第48話 『放課後の迷宮攻略』④
魔獣には勝てないままでも、地上に湧出する魔物程度であればどれだけの数を相手にしても広域殲滅可能な戦力は、攻め手ではなく護り手としては必須なのは言うまでもない。
そういう視点ではたとえ属性弾や大魔法の攻撃力がどこかで頭打ちになるとしても、同時発動可能数と詠唱時間短縮、何よりも発動総数を担保する保有魔力総量とその回復力が強化されるのであれば充分だとさえいえるのだ。
極論すれば積み重ねられたレベル・アップの果てに属性弾を三桁で同時発動し続ける魔力消費量を回復量が上回ることさえできば、地上における対魔物拠点防衛固定砲台としては完成する。
「そう、なのか」
「そうなのでしょうか……」
それでも今この瞬間に俺たちの戦闘力に遠く及んでいないという自覚を強く持っているからこそ、2人共にユージィンの言葉もまた俄には首肯し難いのはわからなくもない。
平然と魔物を切り伏せながらこんな話をできてしまう俺たちを絶対視してしまうのだ。
だが謙虚なのは悪いことではないが、命懸けで戦う者にとって自信を喪失してしまっている状況はよろしくない。自信過剰よりはいくらかマシという程度で、パーティー・メンバーとしてその状況がわかっているのであれば、絶対になんとかしておくべきだろう。
「いやぶっちゃけ迷宮攻略だけに焦点を合わせるなら、確かに俺とユージィン2人の方がはやいだろうけどさ。魔法遣いがパーティー戦闘で成長できることがわかった以上、2人を育成することが最優先になるのは当然だって。俺とユージィンはどれだけ戦っても現状ではこれ以上強くはなれないんだから、成長に上限が無いと仮定すればいつかは2人が俺とユージィンを超える可能性だって十分に考えられる。その可能性を放置するわけがないってのは流石にわかるだろ?」
なのではっきりとそう言語化する。
今この時点での相対的な強弱などではなく、俺とユージィンが共に期待しているのは2人の成長なのだ。
パーティーが4人上限なのは、基本的にゲームの設定を踏襲するこの世界においても同じはず。だとすれば俺とユージィンの2人でほぼ安全にパワー・レベリングを出来る状況を無駄にすることなどありえない。
実際は俺とユージィンがそれぞれ3人の魔法遣いをパワー・レベリングした方がいいのかもしれないが、絶対的な安全を期するのであれば今の状況が最善だとさえいえる。
また戦力管理の面でも秘密保持の面でも、王族であるシャルロットとヘルレイン伯爵家嫡男のクロードの2人であれば信頼できる。シャルロットとクロードが充分に強くなれば、王家と伯爵家の都合で他の魔法遣いを育成してもらっても一向に構わないしな。
正直に言えば俺とユージィンが御せる範囲の強さであるシャルロットとクロードが安全に育てられる魔法遣いたちであれば、束になって万が一反旗を翻されてもなんとでもできるという打算もある。
「正論だとは思うのだが……なぁ」
「ふふ、クナド様はやっぱり今の方が安心しますね」
一応は理屈の面で渋々ながら納得したようなクロードとは対照的に、話題とは完全にズレた感想をシャルロットが口にした。これは王族ゆえに俺とユージィンの言葉の裏も読めてしまったからこその話題変更なのかもしれない。
「――王立学園での僕は苦手ですか?」
「今のクナド様が得意というわけではないのですけれど……」
あれけっこうひどいこと言われてる?
