第60話 『狩猟祭』④
ではなく。
「あそこの真のトップは皇竜アルシュウェルド――かつて神話の勇者『岐』と共に戦った竜種を基とした人造魔竜――ってことになっているんだっけ?」
「なっているんじゃなくて事実そう、っていうのが僕たちの見解だけどね」
だからこそこの黒竜金眼の竜人は『代行代表』と呼称されているのだ。
真の主、国を統べているのは皇竜アルシュウェルドであるがゆえに。
確かに竜人、亜人、獣人は戦闘能力に長けているのだろう。
そりゃそうだ、武技や魔法が使えたところでその皮膚は弱く、ちょっと高所から落ちただけで行動不能になってしまう只人が、鱗や外骨格を身に纏い、外在魔力を吸収することが可能な魔導器官である角や尾、翼を備えた上位種に敵うはずがない。
その上本物の竜――高い知能を備え人語を解し、永遠と言っても過言ではないくらいの寿命を備えた上位魔獣――が君臨している国家となれば、手出し不要との判断になるのも当然か。
しかしそういう視点で見た場合、『魔獣狩り』とは一体なんなんだろうな。
人から生まれ、人に非ざる能力を備えている者。
武技を使いこなし、何よりもどれだけ高所から落ちても一切のダメージを受けないことなど亜人や獣人はもとより、竜人や竜そのものにすら不可能な奇跡なのだから。
まあ基がゲームにおけるプレイヤーキャラクターなのだから、深く考えても無駄か。
「ユージィンたちの組織でもその程度までしか探れないのか」
とはいえ『皇竜国』についてその程度の情報も確定できていないというのは、正直ちょっと意外である。
なんというかユージィンが属している世界を裏から操っている様な組織というものは、すべてを詳らかにしていないだけで、実はなんでも知っているのだとオタクは思ってしまうのだ。
視聴者、読者にとっては初出の新情報であっても、作中の秘密組織のトップと副官あたりがにやりと笑っているあの感じである。
冬〇先生の落ち着いた声で「始まったな」とか言って欲しい。
碇〇令の声真似で「ああ」って答えたい。
……俺とユージィンでは様にならんだろうけれども。
「普通に死ぬからね」
生々しいことをさらっというユージィン。
つまりは過去に実際、何人かは殺されているということだろう。こわ。
ユージィンたちの組織を以てしても諜報活動すら満足にできないとなれば、彼我の戦闘能力の差は如何ともしがたいものがあるのは間違いない。
しかしハッタリや在り方としてそうしているのではなく、本当に皇竜アルシュウェルドが未だ存命で君臨しているのであればちょっとした浪漫ではある。
ゲームの舞台である千年前に共闘していた人造魔獣があろうことか国を興し、そこの絶対的支配者として君臨しているのを見られるというのは、ゲームの世界観はまっていたプレイヤーにとっては御褒美以外のなにものでもない。
とはいえ――
「でも本当にそうだったらちょっと厄介だな」
「というと?」
ちょっとぞっとしてしまった俺の表情に当然気付いたユージィンが、意外そうというよりも本気で警戒している声色で俺にそう口にした真意を問うてくる。
しかし俺とユージィンも栄えある特別近衛の栄誉を賜りながら、王族の背後で私語三昧とは大概不敬が過ぎるなこれは。俺とユージィンの突出した身体能力ゆえに普通の人間には聞こえない声でやり取りしているとはいえ、不敬であるという本質は変わらない。
レベルアップによってその身体能力もすでに人間離れしているシャルロットにも俺たちの会話は拾われているのは間違いないだろうしな。
でもシャルロットとてこの話題には興味があるはずだ。
なんといっても人の国家に初めて『皇竜国』の方から接触してきたのだ、『岐』の知識をほぼすべて有している俺からの情報が現状において値千金であることは言うまでもない。
だというのに申し訳ない、不安にさせてしまうような話題で。
「俺が岐本人の転生だったらなんの問題もないんだが、中身は記憶というか記録にやたら詳しいだけの他人だからな……アーシュがそれをどう受け止めるかちょっと予想がつかない」
「え? どういうこと?」
