竜アルシュウェルドの爆弾宣言を受け止めていたユージィンに、我ながら切迫した声で呼びかける。
「この後、相当大規模な魔物や魔獣の発生と暴走が予想される。それも大陸全土規模でだ。だからユージィンは装備を万全にして備えてくれ。それとユージィンたちの組織にその旨を伝えて、可能な限り即応できるように準備を進めさせてほしい」
その上で普通であれば、ちょっと頭がおかしくなったのかと疑われても仕方がないことを伝える。もう少し順序だてて話すべきだとは思うのだが、そんな悠長なことを言っている場合ではないことと、大事な部分を端折って伝えることそのものがある種の「鎌掛け」でもある。
「…………わかった」
「――やっぱりか」
はたして驚いたような表情を浮かべつつも即応するユージィン。
つまり俺の予想は正鵠を射ていたということである。
「……なにが?」
「組織はすでに準備万端で動いていて、それはユージィンにも知らされている。だけど俺にそれを伝えることは禁じられていたけど、必ず俺からそれを言い出すことも教えられていたってあたりか?」
「なんでそこまでわかるんだよ、この展開で!」




