第52話 『かつて救世の勇者転生』②
なによりも王は可愛い孫娘から、リュグナスは最強だと信じていた息子から日々、迷宮でのクナド・ローエングラムの「とんでもない強さ」を直接聞かされてもいる。
特に王は魔法遣いにだけ許された「レベルアップ」によって、シャルロットがすでにとんでもない強さを身に付けていることを我が目で確認できていることも大きい。それがクナドのおかげなのだと、当の本人が恋する乙女の表情で訴えて来ることほどの説得力もそうそうありはしまい。
その奇跡を現在進行形で起こしている人物は、今のところこの国にもリュグナスの組織にもひどく友好的である。それは王やリュグナスの手柄ではなく、孫娘であるシャルロット王女と、息子であるユージィンとの友好関係によるものであることは言うまでもない。
クナドが本当に魔獣を斃せるだけの力を持っている――真に救世の勇者の転生者だとすれば、せっかくの今の関係を台無しにするのは悪手でしかない。
世界のため、人のためというお題目もけして嘘ではないが、王である以上自国の利益を優先することもまた当然なのだ。
そして今王が最善手だと判断している手段を選べば、間違いなくクナドとの関係は悪化する。この際問題になるのはリュグナスの方はそうではなく、この国にだけ見切りを付けられる可能性があるということだ。
その上で他国が封印している魔獣を実際に倒されでもした日には、自分が歴史にその名を刻まれるほどの愚王と見做されることくらいは理解できる。
かてて加えてクナドが王の決定を本気で厭えば、シャルロットを連れて出奔することを止められる戦力は王の手元には存在しない。シャルロットがたとえお爺ちゃんである王を立てて残ってくれたとしても、クナドがこの国ごとシャルロットも見限ってしまえば同じことである。
とどのつまりリュグナスが腹を決めた以上、王にはそれを認める選択肢しか残されていないのだ。
つまりクナドによる、封印された魔獣討伐の許可である。
◇◆◇◆◇
「というわけでクナド、これが僕たちの組織が秘匿する最大の秘密だよ」
「――こういうのも嫌いじゃないけどな」
ユージィンが本気で真面目な顔をしてお願いがあるなどというから、なにかと思えばこれである。
まあある程度は予想できていたので、そこまで驚きはない。
要は迷宮攻略などで各種要素を精査した結果、俺が『神話の英雄』の転生者である可能性が限りなく高くなったために、この国とユージィンたちの組織が結託して隠蔽していた厄災――密かに再湧出していた『魔獣』の討伐を試みようという訳である。
まあ超越視点で言えばよくある展開ではあるので、思わず本音が漏れてしまった。
今日今この時この場に至るまでにいろいろと詳細もユージィンから聞いてはいるのだが、実際に基本的にはこういう展開も嫌いではないのだ。
「え?」
「いや、なんでもない。で、世界中に同じようなのがあと幾つあるんだ?」
「そんなこともわかるんだね」
当然だろう。
「かつて世界に厄災を振りまいた『魔獣』が実は再湧出しているにも拘らず、世間では滅びたと認識されている。そんな状況でユージィンたちみたいな組織が存在していてこの国の王家が密かにコイツを封印しているとなれば、余所もこうだと判断するのは当然だろ?」
「いちいち御尤も」
まあこのあたりまでは御約束と言えば御約束。
ユージィンたちのような組織が国家や世界宗教に対しても一定以上の影響を保有できるのは、その突出した技術力と保有個体戦力のみならず、そうするだけに足る脅威がこの世界に存在していないと難しいはずだ。
つまりは各国で通常戦力ではどうにもできない脅威――再湧出した『魔獣』をどうにか封印している状況だろうというのは、一例を開示されれば想像くらいはつく。
伊達にゲーム脳ではないのだ、この辺の理解は俺は速いぞ。
「要は俺がそいつらを片っ端から斃せばいいんだな?」
