第47話 『放課後の迷宮攻略』③
当然より一層のレベル・アップを目指すのであれば、それに必要な倒すべき魔物もまた強くなっていくのは当然ではある。このあたりの仕組みを俺はゲーム脳ですんなり納得できるのだが、ユージィンやシャルロット、クロードはどう考えているのだろうな。
実際、地下三階くらいまではそれぞれの属性魔法弾一発で仕留められていた魔物たちも、地下四階に入ってからは2,3発当てないと倒せなくなり始め、二桁階層に至ってからは1体倒すのに約10発前後を必要となったあたりで以後は安定している。
これはレベル・アップによって強化される魔法の威力との鼬ごっこの結果であり、強くなった今のシャルロットとクロードは地上の魔物支配領域や迷宮低階層のみならず、一桁階層の魔物程度であればすでに一撃で仕留めることが可能になっている。
要は適正レベル――レベル・アップのための経験を積めるような相手の場合、10発前後で仕留められるということである。逆に言えばそれで倒せない魔物は格上であり、それを俺とユージィンが撫で斬りにするので育成効率がアホほどよくなっているのだ。
単発攻撃力の増加以上に顕著な変化は、魔法発動までの時間短縮や同時発動数はもちろんのこと、なによりも保有魔力総量の増加――瞬間火力及び継戦能力の大幅な強化である。
レベルが上がれば魔法の攻撃力は上昇し、必要詠唱時間は短縮され、同時発動可能数は増え、それに伴っておそらく魔力消費量も増大している。だがそれ以上に保有魔力総量が増え、外在魔力を取り込む量が増えるのか、内在魔力の生成量が増えるのかは不明とはいえ、保有魔力量の上限上昇に伴って魔力回復速度、量もともに増加する。
例えば地下7階攻略の時点では魔物を倒すのに10発の属性弾が必要であり、枯渇するまでに倒せる数はせいぜい10体程度だった。それが地下12階に到達した今では1体倒すのに必要な属性弾の数はほぼ変わらないが、30体前後倒すまで枯渇しなくなっているのだ。
また属性弾の同時発動可能数も飛躍的に伸びているので、戦闘時間そのものもかなり短くなっていっている。
要はこのままレベル・アップを続けられるのであれば、魔力枯渇までに倒せる魔物の数は増え続け、対複数を相手にした場合でも必要となる戦闘時間は短くなっていくというわけだ。
事実、今この瞬間であってさえ地上の魔物を相手にするのであれば上限数はあるとはいえ、シャルロットとクロードの方がその殲滅速度は俺とユージィンよりも圧倒的に速い。一撃で倒せる魔物が相手なのであれば、三桁数であっても瞬殺可能な域に至っているのだ。
ここ地下12階の魔物が相手であってさえ、今のように一度に1人が対峙する数が10体前後であれば、同じく瞬殺といっても過言ではない殲滅速度である。
今もまたシャルロット、クロード共に自身の周囲に100発前後の属性魔導弾がほぼ同時に発現し、それらが一斉にそれぞれ10体前後の魔物に向かって撃ち出されている。
面白いのはシャルロットの光属性弾はホーミング・レーザーのように発動から着弾までに光の線を引くのに対し、クロードの氷属性弾は多重照準ミサイルのように空気を白く冷却しながら飛翔するという違いがあることだ。
そしてその違いは見た目だけに留まらず、光属性弾は光のライン全てに当たり判定が発生しており、氷属性弾は白く染まった空間に触れた敵の動きを鈍化させるという特性を有しているのである。
単純な攻撃力としてはいわば貫通属性を有している光属性の方が優秀だが、同属性以外の敵戦闘機動を鈍化させる特性を持つ氷属性は、接近されることを避けたい魔法遣いとしては破格の性能を有しているとみることもできるだろう。
俺やユージィンといった前衛との相乗効果で言うのであれば、魔物の動きを鈍化させる領域を展開できるクロードの方が優れているとさえいえるのだ。
「すまない、魔力が尽きた!」
「了解」
左翼の魔物を次々と一掃していたクロードがそう報告し、それにユージィンが短く答え抜刀して迎撃準備に入った。
「私もこれで尽きます!」
「はいよー」
それとほぼ同時にシャルロットの魔力も尽きたらしく、俺もまた太刀を抜刀して迎撃態勢に入る。
魔法属性弾の飽和攻撃による遠距離かつ対多数同時攻撃はその殲滅効率が異常にいい半面、魔物同士による敵意共有を誘発するという致命的な欠陥を内包している。
