第59話 『狩猟祭』③
「まあクナドもわかり切っていての御約束はやめようよ、こうなった理由なんて一つしかないでしょ?」
いやそりゃおっしゃるとおりではございますがね、ユージィン殿。
エシュリア王国の魔獣――『滅尽竜ゼノス・ヴァリス』をすっ転がして以降、俺たちはユージィンが属している組織、汎人類防衛機構A.egisを介してすべての秘匿封印国家を廻り、それぞれがあらゆる手段で封印していた魔獣たちを片っ端から素材化してきたのだ。
いまだその素材を活かす体制の構築にまでは至れていないが。
当然そこには三大強国も含まれており、よって俺は代表として今『狩猟祭』に参加していただいている次世代方の「大切な誰か」にとっての命の恩人となり遂せているのである。
まあしかし魔獣の封印手段は多種多様ではあったものの、そのすべてが術者の命を対価としていたのは相当に意地が悪い。
この世界を創り出した神様とはどうも仲良くなれないかつ、それをぶっ壊すために俺をここへ力を与えて転生させてくれた神様とはいい酒が吞めそうである。
なので、後継者の方々が俺に感謝してくれているのはよく理解できる。
その対象が未来の息子か娘であったシャルロットですら、俺が『滅尽竜ゼノス・ヴァリス』を討伐した事実を知って以降は、なんかちょっと怖いくらいに俺の都合を最優先するようになっているのだ。まだ見ぬ息子か娘を救ってくれた御父様は流石ですとか、ちょっと厄介なことを言い出してもいるのだが。
ちなみにシーズ帝国の皇太子は歳の離れた妹、神聖ヴァリス教国の教皇子は幼妻、シャルバニア経済団体連合会の総統令息は愛娘。俺がそれぞれの国に封印されていた魔獣を斃せなければ、遠からず犠牲になっていたのは彼女たちだった。
かけがえのない存在でありながら、国のために、世界のために犠牲にする、なる覚悟を固めていた者たちにとって、俺は文字通り命の恩人となったわけである。
こんなことを言ったら怒られるかもしれないが、今代はたまたま女性ばかりだった封印の犠牲となる覚悟ガンギマリだった方々にも当然感謝されたが、その兄、夫、父からの感謝の方がより強火だと感じるのは、俺もまた同じ男だからだろうか。
どう取り繕おうとも犠牲になるのは自分ではないといううしろめたさを、嘘偽りなく大切な相手に持たねばならない苦しみ。それは犠牲を強いる者として、犠牲そのものとはまた違った責め苦ではあったのだろう。
想像だけで本当にその苦しみがわかるはずもないが、その想像だけでこれだけ苦々しい気分になるのだ、そんな胸糞展開を未然に防げたことは幸いと言ってもいいはずだ。
「先に言っとけって話をしてんだよ」
そんなこんなで、かなり歳上であることもあり最早めんどくさいと言っても過言ではないくらいに俺をかまってくださるやんごとない方々が『狩猟祭』に代表として参加されるのであれば、事前に教えてほしかったというのは俺のまぎれもない本音なのである。
100%善意による失礼ながらうっとうしさというのは、実はかなり対処に困るのだ。
自分でもそうなるだろうなあと思ってしまうこともあり、無碍にもできないあたりが実にたちが悪い。
またこれが大国の次世代を担う帝王学を修めた方々ばかりなので、純度100%の善意と感謝で動くことそのものを、きっちり国益に繋げる方法も熟知しておられるあたりが油断ならない。
まあ今回の場合、国政のキレ者たちが仕掛けてくるのが大前提としてゼロサムゲームではなく、プラスサムゲーム――少なくとも俺が所属するエシュリア王国とユージィンの組織にとっては――であることがせめてもの救いか。
周辺諸国のことは知らん。
個人的には等価交換信奉者であるので、どこかにプラスがあるのであれば必ずどこかにマイナスがあると思ってはいる。
「いや僕としてもクナドへのちょっとしたサプライズのつもりだったんだよ。当然王家の方々はシャルロット殿下も含めてご承知だったしね」
この野郎!
