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かつて救世の勇者転生、あるいはいずれ滅世の魔王降臨 ~王立学院の呪眼能力者~  作者: Sin Guilty


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第51話 『かつて救世の勇者転生』①

「封印の状況は変わらずか?」


「はい。我らA.egis(組織)の結界師たちが常駐しておりますが、王家による『縛鎖』が引き千切られれば、正直なところ焼け石に水にしかならないでしょうな」


 王城の奥深く。


 当代の王とこの国を担当するA.egis(組織)のトップ――つまりツアフェルン家の現当主でありユージィンの実父でもあるリュグナスの2人にしか、入室どころかその所在も知らされていない隠し部屋。


 そこでその2人が深刻極まりない表情で現況を共有している。


 A.egis(組織)が保有する逸失技術(ロストテクノロジー)、あるいは時代錯誤技術(オーパーツ)の一つである、空中に直接浮かんでいる『表示枠』には巨大な生物――この時代には既に存在していないはずの『魔獣』の姿が映し出されている。


 もちろんそれは過去の映像記録などではなく、この王城の地下深くに存在している『封印の間』における今現在(リアルタイム)のものだ。


 当然生きている。


 でありながら素直にその空間に留まっているのはリュグナスが発した言葉通り、鎖によって縛り付けられている――その場に封印されているからに他ならない。


「それも最後の一本、か」


「王陛下、王太子殿下、王太孫殿下と三代続けて『鎖』の能力は発現せず、その間に2本が失われましたからな」


 だがそれもか細い一本を残すのみであり、本来はいくつもの縛鎖で雁字搦めにしておくべきところを辛うじてつなぎとめているだけという、見るからに心許ない状況になっているのだ。


 リュグナスの言葉によれば魔獣の封印を可能為さしめる『縛鎖』は、この国の王族にのみ発現する血統唯一能力(ユニーク・スキル)によって生み出されているらしい。


 シャルロッテ、シャルロッテの父である現王太子、その父である現王とその兄弟姉妹の誰にも『鎖』の能力が発現しなかったため、その間に最後の一本を残して残りはすべて引き千切られてしまったということらしい。


「最後の『縛鎖』も失われれば『魔獣』が今の世に放たれることになる、か」


 その最後の一本も失われれば、王が絞り出している苦渋の言葉通りになるしかない。


 神話の勇者(プレイヤー)が不在だと思われているこの時代において、どうにか魔獣を封じることはできても、倒せる者などどこにも存在してはいないにもかかわらずだ。


 つまりそれは人が支配する世界が終焉す(おわ)ることを意味している。


「本来であれば先代王の姉姫による『縛鎖』――最後の一本はまだ10年は持つはずですが……」


 とはいえリュグナスの言う通り、多少の前後はあるにせよ本来は一本の鎖を千切るまでに魔獣が費やす時間は50年前後が必要なはずだった。

 それは神話の勇者に倒されたはずの魔獣の再湧出を()()()()、それに先手を打つ形で封印を仕掛けた千年近く前から現代に至るまで、王家が詳細に記してきた記録からも明らかである。


 だが――


「この半世紀で2本もの『縛鎖』が失われた事実は無視できまい」


「確かに最後の『縛鎖』になってからすでに15年。つまり失われた2本の新しい方は35年しか持たなかったことになりますな」


 2人が苦虫を噛み潰したような表情で語る通り、本来は今もなお2本は健在でなければならない鎖が、この半世紀で最後の1本になってしまっているという事実は無視できない。


 正確には15年前、記録よりも長持ちしていたもっとも古い鎖と、理論上ではまだ15年は持つはずだった鎖が同時に引き千切られた。その際には今なんとか残っている一本も軋みをあげ、なんとかちぎれなかったほどの魔獣の暴走があったのだ。


