第49話 『放課後の迷宮攻略』⑤
友達百人できるかな? の問いかけには恥じることなく無理! と言える人間でありたい。
「俺もシャルロットの素を見せてもらえるように精進するよ」
だからこそ、数少ないツレとは肚を割って付き合いたいとも思う。
そういう意味ではユージィンもクロードもそれなりに素を、少なくとも俺が素だと思えるところを見せてくれているが、さすがにシャルロットとはまだそういう距離感には至れていない。
シャルロットのみが王族だという点ももちろん関係はしているのだろうが、何よりもやはり俺が男でシャルロット女の子だという点が大きい。少なくとも表面上は俺が口説かれているという図式になっているのでなおのことである。
「私はいつでも素の私ですよ?」
「へー」
「もう」
だが最近はこういったやりとりも実は結構楽しんでいる。
あざといとも思うものの、すました表情からちょっとふくれてみせるあたりは年相応にも見えて微笑ましいのだ。なによりとんでもなく整った容姿の歳下の女の子から、ここまであからさまに好意を向けられて嫌な気がするわけもない。
たとえそれが王女としての計算に基づくものだとわかってはいてもだ。
俺自身が全ての思惑には利害関係が前提としてあるという、自己防衛本能に基づいた我ながら小賢しいものの考え方をしているから、そこはあまり問題にならないのである。
「はいイチャツキタイム終了です。進みますよー」
うん、こういう適度な突っ込みを入れてくれるユージィンは本当にありがたいが、きちんとそれに対して可愛らしく照れて見せているシャルロットは正直ちょっと怖い。
下手をするとクリスティナさんよりも手練れ感が漂っている気がして、シャルロットも俺のようにじつは中の人がいるのかと疑いそうになるのだ。
男が好む所作を完全に再現できるのは、同じ男だけなのだと聞いたことがある。それを是とするのであれば、シャルロットの中の人が男だった場合、俺では太刀打ちできないという結論に至ってしまうのが恐ろしい。
個人的な信仰においては本物こそ至高教徒ではあるものの、現実化したTSの前にはジェリコの壁になってしまう可能性も否定しきれない。
どうあれ王族ってのは自分も含めて使えるモノはすべて使いこなすのだというのが、シャルロットを見ていると嫌でも思い知らされる。そこで引くのではなく惹かれる自分の精神構造も別に嫌いではないのだが。
「失敬な。しかしやっぱり魔法格好いいよなー、憧れる」
ここでムキになるとユージィンの思うつぼなので、軽く流してここのところより強くなってきている本音に話題をシフトさせる。初めから魔法には強い憧れがあった上、育成要素とそれに伴ってぐんぐん強くなっているシャルロットとクロードを目の当たりにすると、やはり憧れざるを得ないのだ。
なんというかこう、レベル1から徐々に鍛えて強くなっていくというのは、育成ゲー好きのゲーマーにとっては現実でやってみたいことの筆頭なのだ。現実だって勉強やスポーツによって自分をレベル・アップさせることは可能なのは理解しているつもりだが、やはりゲームらしい分かりやすい成長に惹かれるのである。
とはいえ確かにないものねだりではあり、良質アクションゲームをフルダイブシステムで愉しめている現状に文句など言えば罰が当たるかもしれない。
だがやはり自分の意志で魔法をぶっ放すことに対する羨ましさは消しきれない。
その上シャルロットに至っては夢のテレポート遣いなのである。
シャルロットに使ってもらって瞬間転移の実体験はいくらでもさせてもらえはするのだが、あれを自分の意志で行使できるというのはかなり羨ましい。周囲には秘密にしているらしいが、シャルロットは魔力をほとんど消費しない自分の固有唯一魔法を連続使用することにより、浮遊や飛翔魔法のようなことさえも可能なのだ。
ホント羨ましい。
ああ、魔法遣いとして地味に成長しながら冒険者として食っていくのもやってみたかったなあ……などと贅沢なことを思ってしまうことは止められない。
「私はクナド様やユージィン様の武技の方がカッコいいと思います」
「僕も入れていただいてありがとうございます」
すかさずシャルロットがそう言ってくれるが、これはフォローかつ本音でもあるのだろう。ユージィンが冗談めかして反応しているが、王族にとってのカッコいいは実効的な強さこそがその大部分を占めるのだろうというのは理解できる。
王家としての責務を果たすことに繋がらない、いわばハリボテのカッコよさなど無価値だと判断しているのだ。自身の美貌を利用することをまるで厭わないのも、そこに本質的な価値を見出していないからなのかもしれないな。
「私は格好良さ云々よりも、純粋に強いというのには憧れざるを得ん」
それをクロードがより単純に言語化する。
王族や貴族にとっては強いこと――その力を以て国民、領民により良い暮らしを保証し、その結果として国や領地を富ませられてこそ意味がある。だからこそそんな力を手に入れられるのであれば、そのための手段を選ばないという覚悟を持っているのだ。
「だからクロード、それはさっきもクナドも言った通り状況によるんだよ。クロードが望む「強さ」は、魔法遣いの方がきっと近いと僕は思うな」
「クナドはもちろんユージィン、貴方にも絶対に勝てない強さに意味などあるのか?」
俺にとってユージィンの言葉が正解であるように、クロードの言葉はシャルロットにとっても正解なのかもしれない。
「俺に勝つことが、クロードやシャルロットにとっての強さじゃないってことさ」
「よくわからんな」
だったら言葉をどれだけ尽くしても、お互いに芯のところまで納得することはないだろう。それでも嘘やおべっか、御機嫌取りではなく魔法遣い――シャルロットやクロードの力もまた必要なのだと何度も明言しておくことは無駄にはなるまい。
俺が本気で言っていることは理解できて入るのだろうが、それでもクロードは苦笑いだ。
「わかる機会が来ない方が僕としては望ましいけどね」
「……ここはユージィンにのせられておくことにする」
「それは重畳」
こういるやりとりを見ていると、ユージィンとクロードって意外といいコンビなんだよな。ビジュアル的にも優男と妖艶系の組み合わせは映える。武技遣いと魔法遣いの違いがあるとはいえ、それぞれの武門貴族を束ねる惣領家同士なのも大きいのかもしれない。
ともあれユージィンの言う通りではある。
俺やユージィンが考える魔法使いの優位性が証明される機会とはすなわち、都市単位で滅ぼされかねない程の魔物の群れが押し寄せる事態が発生するということだからだ。
それが地上に湧出している程度の魔物なのであれば、シャルロットとクロードは王都を護り切り、実感として俺とユージィンが今口にしていることを理解できるだろう。
だがそれでも犠牲が皆無というわけにはいかない。
だからこそ、そんな事態を望むことなどあってはいけないのだ。
魔物と戦える力を持った者たちが英雄視される世界というのは、そこで暮らす多くの人々にとって地獄と同義でしかないのだから。
秘密兵器が秘密のままいられる世界を指して平和という。
俺たちはそんな世界で安全に魔物を狩りつつ、迷宮の攻略に現を抜かせているのが理想なのだろう。
だからこそさっさと一ヶ所くらい、迷宮の最奥に到達しておきたいものである。