まあこの場合の得手不得手というのは手玉に取れるか取れないかという意味で、シャルロットとしては俺に「素の貴方の方が御しやすい」という意味に取られないための予防線といったところだろう。
いやそうであってくれ。
「ユージィンみたいに優等生を演じている方が楽なんだよな、王立学院では」
「それはなんとなくわかります」
「僕はクナドと違って素だよ、失敬だな」
「君らな……」
首肯するシャルロット。
笑って憤慨するふりをするユージィン。
呆れるクロード。
だがそうなのだ。
俺は王立学院の教室においては、我ながら誰だコイツというような胡散くさい優等生を演じているのである。なんと一人称はユージィンと同じ「僕」である。
真面目に授業を受けて成績も優秀。
冒険者養成学部、魔法研究学部においては最も重視される実技に関しては現状敵なし。
実際に入試時に同じ武技遣い――大剣遣いであるユージィン、入学直後に魔法研究学部の主席シャルロット王女殿下と次席ヘルレイン侯爵家嫡男のクロードを撃破している。
その上で容姿は作り込んだプレイヤー・キャラクター通りに、冷静系の美形とまできているのだ。
こうなると素の自分でいるより、ユージィンの外面を真似て「みんなが期待する優等生」を演じている方が実はずっと楽なのである。
またそれを遂行可能な高性能な脳みそと身体能力に恵まれ、取り繕った偽りの外面こそが本物だと誤認させるに十分な人脈はすでに構築されている。
要はあまりの強さゆえにシャルロット王女殿下のパートナーとなり遂せ、あまつさえ様付きで呼ばれるようなふてえ野郎は、誰もがせめてかくあれかしと願う品行方正、理想の男子でなければならないのである。
そうでなければとにかく面倒くさいことになる。
圧倒的な権力と暴力が揃っている以上、表立ってなにかをやらかす輩はほとんどおるまい。だがその分裏では好き勝手に言われるようになるのは自明の理で、またそれがある程度はこっちにも透けて見えてしまうのが本当にもう面倒くさい。なまじこちらの方が強者側であり、それでいてできればいい人を気取りたいという嫌らしさも内包した同じ人間なだけに大人げない対応も取り難いのだ。
わりと洒落にならないレベルの陰口や捏造された噂話などを、言った側と言われた側の双方が「冗談」という態で嗤い合うのは本当にもう気持ち悪い。
であれば陰口をたたくことも憚られるような、たとえそれが偽りであっても望まれる理想像を演じた方がまだしも楽なのだ。
それが可能な能力に恵まれているからにはなおのことである。
少々厭世的すぎる自覚もあるし、斜に構えすぎだと言われれば返す言葉もない。
だがこの世界では裕福な家に優秀な能力と並外れた容姿に恵まれて生まれ、中の人としての意識と記憶を持ったまま15年も生きていればこうもなるのだ。
性悪説を信奉しているわけではないが、性善説を無邪気に信じる気にもまたなれない。
要は人もまた動物の一種に過ぎず、お互いの関係性によって善人にも悪人にもなり得るのだと割り切れば、大多数が俺にとっての善人となってくれるように自分を演じることへのうしろめたさなどは消えて失せる。
恵まれた能力その他すべてを駆使して、俺にとって良い人でいた方が得だとできるだけ多くの人間に思わせる。それができる者にとっては一番無難な処世術だろう。
実際のところ、教室での俺は我ながらそれなりにいい出来だと思う。
勉強の類は一度自分で理解し、勉強が苦手な同級生に惜しみなく咀嚼した内容を伝える。
実技においては模擬戦に付き合いながら具体的な問題点の指摘とそれを克服するために必要なカリキュラムを提案し、実際にその訓練に付き合ったりもしている。
またユージィンと常に共にいて穏やかなキャラを演じており、生まれは庶民な俺に対して王家、伯爵家、侯爵家の人間が親しくしてくれているのでお約束の貴族と庶民間の断絶も発生しておらず、少なくとも表面上は仲良しクラスのような空気感を演出できている。
なにもそれが真実――貴族、庶民双方の本音である必要などどこにもないのだ。
要はたった三年間、貴族庶民を問わず誰もが表面上だけでも仲良くすることこそが最も得だと判断すれば、誰に強いられることもなくそう振舞うというだけの話だ。俺自身がそうあってくれることを望んでいるのだから、そのために俺こそが一番骨を折るのも当然の事でしかない。
ちょっと楽しくもあるしな、本物ではないとはいえ本気で「いいひと」を演じるのは。
もともと素の自分でつきあえる相手がそう多くなくても、俺はわりと平気なこともある。
具体的に言えば正直なところ、スフィア以外にこの3人――今のパーティー・メンバーたちがいてくれれば充分だと思っている。
恥ずかしながら前世でも、衒いなく友人だと呼べる相手は二桁に届いていなかった。実際はそれを恥ずかしいとも、少ないとも思っていないのが俺という人間の性根なのでそこはもう仕方がない。