 つまり今の最後の一本があと10年は安泰だという根拠はすでに失われてしまっている。


「王家の血が弱まったのか。魔獣の力が強まったのか。あるいはその双方か」


 約千年もの間、当然なにも与えぬままに『封印の間』に縛り付け続けている魔獣が生きていることそのものが、最早生物としての常識など無意味なものにしてしまっている。


 魔獣とは正しく化物であり、通常の生物の範疇(はんちゅう)に収まる存在などではないのだ。


 であれば普通であればその間に弱っていくものだという常識もまた、神話の化物には通用しなくても不思議はない。


 一方で血統唯一能力(ユニーク・スキル)を持つとはいえ、王家の者とてただの人間でしかない。

 である以上代を重ねるごとにその血が薄まり、時に発現する『鎖』の能力もそれに伴って弱体化しているのもまた当然の事だと思えるのだ。


 重ねてそれを裏付けるように、これまでは平均して2代に1人は発現していた『鎖』の能力者が、3代にわたって生まれていないこともある。代が進めば王の血に列なる兄弟姉妹が増え、力を授かる可能性を持った者の数は増えていくにもかかわらずだ。


 だからこそ王家の血が薄まっている――弱まっているとみるのは、弱気ではなく客観的な事実でしかないだろう。


「最悪の事態を避けるのであれば――」


 リュグナスが苦渋に満ちた表情で覚悟を零す。


 最悪の事態――次代が無いままに最後の『鎖』が引き千切られる事態となれば打つ手はない。であればまだしも魔獣が最後の『鎖』によって十全に動けぬ間に、一か八かの討伐を試みるというのも、確かに一つの選択肢とはなるだろう。


あの者(ユージィン)が勝てねば世界が滅ぶような賭けに出ることはできぬ。となればシャルロットを急がせるしかない、か」


 だが王としてはそんな一か八かの賭けには乗れないのも当然だ。

 治世とは賭けではなく、畢竟(ひっきょう)(せん)()めれば、適切な犠牲を払って世を治めることこそがその神髄だとも言えるのだ。


 王家の責任という意味においても自分の孫たちの代、特に直系であるシャルロットに次の世代を生むことを急がせることこそが責務だと考えてしまうのも無理はない。


 それに王家の子女である以上、十代での婚姻や出産もそう珍しい事でもない。

 すでに本人にもその覚悟があるのは間違いないし、民の安寧を優先するのであれば娘婿も含めてむごい覚悟を決めさせることになるとはいえ、それが最善だと考えるのも当然なのだ。

 

 本来であれば成人するまでは待つのが通例とはいえ、『鎖』の能力を継いだ子が生まれてさえしまえば、儀式で即座に『鎖』と成すことも可能なことはすでにわかっている。


 どれだけ非道であろうが人の世の安寧と引き換えである以上、それを成すのが王家としての責任だと言えるだろう。たった一人の子供の命を犠牲にすることで世界が救われるのだ、支配者階級にある者としては迷う余地などあるはずもない。


「いえ、すでに我らA.egis(組織)の切り札は我が愚息(ユージィン)ではございません。彼ならばあるいは――」


 だが本来であれば王の覚悟に同意するであろうリュグナスが食い下がる。


 なんとなれば今切り札として魔獣と対峙する候補はすでにユージィンではなく、そのユージィンが見出してきた、かつて救世を成した勇者の転生と(おぼ)しきクナド・ローエングラムだからだ。


「……そうはいっても、やはり賭けには変わらぬのだろう?」


 だが王はそれでも「確実な手段」を優先すべきだという考えを変えない。

 それは支配者階級にある者として責任と覚悟を自覚している者にとっては、至極当然の事でしかない。


「然り。ただ彼はシャルロット殿下に犠牲を強いるようなことを好まぬ性分だと、愚息からは聞いております」


「それは――」


 その王の判断を充分に理解した上で、なおもリュグナスは食い下がる。

 王もそれを即座に否定できないのもまた当然だ。


 なぜならばここ最近、連日行われている『迷宮攻略』の実績は本当に神話の勇者が転生しているとしか思えないものだし、神遺物(アーティファクト)として管理されてきた『帷祓暁刀とばりはらいあかつきとう』も、彼の者の手によってその真の力を発現させているとの報告が上がってきているからだ。


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