ともしもユージィンが余裕しゃくしゃくの表情で語っていたら思うところだが、もはやその表情は取り繕うことすらも諦めて、明確に焦りの色を浮かべている。
「俺にだけサプライズ仕掛けてなんになるんだよ。だけどそれにしちゃシャルロットも余裕がない……っていうか一番テンパってないか?」
そしてそれは事前に知らされていたというシャルロットも変わらない。
対魔物、魔獣の戦闘能力とはまた違い、シャルロットは王族としてこの手の戦場での手練手管は俺はもとよりユージィンをも遥かに凌駕しているにもかかわらずだ。
戦闘バカの疑いが持ち上がりつつあるユージィンと比べれば、クロードの方がこの場では間違いなく上手く立ち回るだろうことも疑う余地はない。
そのクロードは現時点では伯爵家の嫡男として『狩猟祭』運営の一人として動いているので、王立学院生として参加するのは模擬戦だけとなっていてこの場にはいないのだが。
とにかくこういう場ではかなり頼りになるはずのシャルロットが、その道の素人である俺から見ても相当にテンパっているのがわかるのだ。
いやそれを言うなら王陛下も王太子殿下も同様なのだが。
「実は僕もかなりテンパってる」
そしてそれはその優し気な美形面にも拘らず、なかなかにふてぶてしいユージィンも同じらしい。ある意味最も緊張する相手であるはずの俺に対してもしれっとした態度を取れるユージィンが、魔獣との戦闘時以外でここまで緊張しているのは確かに初めて目にするな。
それが三大強国の飛び入り程度で引き起こされているというのは確かに少々解せない。
それにシャルロットも事前に知らされていたのであれば、少なくとも表面的に取り繕うことくらいはやってのけているはずだ。
つまりそうなっている理由はプラスαの部分。
「原因はアレか」
「うん。まさか『皇竜国』からの使者がみえられるとは想定外が過ぎた。しかも今朝になって急な申し入れだったからね」
アレとはユージィンの言う通り皇竜国。
三大強国に続いて、4国目の飛び入り参加国である。
いやしかし『皇竜国』とは言うけれど、本当に代表が竜人ってどういうことなんだ。
確かにゲームの時にはテキストでその存在に触れられてはいたが、N.P.Cとしては登場していなかったハズ。
俺の感覚で言えば東洋系の竜が人化して、古代中華風の衣装を身に纏っているようにしか見えない。しかしそれが違和感を与えてくることもなく、なんか佇まいが綺麗だなと思わせる空気をその身に纏っておられる。
それに黒竜金眼って、けっこう位の高い竜な気がする。
各所に金と朱をあしらった同じ漆黒の衣装がよく似合っておられる。冠カッコいい。
――角とか髭が立派な竜顔に中華風の豪奢な衣装って似合うよなあ……
いやそうではなく。
「ことわりゃいいじゃねえかそんなもん」
確かに本物の竜人が支配階級であり、民草の大部分も亜人、獣人で構成されていると聞く『皇竜国』は、只人の国家基準では計り知れない存在ではあるのだろう。
だからといって国家間の祭事の当日になって飛び入り参加を希望する様な無茶は、きちんと断れば角も立たないものじゃないかと思うのだが。
「無茶言わないでよ。『皇竜国』の代行代表自らが旗艦『八竜の咆哮』で直々においでになっているんだ、エシュリア王国がそれを断れるわけがない」
だがどうやら俺のその認識はそれこそ無茶なものだったらしい。
ある意味三大強国ですら歯牙にもかけない組織を背景に持ち、自身が有する戦闘能力も俺に次いで強大なユージィンが演技ではなく慌てているのだ。
意外と脳筋であるユージィンが恐れるということはつまり、戦えば勝てない相手だと判断しているということでもある。
やっぱ強いんだな、竜人って。
オラわくわくしてくっぞ。




