第44話 『聖遺物』⑥
「僕は本気で言っているよ。ただそれも含めて今後、クナドは好きに振舞ってくれてかまわない。僕たちは全力でそれを叶える方向で動く。証拠と言わけではないけれど、これから僕たちの組織について僕が知る限りの情報を伝えるし」
「我がエリュシア王国も知る限りのことをクナド様にお伝えいたします。またどのようなことでも申し付けて下さればそのように致します」
それが本当の話だとすれば、2人がこういうのもまあ当然かとは思う。
まだ詳しく聞けていないとはいえ、ユージィンたちの組織はいつか『岐』が転生した際にそれを支えるために存在しているっぽいもんな。
特殊な技術や知識を持っているあたり、人造魔獣か魔人の末裔である可能性も高い。
「俺も出来る限りの協力はすると約束するよ。ただすくなくとも王立学院での3年間は、自分を鍛えつつ楽しく過ごしたいと思っているんだけど……できそう?」
全面的な便宜を図ってくれるかわりに、2人が俺に期待している内容も理解できる。
要は世界の危機に際して、もったいぶらずに人の味方としてその力を振るって欲しいというのだろう。
もちろんそれについては俺も十全に応えるつもりだが、いきなり救世系の大風呂敷が広げられるのだけは勘弁願いたい。
せっかくここまで恵まれた状況で生まれ変わっているのだ、前世では終ぞ経験できなかった輝く青春時代、充実した学生生活を謳歌満喫したいと望むのは当然だと思うのだ。
「王女殿下をパートナーにしている時点でそれは無理じゃない?」
俺の切実過ぎる表情に苦笑を漏らしながら、ユージィンがそんなことを言う。
「まあその辺は諦めるよ。ユージィンとツレになった時点で「普通の」っていうのはもう諦めていたし」
うんもう「普通」っていうのは流石に諦めている。
陽キャの極み、教室のカースト最上位での学生生活というのにも憧れてはいたので、それを満喫できるであろうことは問題ではないのだ。ただし細部についてはユージィンが上手く立ち回ってくれることを希望する。俺はカースト上位者の立ち居振る舞いなど知らんからな。
「クナド様のその御力で普通を求めるのは、そもそも無理がありませんか?」
「ホントそれはそう」
ユージィンの砕けた態度に安心したのか、シャルロット王女殿下もけっこう言う。
それに同調するユージィンが本気で楽しそうでちょっと腹立たしい。
いいじゃねえか、これでもまだ「目立たないように」などとは言い出してないんだから。
「少なくとも今すぐにこの国や世界に危機が迫っている状況ではないよ。僕は未来を見通せないから保証はできない。けれど状況が変わらなければかなり特殊だとはいえ、学生生活を楽しむことくらいはできるんじゃないかな?」
辟易した俺の表情を見て、ユージィンが真面目な表情になってそう言う。
「いきなり世界だとか大陸規模の展開にならないんだったらまあいいよ」
まあ俺としてもゲームの展開をなぞっているのではなく、あれから千年も経っている状況なのだ、なにが起こるかは保証できないというのはよく理解できる。
それでも今は魔獣が存在しておらず、俺が知る限りでとはいえ魔物も論外なくらい弱い状況では、いきなり世界の危機には展開し難いだろうとも思う。
「我が国の総力を挙げて、必ずやそうならないように取り計らいます」
「こっちも出来る限りのことはするよ。ただ――」
その上世界規模の超常組織と、大国の一角が味方に付いてくれるのであればこれ以上を望むのは贅沢が過ぎるだろう。
「ああ、有事には全面的に協力するよ。たぶん俺――っていうか『岐』の真の力は、その有事にでもならないと発揮されないだろうからな」
だからユージィンがそれだけは確約を得ておかねばならないと判断している内容を、先回って答える。有事――より強い魔物や、それこそ魔獣が復活するような状況になってこそ、俺の呪印はその真の力を発揮できるのだから、まあ心配はないだろう。
多分。
「は?」
「え?」
だが俺のその宣言を聞いたユージィンとシャルロット王女殿下が、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。ああなるほど、心配しなくても「真の力」は発揮できなくても、現状の世界であれば十分無双は可能ですよ。
「まあでもこの『帷祓暁刀』があれば攻撃力と回復力は問題ないか……うん、魔獣が復活しなくても絶対に負けないことは充分に可能かな」
要らん誤解が無いように、その旨を明言しておく。
だが一層2人の様子がおかしくなったのはどういうわけだ。
「あの……その太刀って『岐』の――「くなど」でいいんだよね? 最強武器じゃないの?」
「違うよ? まあ最強格の1本ではあるけど汎用と各属性の最強は別にあるね。いうなら『帷祓暁刀』は汎用の二番手ってとこかな」
「あ、はい」
まだ知り合ってそんなに月日がたっているわけではないとはいえ、ちょっと記憶にない間の抜けた表情と声でユージィンがおろおろしている。いや最強じゃなくても充分強いし、残りを探すのも楽しそうだからそんなに問題ではないのでは?
というかユージィンの口ぶりからすれば、組織が保有しているのはこの2つだけだった可能性が高いな。どうやら他のはすべて逸失していしまっているらしい。ゲーム的なお約束なら迷宮の最奥に太刀とか防具が隠されているパターンだが、そう言うのも嫌いではない。
まあ学生生活を送りながら『塚護の里』があった地を探りつつ、現代では失われてしまっている当時の鍛冶技術を復活させるのも楽しそうだ。聖教会における魔導球や呪印の生成、付け替えを復活させるのも人類の戦力を増強するという意味では有効だろう。
やることが多くてちょっと楽しみでさえある。
「あの……真の力って、なんですか?」
次はおずおずとシャルロットが質問してきた。
よし、心の中からでも呼び捨てに慣れて行かなくてはならない。
それに俺の真の力――2つの『呪印』についてはきちんと説明するつもりだったので丁度いい。ユージィンにはすでに俺が2つの呪印持ちであることは話しているし、その性能と発動条件についても共有しておく方がいいだろう。
少なくとも今のままの世界では、まずそれらが発動することが無いことも含めて。
「ああ、ここだけの話にしてください。俺の呪印は2つあって、それぞれの発動条件が『魔獣の覚醒』と『瀕死』なんです。どっちかでも発動すれば神話と同じこと――禁忌種『終焉竜ゼノクスフィロア』を一撃で倒すことができる……と思う」
左目の『血戦』と、右目の『死地』。
どちらが発動してもゲーム時の魔獣の強さであれば例外なく一撃必殺が可能なのだ。
あ、黙った。
2人ともすごい顔してる。
まあそりゃそうなるよな。
どうにかしてどっちかの呪印を発動できる状況を整える必要があるな、これは。
この世界において、呪印が発動した俺こそがたぶん一番の化物なのだ。
せめて仲間――俺が仲間だと思いたい人たちには、そのことを本当の意味で理解しておいてほしいと思うのだ。




