第61話 『狩猟祭』⑤
岐の狂信者その1である皇竜アルシュウェルドさんが、千年もの長きにわたって約束を守り続けていたら、どうも転生者が顕れたとの噂を耳にする。
最初は眉に唾するのが当然だし、弱い只人が勇者再臨論に縋っているだけだと判断しただろう。
だが実際に秘匿封印国家が封印していた魔獣たちが次々と倒されてゆく。
当然それに先んじて、汎人類防衛機構A.egisが保管していた本物の岐が残した聖遺物が解放されたという情報も入っていたはずだ。
彼我の能力差を鑑みれば、その程度の情報網は確実に人間社会に構築しているはずだ『皇竜国』は。その予想が外れていないことは奇しくも今日、代表団がエシュリア王国を突然訪れていることが証明している。
となれば、アーシュの愛称を敬愛する岐にだけ許していた皇竜アルシュウェルドさんはどうお考えになられるか。
うん、まず間違いなく岐本人が現代に転生したと判断されるだろう。
あるいは岐本人とそんな約束をしていたことすらも考えられる。千年後に俺はもう一度生まれてくるから、その時にはまた逢おうぜ、的な……
拙い。
なにが拙い? 言ってみろ。
懐いていた主人に千年ぶりに再会できると思ってウッキウキでいたら、ガワはともかく中身は偽物だったでござる。
コトが露見した際の皇竜アルシュウェルドさんの失望とお怒り、それを受けての『皇竜国』の人間社会に対する行動を考えるとさすがに拙いとしか言えない。
――偽物許すまじ。岐の身体と力を偽物から解放すべし! 要はぶっ殺す!
という判断を皇竜アルシュウェルドが下してもなんの不思議もないのだ。
いや皇竜を相手にしても俺が負けることはないのだが、なんというかこう申し訳ないというか、怒るのももっともだと俺自身でさえ思ってしまうというか……本物の岐を知る存在が、千年後の現代も御存命というのはちょっと予想できていなかったのだ。
「お初にお目にかかります、シャルロット王女殿下。私は皇竜陛下から代行代表を命じられているル・オーと申します。急なお願いを聞き届けて下さり感謝申し上げます。これまでご挨拶もできずに大変ご無礼致しました。皇竜陛下ともども謝罪致します。本来であれば皇竜陛下直々にご挨拶に上がるべきなのは重々承知しておりますが、人の国をいきなり我が君が訪れるのはなかなかに難しく、私が名代として罷り越しました」
そんな感じで俺だけではなくユージィンですらだらだらと汗をかきはじめている状況で、うっきうきであろう皇竜陛下から責任重大な名代を任せられたル・オーさんとやらが、緊張しつつもくそ丁寧なあいさつをシャルロットに行っている。
ル・オーさんは俺が岐の転生体だという情報を得ていると見た方がいいだろうし、ということはシャルロットとの関係性も承知しているということだろうか? 三大強国の代表たちよりなお一層、王陛下や王太子殿下に対するよりもシャルロットに対して丁寧に挨拶しているあたり、そうだと思っておいた方がよさそうである。
竜顔であっても緊張していることはわかるんだなあなどとのんきなことを一方で考えつつ、すでに逃げ場がないことを自覚してかく汗の量が増大することを止められない。
平穏無事な王立学院生活を望むなどと言いつつ再湧出した魔獣を片っ端から斃していたら、『皇竜国』との大戦争がはじまりましたとかマジで勘弁してほしい。
「あの、えっと……」
三大強国代表からの挨拶はどうにか凌ぎきったシャルロットだったが、さすがに竜人からの丁寧極まりない挨拶に対してはどう答えていいかわからなくなってしまっているらしい。先の俺とユージィンの会話も聞いていたのだろうし、俺の正体を隠さねばならないという、要らん重圧が加わってしまったこともあるのだろう。
つまり俺のせいである。
「ク、クナド様! ど、どうしましょう!?」
なのでテンパって急に俺に無茶振りされても、自業自得として甘受する所存である。
どれだけ才能に恵まれ英才教育を受けてきた王女様であったとしても、御年未だ12歳の女の子であることもまた厳然たる事実なのだ。
これを責めるのはあまりにも酷だと言わざるを得まい。
