第50話 『放課後の迷宮攻略』⑥
「今日も地下12階の完全攻略は終わらなかったなー」
そんなことを考えていたのに、今日も今日とて地下12階を突破できなかった。
入る度に構造が変化する謎のゲーム仕様迷宮ではもちろんないので、地図化を最優先している――次の階層への階段が見つかっても未知領域を探索しているのである意味仕方がないとも言えるのだが、いくら何でも時間がかかり過ぎている。
「しょうがないよクナド。二桁階層になって以降、広さが尋常じゃないんだから」
そうなのだ。
ユージィンが入れてくれたフォローの通り、たかがと言っては大変失礼だが王立学院の実習に使われていたこの迷宮ですらあまりにも広大過ぎるのだ。
攻略済みだった地下5階程度まででも「結構広いな」などと思っていたのに、ユージィンの言った通り2桁階層になって以降は本当にちょっともう、ゲームで言うなら最終迷宮の如き規模なのである。
それも地下10階、11階、12階と順調に? 広大化の一途をたどっている。
この調子で広くなりながら最奥は地下100階ですなどということにでもなれば、もはやその広さたるやこの王国の領土を超えるんじゃないのか、などとバカなことを考えてしまうほどなのである。
もしも本当にそうだった場合、この国にしか存在していない『迷宮』はすべて入り口に過ぎず、深い階層ではそのすべてが一つに繋がっている可能性も充分に考えられる。
それを実証できる「降りてきた以外の上への階段」が地下11階まででは発見できていないため、今はまだ仮説の域を出ていない。
いないが個人的には結構可能性が高いと思ってもいる。
そうであってくれと願っていると言った方が正しいか。
湧出している魔物の強さに反して調査対象領域が広すぎるため、最終的にウンザリして迷宮攻略が嫌になってしまいそうで怖いのだ。今のところは文句を言いつつまだまだ楽しさの方が勝ってはいるのだが、人は何事にも慣れて飽きてしまう生き物だからなあ……
「再湧出……でしたっけ? も確認できませんでしたね」
加えてシャルロットがそう口にする通り、殲滅した魔物たちが再湧出する期間を探っていることもあり、各階層の完全攻略を放棄する訳にもいかない。
俺とユージィン、短期間でレベル・アップを繰り返した今のシャルロットとクロードであれば、一度は倒した魔物である以上そこまで脅威ではない。しかも長きにわたって誰も足を踏み入れていなかったためおそらくは湧出限界に至っていた状況とは違い、最湧出の数は適正な数になることが予想される以上、魔法遣い陣も魔力切れの心配をする必要はおそらくないだろう。
だがそれ以外の者にとっては今もってなお、迷宮深部は死地なのだ。
「すでに確認を取れている地下5階までは再湧出サイクルに変化はないんだろうけど……地下6階以降、特に二桁階層以降は要注意ではあるよな」
王立学院生の実習に使われている地下3階までであれば、現役冒険者なら基本的に危険はないはずだ。4階、5階であっても定期的に掃滅がされている以上、きちんとパーティーを組んで油断さえしなければ命を落とすことはまずないだろう。
だが俺たちが初めて攻略した地下6階以降は魔物がいつ再湧出するかもわからない。
地下1階から5階までが同じタイミングだからと言って、それが6階以降にも適用される保証などどこにもないのだ。
「そのあたりは冒険者ギルドの判断に任せるしかないよ。魔物素材の回収を任せっきりにしているとはいえ、それだけの利益はあるのは間違いないわけだし、回収担当をしているのも現役の冒険者の皆さんだからね」
「それはそう、ですね」
ユージィンの言葉をシャルロットが首肯している。
当然俺たちは魔物を倒してもその素材をいちいち回収などをせず、その作業を冒険者ギルドに丸投げしているのだ。そうでなければ攻略など遅々として進まないし、魔物の死体を丸ごと収納できる便利な魔法箱も今のところ手元にはない。
ゆえに回収された魔物素材による利益の一部をその回収経費として支払う代わり、その仕事については全責任を冒険者ギルドが担っているのだ。
当然完全な地図化が完了していない地下12階についても回収作業は行われており、まだ倒せていない魔物と接敵したり、運悪く再湧出した魔物と接敵した場合は回収部隊の戦闘力でその場を切り抜ける必要がある。
言葉で言うのは簡単だが、それは地下6階以降ではあまり現実的とは言えないだろう。
危なげなくそんなことができる戦力を冒険者ギルドが有しているのであれば、地下6階以降の攻略をこれまでしてこなかったわけがないのだ。
それが理解できているからこそ、シャルロットは愁いを含んだ表情を思わず浮かべてしまったのだろう。優しいももちろんだろうが、貴重な自国の魔物と戦える戦力が毀損することを憂慮するのも追う俗であれば当然ではあるのだ。
