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かつて救世の勇者転生、あるいはいずれ滅世の魔王降臨 ~王立学院の呪眼能力者~  作者: Sin Guilty


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第56話 『かつて救世の勇者転生』⑥

 直撃。


 派手な爆発エフェクトと同時に吹き上がる黒焔、ドラムのスネア連打のように重なって響き渡る炸裂音。


 だがまったく痛くない。


 それだけではなく振動こそマッサージ器のように伝わりはするものの、地を抉りその温度で空気を歪ませている衝撃も高熱も俺には何の影響も与えず、立っているこの場から吹き飛ばされることさえもない。


 黒焔の特性上、爆炎などで視界を遮られることはない。

 その分今この瞬間も黒い焔にあぶられ続けている俺が、涼しい顔をして立っている状況はユージィンですら絶句させるに足る光景となっている。


 よっし!

 『呪印』は本来の性能を発揮している。


 原理はどうなっているのかまではもちろん分からないが、攻撃が通っていない以上痛覚が刺激されないというのはなんとなく理に適っているような気もする。

 H.Pは減らないがものすごく痛いのであれば、ゲーム時のように死ぬ直前まで同じように動けるはずがないものな。


 いやでも攻撃が通っていてもそうだったということは、戦闘中のプレイヤーキャラは所謂『痛覚遮断』のような能力がデフォルトで装備されているのかもしれない。


 それはそれで怖いな。


 ゲームであれば常にH.Pとスタミナの残量を視覚化して把握することが可能だったからいいのだが、そうではない現状であればノリノリで攻撃している最中にぽっくり逝ってしまう可能性も否定できない。


 痛覚というのは非常事態(エマージェンシー)を告げる信号としてはすこぶる優秀なのだ。それプラス、アドレナリンの過剰分泌で痛くて動けない状況をなくすというのは生存のために他種生物との戦闘を避けられない生物としては正しい機能なのだろう。


 まあでもあれだ。

 呪印がゲーム時と同じように機能するとわかった以上、俺には関係ないか。


 横目でユージィンをちらりと見ると、らしくもなく口をあけっぱなしでアホ面を晒しておられる。ユージィンほど甘い美形であっても、本気で呆けた場合はきちんとアホ面になるんだなと妙な関心をしてしまった。


 それ以上にちょっと面白いのが、目の前の滅尽竜さんである。


 仕留めきれないのであればまだしも、あれだけの飽和攻撃が直撃して人間サイズの俺が吹き飛ばされることもなく淡々と歩いて自分への距離をつめ出したら、魔獣であってもこれほどまでに人間臭い表情を晒してしまうものらしい。


 心の声を吹き出しで付けるのであれば「マジ!?」とでもいったところかもしれない。


 『呪印』起動に伴う防御力の上昇は確認できた。

 次はもちろん攻撃力の確認だ。


 縛鎖で逃げられない以上、怯えていても死が確定するだけ。

 それを本能で悟った『滅尽竜ゼノス・ヴァリス』が自身の攻撃範囲内にいる俺に向かってその巨躯で突進を仕掛けてくる。


 確かに自身の最大攻撃である黒焔の飽和攻撃を微動だにせず受け切れる相手には、彼我の質量差を活かした物理攻撃を仕掛けるしかないという判断は妥当だろう。


 だが。


 恐竜をも凌駕するその巨躯での突進は、俺が付き出しただけの左手一本で完全に停止した。いやこれ確かに『呪印』の防御力を現実で再現すればこうなるのは理解できるのだが、物理法則すらまるで無視している現象はなかなかにシュールだ。


 やっている俺ですらそう感じるのだから、傍で見ているだけのユージィンにはなおのことだろう。


 そのまま右手に構えていた『帷祓暁刀とばりはらいあかつきとう』を一閃。


 もちろん頭をカチ割ったり、心臓を貫いて貴重な魔獣素材を入手できなくなる愚を犯さぬよう、慎重に下から上に頸部を切り裂くべく軽く振り抜いただけだ。


 だがそれだけでゼノス・ヴァリスの巨躯は真上にはじけ飛び、繋がれた鎖の限界点で急停止し、その反動で地面へと叩きつけられる。


 もちろん完全に絶命している。


 うーん、ゲームにおける「一撃必殺」を現実化したこの状況で再現するとこうなるのか。

 今回は鎖のおかげでこんな感じだったけど、これ普通に戦った場合は軽い一閃でも地の果てまでのすっ飛んでいきそうな勢いだな。要らん二次被害を出さないためにも、今後は地面にたたきつける形で止めを刺すことを意識する必要があるな。


 しかしこれで俺の『呪印』――血戦はゲームの通りに機能していることが実証されたわけだ。開戦即覚醒だったせいでゲーム時と比べて魔獣の強さがどの程度なのかの検証はできなかったが、それはおいおい確かめていく機会もあるだろう。