確かにこれはゲームの物語を詳しく知らないとちょっと伝わり難いだろう。
「アーシュ――人造魔竜『皇竜アルシュウェルド・ナクトフェリア・アルサス』とクリクラ――魔獣因子による人造強化人間『魔人クリス・クラリス・クランクラン』は人にではなく、あくまでも岐個人だけに懐いていたんだよ。アーシュは忠臣、クリクラはツンデレって感じだったけど、2人とも狂信的と言ってもけして大袈裟ではないくらいだった」
「……具体的には?」
「岐の悪口を聞いたら、その場でそれを口にした相手を笑顔で殺す程度。あと愛称であるアーシュとクリクラって呼び方は岐以外には決して許していなかったね。うっかり口にしてそれを聞かれた奴はみんないつの間にかいなくなってたな」
正しく狂信、という言葉が相応しい感じだった。
なんというかすべてに絶望し、己例外をすべて敵だと見做して世界を巻き込んでの自滅に突っ走っていたいわば『魔竜』と『魔人』は、それを止めてくれた岐に心酔し、ただその一人だけに心を開いていたのだ。言葉だけではなく、それぞれが最後に頼った剛力を以って打ち倒された上で、というのも大きかっただろう。
人にも魔物にも魔獣にも興味などない。
ましてや自分自身などにも。
自分がまだ生きているのは、生きていながらにして他を鏖殺しようとしないのは、ただただ岐が自分の側に存在しており、その岐がそんなことを望んでいなかったからでしかない。
人造魔竜と人造魔人にしてみれば、自棄になって暴れていた自分たちを殺さずに叩き伏せることが可能なだけの力を持った岐に「俺を助けろ」と望まれたことが全てになっていたのだ。そりゃ死ぬの生きるのなど完全に度外視して、おともと一緒にラスボス戦に馳せ参じるわけである。
いや個人的にも物語の中で一番好きなくだりではありましたけれども。
どれだけ強くても寿命は人とそう変わらなかったであろう岐が没した後、アーシュとクリクラがどう立ち回るかには1人のプレイヤーとして確かに興味を持っていた。
悪乗りしがちな運営がプレイヤー亡き後の後日談を出してくれないものかと、密かに期待していた覚えもある。
魔人とはいえ人間に魔獣因子を埋め込まれたクリス・クラリス・クランクランは下手をすると只人より短命な可能性もあったし、岐が寿命を迎える前に見送られていた可能性のほうが高いだろう。戦闘能力はともかく、基本的に病弱設定だったしな。
だがエルフを超えると言われるほどの長寿を誇る竜種――皇竜アルシュウェルドであれば、千年後である現代なお存命であってもなんの不思議もない。というよりももしも寿命以外で没しているのであれば、誰が魔竜を殺したのかが大きな問題となるだろう。
だがあの厭世的だったアーシュが国を興し、千年後の今もその国を統べているとなれば違和感がなくもない。だがそれとても岐に頼まれたのだと考えれば、十分に納得がいく。
王道主人公を地で言っていた岐なのだ、個々の能力は高くても少数種族である竜人種、亜人種、獣人種たちを護ってやってくれとでも死に際に頼まれれば、根が真面目なアーシュであれば突っ走って国を興すくらいのことはやってのけるだろう。
だからこそやばいのだ。
「もっと早く言っておいてよ!」
どうやら事の深刻さをその聡明な頭脳で理解してくれたユージィンが真顔になっている。
「言ってたってどうにもならんだろうが!」
ユージィンの気持ちもよくわかるが、たとえはやく伝えておいたところで抜本的な解決方法などない。
俺が本物の岐の転生者であればなんの問題もなかった。
だが俺はあくまでも岐を自キャラとして操作していたプレイヤーでしかなく、成したことの記録は正確に諳んじられても、その時々に岐がなにを考えどんな言葉を口にしていたかなど知る由もない。
ゲームの物語においてどんな台詞を発しどんな表情をしていたかくらいは当然覚えているので、そのあたりのことに限れば岐本人のフリとてやってやれないこともないだろう。
だがそんな浅い演技が、狂信者たちに通じるとはとてもではないが思えない。
俺が厄介だと言ったのはそれである。