要は俺たち武技遣い――近接職とは違い、いわゆる「釣って」各個撃破することに向いていないのだ。まあ前人未到の迷宮階層や魔物支配領域のように、魔物の数が湧出飽和状態になっていれば釣りもへったくれもないわけではあるが。
結果、今のように魔力が尽きた状態に対して敵意共有した多数の魔物が殺到してくるような状況では、攻撃手段も防御手段も持たない魔法遣いには成す術がない。幻影疾走で凌ぐにしても、魔法発動中は魔力は回復しないので基本的にはジリ貧である。
そこを魔力が完全に回復するまで補うのが前衛職――俺たち武技遣いの本来期待されている立ち位置だったのだろう。
「……継戦能力って一番大事ですよね」
案の定殺到してきた無数の魔物を俺とユージィンが次々と撫で斬りにしていると、魔力枯渇のために息が上がっているシャルロットがぽつりとそうつぶやいた。
じつはこの魔力枯渇時の疲労状態がかなり艶っぽくて、正直目のやり場にちょっと困る。これがまた美形であるクロードも同じなのが思わず笑いそうになるのだが。
あるいは魔力とは魔法遣いにとって生命力のようなモノであり、それが枯渇するからこそ、どこか儚げになってしまうのかもしれない。
「いや状況にもよるよ」
「そうなのでしょうか……」
俺がそう答えても、シャルロットは納得がいっていない御様子。
いや特にフォローしていると言うわけではなく、実際に継戦能力よりも瞬間火力や同時広域制圧能力こそが重要な状況は絶対にあるんだけどな。
まあ魔法遣いとして強くなればなるほど、俺とユージィンのある種のとんでもなさがより実感できるようになるというのは当然と言えば当然ではある。
確かに俺やユージィンには、魔力切れのような魔力不足による戦力の低下は存在しない。武技をどれだけ放とうとも肉体的な疲労による体力の消費以外、なにも減るものが存在しないのだから当然だ。
その上俺たち武技遣いが有する優れた身体能力は、王立学院入学試験時の持久走で証明されている通り人並外れている。俺とユージィンに至っては基本的な武技を繰り出し続ける今のような戦闘機動程度であれば、24時間戦えますよ? の域なのである。
いやそれどころか試したことこそまだないが、三日三晩くらいであればどうにでもなるかもしれない。
だが俺たちは直接対峙した魔物には負けないが、刃の届く範囲はそう広くない。鎧袖一触で戦場を駆け回るにしても、同時に相手できる数は高が知れているのだ。
自分主体で勝ち負けを語るだけでいいのであれば無敵を嘯けもしようが、例えば大海嘯の如く殺到してくる魔物の群れから自分以外――弱者を護る必要がある場面ではおのずと限界がある。
そういう状況であれば、魔法遣いの方が優れているのは間違いないだろう。
魔物と戦える力を持った者同士の強い弱いなど、最弱の魔物にもあっさり殺されてしまう人々にはあまり関係ないのだ。俺やユージィンでしか倒せない魔獣であろうが、今のシャルロットやクロードが属性弾の一撃で消し飛ばせる魔物であろうが、どちらにせよ自身の力ではどうしようもない相手であることに変わりはない。
であれば最終的に世界を滅ぼし得る魔獣を倒せる俺やユージィンも、最終的には討伐されるにせよ今この瞬間に自分を殺さんとする魔物を倒してくれるシャルロットやクロードも、同じ頼りになる守護者たり得る。
いや直接的により多くの人々を魔物の群れから護ってくれる存在としては、やはり魔法使いの方がありがたい存在だと見做されるはずだ。まー、見た目もデカい強いのを武骨な武器でぶっ倒すのよりも、地平線まで埋め尽くすような魔物の群れを派手な魔法で焼き払う方が絵になるものなあ。
まあこれは俺の好みの問題も大きいのではあるが。
「少なくともこの迷宮攻略においては、私たちがお荷物であることは自覚している」
「そんなことはありませんよクロード。というか僕とクナドにとってはシャルロット殿下とクロードの成長こそが一番重要までありますね」
だがクロードもまたシャルロット同じく、俺の言葉を慰めの類だと判断しているらしい。だが悔しそうにそう言うクロードに対して、ユージィンが淡々と真実を述べている。
さすがにユージィンも俺と同じ武技遣いなだけあって、自身の優位点と弱点を正しく把握できている。だからこそ魔法遣い――シャルロットとクロードの成長こそが最も重要だと判断しているのだ。
そう、重要なのは俺とユージィンにはできない成長――レベル・アップなのである。




