第53話 『かつて救世の勇者転生』③
「今、やるの?」
「先延ばしにする意味あるか? シャルロットにそんなことをさせてまで?」
「……確かにないね」
「俺が勝てない相手なら、どのみちいつかはこの世界は滅ぶことから逃れられんさ。それまでどっかの誰かを犠牲にして、無理にでも存えるのは正しい事なのかもしれないけど――」
「――ど?」
「誰かじゃなく、俺の知り合い(シャルロット)がその犠牲にされるってんなら、少なくとも俺にとっては正しくはないな。だから今すぐ斃す。こんな偉そうなこと言っといて負けたらすまん」
とはいえやってみなければわからない以上、やるだけだ。
これからできる具体的な準備も思いつかない以上、先延ばしにしたところで結果はさほど変わるまい。
要は俺の呪印が発動するかどうか。
しないのであれば俺の知識と今の身体能力、ユージィンによってもたらされた『帷祓暁刀』で倒しきれるかどうかだ。
まあ多分大丈夫だろう。
たとえ大丈夫じゃなくても、俺にそのための力が与えられていることを理解しながら、ユージィンやシャルロットに犠牲を強いる展開をよしとするつもりはない。
「いや、その世界を滅ぼし得る魔獣に単身立ち向かう前提でそう言えるのは素直にカッコいいと僕は思うよ。それにクナドがその気になった以上、誰にも止められやしないんだし、文句を言える者などいないさ。ただそこは知り合いじゃなく、想い人と言った方がカッコが付かないかな?」
「やかましいわ」
お褒めいただき恐縮の極みだが、余計なことは言わんでよろしい。
いや確かに俺がシャルロットにすでに惹かれていることは認めるが、せめて王立学院の3年間できちんと関係を進めさせてくれ。阿呆じゃないのでシャルロットの王族としての思惑も理解はできるのだが、それだけではあまりにも実際的すぎてなんというかそのなんだ、味気ない。
俺はあっちではできなかった青春ごっこがやりたいんだよ、それがたとえ茶番であっても。ユージィンやシャルロットが徹底した実際主義者だというなら、最大利益を獲得するためであればそれに付き合ってくれることも期待できるし。
「一度ユージィンには俺の『呪眼』が発動しているところを見てもらった方がいいと思っていたし、ちょうどいいさ。それに俺はこの手の悲劇展開の匂いがする旗は、片っ端から圧し折っていくつもりなんでよろしく」
「シリアス展開はクナドの好みじゃないって?」
「読み物としてならその限りじゃないけどな。自分のリアルな日常として考えたらそりゃそうだろ。俺は充実した王立学院生活を過ごしたいのであって、要らん悲劇に非日常性を求めちゃいない」
そうだ、茶番だとしても俺はほのぼのちやほや学園展開を望んでいるんだよ。
悲壮感とか喪失感など、創作物から摂取出来ればそれで十分なのだ。
ある意味、その辺は向こうでお腹いっぱいだったとも言えるしな。
だからこそゲームという幻想に救いを求めていたわけだし。
せっかくその世界が現実化しているというのに、犠牲を伴うのであれば壮大な物語などお呼びではないのである。
「本当にこいつらをどうにかしてくれるのなら、僕たちは全面的にそれに協力することを誓うよ」
ユージィンが真面目腐ってそういうが、それは嘘偽りない本心でもあるだろう。
世界の危機を払える英雄が実在するというのであれば、そのためにあらゆる便宜を図ってくれることには期待してもいいはずだ。
「情報の隠蔽徹底だけは頼むぞ。ある程度目立つことはもう諦めているけど、神話の英雄の再誕だなんだと騒がれるのは流石にまだ御免被りたい」
「まだ、ね」
「最終的にはしょうがないだろうさ。こんな風に魔獣がそこらじゅうで再湧出している以上、わかりやすい英雄は必要だろ?」
俺とてこうなっては「目立ちたくない」が通用するなどとは思っていない。
それはこの国や王立学院レベルの話ではなく、救世の英雄として世界中から扱われることからは逃れられないだろう。
だからこそ国家や巨大な組織とうまく付き合い、上手に扱ってもらうことが必要なのだ。
どれだけ力を持っていたところで、人の社会で生きていくことにほのぼのやちやほや、要は充実を求める以上、どうしたって強い組織の後ろ盾は必須なのである。
まあ最悪となれば最低限の人数で魔物支配領域のど真ん中に村を起こすという手もある。だがこのゲームが基となっているがゆえに、中世っぽくはありつつも近世的な便利さがごちゃ混ぜになっている都市部で暮らせるのであれば、それに越したことはないのだ。
飽きたら国興しも面白そうではあるとはいえ。
「返す言葉もないね。ただ今の段階でも支配階級に隠蔽することは無理だと思うけど、クナドの存在を知ってなお大人しくさせることは可能かな」
「要は便利遣いできると思わせないだけの力を示せってわけだ」
身も蓋もない話、俺が望むどおりに周囲に動いてほしいのであれば、周囲がそうすることが最も得だと思わせることが手っ取り早い。救世も滅世も気分次第で可能だと思わせるだけの力を示せば、そのあたりは旨くユージィンがコントロールしてくれるだろう。
「どちらにせよ、まずはコイツからだな」
つまりはこの世界を滅ぼすと見做されている魔獣を、俺が鎧袖一触で仕留めればいい。
俺が一応は話が通じる魔獣以上の脅威となれば、無碍に扱うことなどできはしまい。
それでも勘違いする連中は一定数出るだろうけれど、そのあたりはユージィンたちの組織に丸投げすればいい。
「……本気で、そのまま始めるんだ」
「ユージィンが『帷祓暁刀』を用意してくれた時点で、ある意味では神話の英雄『岐』は完成しているんだってとこを今から見せるよ。当然、他の太刀や装備が揃えばより強くはなれるけど、『岐』の強さの本質は『呪印』なんだよ」
「刮目して拝見するよ」
「期待を裏切らんよう努力するよ」
俺にとっても大事なお披露目なので、気を抜いたりはしませんとも。
「シャルロット殿下やスフィアさん、うちの姉様に見せてやりなよ、そういうカッコいいところは」
こんなやりとりでもカッコよく見えるというのは、やはり見た目も大事なんだなあと思うとちょっとへこむ。
確かに今の俺が先のようなセリフをため息交じりに口にすれば様になっているだろうとは思う。まったく同じ戦闘能力を持っていたとしても、向こうでの俺ではちょっと締まらないことになるのは火を見るよりも明らかだ。
だからこそ、この恵まれた今生を大事にする所存である。
「こう見えてシャイなんでね」
「ホントにね」
「うっせ」
まあこんなバカな会話を日常とできるように、この世界に斯くあれかしと用意された悲劇の原因――魔獣たちには早々にこの世界から退場してもらうことにしよう。
◇◆◇◆◇
などと格好をつけてはみたものの、現実化した魔獣との戦闘はもちろん初めてである。
可能であれば、ゲームでいうところの最序盤の小型魔獣あたりから慣れて行きたかったというのが本音ではある。だが現実化したこの世界がこんなシビアな舞台設定になっている以上、悠長なことを言っている場合でもない。
物語終焉後に実装された魔獣がこの世界の現在に存在している以上、今のところ俺が勝てなければ『|滅尽竜ゼノス・ヴァリス《コイツ》』をどうにかできる者は居ないということだ。
迷宮や地上の魔物支配領域では俺と共に無双を誇っているユージィンとて、こいつがゲーム時と同じ強さであるのならば、ある程度のダメージを与えることは出来ても倒しきることは事実上不可能だろう。
である以上もう俺が斃すしかない。