一方俺は肉体年齢こそ未だ15歳とはいえ、中の人はその限りではない。
相手が岐をよく知る皇竜アルシュウェルド御本竜なのであればともかく、その名代くらいであればなんとか誤魔化しきって見せてやる。伊達に長年社畜をやっていたわけではない、腹芸の一つや二つできなくて――
「やはり貴方様が岐様でございましたか! 御本人の許可も得ず拝謁の光栄を賜り誠に申し訳ございません。失礼は承知で、我が君からの言葉をお伝えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
シャルロットが俺に泣きついたことによって、勝手に収集していた自分たちの情報によらず俺をクナドとして扱ってもよくなったため、ル・オーさんが全ての建前をぶん投げて真の目的であったのだろう俺に相対する。というか最上の平伏を敢行しておられる。
ある意味ル・オーさんのシャルロットに対する心証は良くなったと言えるかもしれない。
三大強国の代表たちと要らん腹芸をせずとも、俺と直接話せるようにしてくれたと見做す可能性が高いのだ。
しかし――
「……ど、どうぞ。というか頭をあげてください」
これはあかん。
竜顔なのにめちゃくちゃ緊張していながらも、ル・オーさんの瞳が憧れでキラッキラなのが理解できてしまった。
ル・オーさんが敬愛しているであろう我が君からどんな話を聞いているのかは知らないが、岐の転生体に対する期待と尊敬が天元突破していることがその態度から溢れ出てしまっている。
大国の後継者たちを前にして小動もしない冷静さはどこかに消し飛び、犬でもあるまいに竜の長い尾をぶんぶん左右に振っている有様である。
おべっかなどではなく、本当に俺に逢えたことに舞い上がってしまっているのだ。
それはつまり、ル・オーさんにとって皇竜アルシュウェルドがそれだけの存在だということに他ならない。その主が敬意と憧憬、懐かしさを以って語る俺のことを、主を敬愛するが故に無条件で神格化し、主よりも上の存在として本気で受け入れている。
妄信とはそんなものなのかもしれない。
だからこそ、そんな竜人に岐の振りをして騙し、敬愛する我が君に対して偽物の俺のことを「さすが素晴らしい御仁でした」などと報告させるわけにはいかないか。
皇竜アルシュウェルド様の口上に対して、がっかりされるのは百も承知で俺の正体を告げるしかあるまい。さすがにそれは個室などに移った後のことになるだろうけれども。
ため息をついて天を仰ぎ、覚悟を決めた俺を見てユージィンもシャルロットも生唾を呑み込んでおられる。短い付き合いながらも俺がどういう思考を経てどういう結論に至ったのかを瞬時で御理解いただけているのは正直嬉しいが、だからといって割と詰んでしまっている盤面を楽観視することはできないよな。
中途半端な転生者で申し訳ない。
三大強国すら軽く凌駕する『皇竜国』とは、可能であれば良好な関係を築きたいのは当然だ。不本意ながらその足を引っ張ることになってしまうのはたいへん遺憾である。
だがどういう訳か、俺のその様子をじっと見ていたル・オーさんはさっきより御機嫌にみえる。というよりも俺に対してより敬意を持ったようにすら見える感じ。
――なんで?
「本当に我が君の仰るとおりの方でしたな、クナド様は」
は? それはどういう意味――
「では我が君からのお言葉をお伝えいたします」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔で固まっている俺に満足げに笑いかけ、再び深々と頭を下げてそう宣言するル・オーさん。
その宣言は人間のように代読するのではなく、竜言語魔術を発動する意味だった。
恭しく頭を下げ、交差させた両腕をその上にあげる。
俺の知識で言えばふわっと中華風としか言えないが、そんな感じの仕草をル・オーさんが取ったと同時、周辺一帯に激しい魔導光が迸った。
――いやル・オーさん、さっき貴方「急に皇竜が人の国を訪れたらどうこう」って仰っていましたよね? だけどこんな実寸サイズで再現するんなら同じことじゃないですか?
そこに顕れたのは皇竜アルシュヴェルドの巨躯。