「それよりきちんと報酬は管理されている?」
「そこは抜かりなく」
そこは必要以上に気に病んでも仕方がないので、俺はもう割り切っている。
迷宮から利益を持ち帰ろうと思ったら命懸けだと言ことくらい、現役の冒険者たちが理解できていないわけがない。
だからこそ冒険者稼業は稼げるのだから。
それはつまり今の俺たちは学生の身分でありながら、この国のどの冒険者よりも莫大な利益を生み出しているということでもある。そのあたりの管理はユージィンに任しているのだ。
「私は無報酬でもかまわないのですが」
「それは私も同じだ」
「いや王族様に大貴族様、そこは自分で稼いだお金を持っておくことは重要だと思いますよ俺は」
これだから王族様や大貴族様は。
いやその管理をユージィンにまかせっきりな俺が偉そうに言えたことではないのだが、実際にお金を出して物を買うという行為そのものがぴんと来ていない可能性すらあるぞこれは。
「まあシャルロット王女殿下とクロードの言うことと、クナドの言っていることがズレていることは間違いないだろうね。まあ僕はクナドの言う通りにしているけど」
「えー? 自分が稼いだお金で遊ぶの楽しくない?」
ユージィンまでこんなことを言い出す始末である。
確かにこの中では俺だけが多少裕福とはいえ庶民出身ではあるのだが、ここまで感覚が乖離していることに少々戦慄を覚える。
「それは仰るとおりですが……」
そういう意味では王族であるシャルロットが一番俺の感覚との乖離が激しいのは理解できる。俺が戦慄しているのと同じくらい、この方たちはこの方たちで丼びいている可能性もあるのか。
「自分で稼いだっていう実感が薄い」
「そうなのです」
ああそっちか。
ちょっとほっとした。
金銭感覚どうこう以前に、俺とユージィンに乗っかっているだけという感覚が強いだけか。よかった、俺がとんでもないと思っている額を、別に要らんがとか思われていたらどうしようかと思った。逆に申し訳ないと思ってしまう程度の額ではあるのだ、今俺絵たちが稼ぎ出して四等分している金額は。
「パーティーってのはそういうもんだよ、ちゃんと役目を果たしていたら報酬は等分する。みんなが俺をリーダーだと思ってくれているのなら、その決定には従うように」
なのでそこはうちのパーティーのルールを再度明言しておく。
貢献度による報酬分配なんぞというめんどくさいことをする気はないのだ。
4人なら4等分、ここにスフィアが加わって5人ならきっちり5等分するのだ。
俺が最大戦力だと思ってくれているのであれば、その決定であれば従いやすくもあるだろう。
笑って片手をあげるユージィンと、しかつめらしく首肯するクロードが面白い。
俯きながらはーいと答えているシャルロットはどこか年齢相応で可愛らしい。
「で、今日はどこに行く?」
そして稼いだ金は使ってこそ意味も価値もある。
貯めることにも意味はあるだろうが、それは目的が明確である場合に限られる。
莫大な金を稼いだのなら、それを散財して経済を回してこそ冒険者の醍醐味だと思うのだ、知らんけど。
放課後の迷宮攻略という特権許可を得た際に、ついでに帰りに街に出る許可もきっちりユージィンは取り付けてくれている。
自分で稼いだお金で、一流料理店で食事をしたりちょっとした贅沢品を買うのはとても楽しい。中の人が庶民どころか社畜であった俺にはなおのことなのである。
まだ15歳と13歳なので、豪遊といってもらしさを優先する必要があるのが辛いところであはある。まあどちらkといえば、王女殿下と上級貴族の子女であるという縛りの方がきつくはあるのだが。
いつかはユージィンとクロードと一緒に、大人なお店にも行ってみたいものである。
「王立学院生がこれでいいのか……」
「実績の前には伝統など脆弱なものですよ」
「あはは……」
そんなノリノリの俺を前に真面目なクロードが天を仰ぎ、実際主義者であるユージィンが尤もらしいことを述べ、シャルロットが苦笑いするまでがここ最近のお約束である。
ところで今夜は、出来れば肉系の高級料理店に行きませんか?
本日2/19、筆者の別作「怪物たちを統べるモノ」の書籍版5巻発売日となっております。
HJノベルズ様より発売していただいております。
イラストを担当していただいている中村エイト先生の素晴らしい表紙、口絵、挿絵だけでも見ていただければ幸いです。
よろしくお願い致します。
また本作はあと4話+エピローグで一旦着地点に到達予定です。
「かつて救世の勇者転生」
「狩猟祭」
「大海嘯」
「いずれ滅世の魔王降臨」
「エピローグ」
最後まで暇つぶしにでもお付き合いいただければ幸いです。