つまりシリアス展開用に用意された旗をすべて俺が圧し折ればいいのだ。
そうすれば後は平和な世界が続かざるを得ないだろうし、再湧出すればその都度斃すのみ。そのあたりの再湧出時間は今やっている迷宮での魔物の再湧出から予測もできるだろうし、今ここでコイツをぶっ斃してから測るのもいいだろう。
俺が寿命を迎えるまではもう二度と再湧出しないというのであればそれで少なくとも俺にとっては問題ないし、そうなれば次世代でも倒せるような体制を構築することに腐心するのみである。
「……できるの?」
「ああそっか」
だが俺の力を今この世界で一番理解しているユージィンであっても心配そうにしている。
まあその理由も俺には理解できる。
「神話には記録されてないもんなコイツ。物語性の無い実装だったから、神話体系には組み込まれていないんだよ。もちろんかなり強い部類には入るけど、『終焉竜ゼノクスフィロア』よりはずっと弱いよ」
そうなのだ、シナリオ無しの魔獣たちは神話で語られていないので、ユージィンたちにとっては未知の魔獣という認識にならざるを得ない。
つまり俺が本当に神話の勇者、魔獣狩人岐の生まれ変わりだとしても、倒せる保証がどこにもないということになる。
だが俺にしてみればよく見知った魔獣の一体であり、そう手強い相手でもない。
戦って楽しくはない相手だったので必要最低限の数しか倒していないとはいえ、呪印なしでもこの太刀があれば完封もまず問題なくできる程度の相手だ。
「つまりはクナドなら勝てるんだね……ちなみに僕でも勝てる相手?」
「うーん、俺の知識通りの強さだとしたら正直に言って無理だと思う。今のままでユージィンが勝てるのは、神話で言えば後半の入り口くらい――『天彗赫獣アルジェカイン』くらいまでじゃないかな? ユージィンならそこまではやれると思う」
とはいえ言っても物語終焉後の追加魔獣ではあるので、今のユージィンには荷が重い。
物語中盤まで無双できる程度の装備では、ユージィンの戦闘センスがどれだけ優れていても攻撃がほとんど通らず、逆に相手の攻撃は一撃でユージィンを屠り得る。
今のままではやはり物語中盤までの魔獣――アルジェカインくらいまででなければ、ユージィンの現在の戦闘力ではまず勝負にならないのだ。
「僕ではアルジェカインにでも負ける可能性もあるわけか」
「ま、本来魔獣や魔獣との戦闘ってのはそういうもんだろ?」
しかも命懸けの戦闘となることも避け得ない。
相手を殺そうとしているのだ、本来はこっちが殺されても文句を言える筋合いではないのだが。
このあたりは強化が可能な魔法使いの方が有利だと言えるだろう。
俺たち武技遣いは、基本的にその装備にその強さを左右されてしまうことから逃れられない。応用となる『呪印』も俺のような狂気のやり込の果てでなければ、能力をいくつか発動可能となるに過ぎないしな。
「違いない。だけど僕でも、まあまあの相手までは通用するんだね」
「あくまでも魔獣たちが俺の知識通りの強さだった場合はだけどな。魔物の弱体化からすれば、魔獣もそうなっている可能性も否定できない」
「できればそうであってくれることを願いたいね」
実際、迷宮や魔物支配領域に湧出している魔物たちは俺の知識よりも相当に弱い。
もしもそれが魔獣にも適用されているのであれば、本来物語中盤までの無双を可能とするユージィンの『勇者の呪印』でも、『終焉竜ゼノクスフィロア』を倒すことも可能かもしれない。
「まあまずはコイツ――『滅尽竜ゼノス・ヴァリス』とやってみたらそれも大体わかるさ」
まあそんな一か八かにユーシンの命をかけさせるわけにもいかないし、ここは俺が戦えば大まかなところははっきりするだろう。
まあ俺とて勝てる保証などどこにもないのだが。
残念ながら俺は魔獣の気を読んで、自分より強いか弱いかを測ることなんてできないからな。