 とにかく左目の呪印が機能するということは、右目もそうだと判断していいはずだ。

 発動条件からしてそうそう試すわけにもいかないが、保険ができた程度には認識してもいいだろう。


 こうなれば片っ端からユージィンたちが抱えている魔獣問題を解決していこう。

 悲劇(シリアス)展開撲滅キャンペーンのはじまりである。


 今目の前に横たわっている『滅尽竜ゼノス・ヴァリス』から欠けることなく一体分の魔獣素材を回収できるとして、頭蓋、心臓、脊椎、延髄、尻尾は1つずつ。魔眼、翼は一対2つ。鱗だの爪だの骨だの血だのは少なくとも武器防具制作に困らないくらいは回収できるはずだ。


 つまり熟練職人と工房さえどうにかできれば、ユージィン用のエンドコンテンツでも通用する武器防具が作成可能になるということである。熟練職人と工房に加えて能力発動のための魔導球の確保も問題とはいえ、ユージィンを強化できることの意味は大きい。


「……魔獣狩人(ハンター)『岐』の神話は、後半の創作だと思われていた部分も真実だったってわけだね」


 そんな皮算用をしている俺のところへ、ユージィンが最早あきれた様子を隠しもせずに寄ってきながらそう仰る。


「そゆこと。ユージィンもシャルロットも、そのあたりは『岐』の記憶を持つ俺に気を使って聞いてこなかったもんな。だから敢えて黙ってた」


 あの夜の答え合わせの際にも、大げさすぎるとしか思えない神話後半については2人ともあえて触れていなかったのだ。「いやあれは流石に創作だよ」と俺に言わせることを遠慮したのか、子供の頃から聞かされていた神話の嘘を知りたくなかったのか。


 あるいはその双方だったのかも知れないが、まさか神話が真実だったことを今自分の目で見たユージィンが呆れるのも無理はないと思う。


 俺のゲームプレイにおいて、最後にそれぞれの魔獣を斃した状況がそのまま神話になっているものだから、エンドコンテンツ付近の強い魔獣たちがワンパンされていることになっているのは仕方がない。

 

 ――エンドコンテンツをやり込む状況では、ストーリーで登場する通常種は狩ることもなくなるからなあ……


 そのために物語上で登場する魔獣や表ボスとの戦闘の方が苦戦している、というかきちんと戦いになっているのもいわば当然なのである。


「しかし……これがクナドの言っていた『呪眼』の真の力ってことだね」


「ああ。魔獣の攻撃はすべて無効化され、逆に俺の攻撃は一太刀ですべての魔獣を斃す」


「一撃必殺、ね。この目で見たにもかかわらず、まだ信じられないよ」


「まあそうだろうなあ」


 さすがに呆れだけではコーティングしきれなかった恐れを持ってしまうのは仕方がない。

 ここまでの力が一個人に宿っている現状を危惧するなという方が無理だろう。


「でもこれは揺ぎ無い事実だ。これからちょっと忙しくなるけど、クナドは問題ない?」


 だがユージィンはむやみに警戒するのではなく、前向きに俺のこの力を活かす方向に意識を強引に切り替えている。

 そのために「友人」としていてくれるのであれば、俺としても望むところなのだ。


 というよりも大前提としてお互いの利害関係がはっきりしている方が付き合いやすいと思ってしまうのは俺がひねくれすぎているのだろうか。


「俺もそのつもりだから構わないよ。ただ可能であればチョイ先の収穫祭までにはひと段落はつけたいかな」


「世界の危機よりも学業優先ですか」


「そのために世界の危機を払うんだから、優先順位としちゃ間違っちゃいないだろ?」


「御尤もとは言い難いなあ……」


 俺としてはせっかくの異世界転生で得たありがたい立場と、それを前提とした穏やかで豊かな暮らしを享受したい。

 そのためにすることがユージィンの利害と一致するのであれば、さっさと問題点をすべて片付けてしまいたいのは本音なのである。


 というか周辺諸国の支配者階級が一堂に会する『収穫祭』は王立学院の成績優秀者たちがその力を披露する晴れの舞台であると同時に、各国が各々の若手の実力を測り、戦力バランスを読み合う場でもある。


 超越(メタ)視点でとらえるのであれば、そこに何の仕込みもしてこないとは展開的に考え難い。


 であればそれまでにできることは全て済ませておきたいというのは、ゲームの世界設定から千年後の今に転生した『魔獣狩人(ハンター)』――プレイヤー(定められた主人公)としてはわりと妥当だと思うのだ。


◇◆◇◆◇


 かくしてクナド・ローエングラムのいろいろと理論武装をしながらも王立学院生として最初の大きなイベントを後顧の憂いなく楽しみたいとの思惑に従い、仮にも一国の王と世界規模の組織の長が深刻に話し合っていた件は、いともあっさりと解決されることとあいなった。


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