第43話 『聖遺物』⑤
この太刀を装備できた時点でユージィンとてすでに確信はしているはずだ。
それは事前に説明したシャルロット王女殿下とて同じはず。
だが俺の口から明確に聞きたいというのはまあわからなくもない。
「クナド。『岐』はそう読むんだよ」
だから誤解の余地が無いように明言する。
今の俺の名と、誰も読めないはずの古代文字『岐』の読みが同じだということを。
「本物――というか本人?」
ユージィンが至った結論は俺が『岐』の転生体だというあたりだろう。
「限りなくそれに近けど正確には少し違う。まずは俺からそのあたりも含めて詳しく話すよ、ユージィンとシャルロット王女殿下には、その答え合わせをお願いしたい」
それは確かにそうなんだが、正確には俺はプレイヤー・キャラクターの『岐』本人ではない。操作し、倒した魔獣の記憶はほぼ完全に共有できているとしても、その時にこの世界の中で生きていた『岐』本人がなにを思い、日常で誰とどんな風に暮らしていたのかまではわからないのだ。
この世界が俺にとってはゲームだったことだけは隠し、それでいて俺が『岐』の生まれ変わりとしか思えない状況を、上手く説明する必要があるだろう。
◇◆◇◆◇
「とまあ、俺の持つ記憶では、今話した内容が神話の詳細――というか本当のところってことになる」
「……あっている」
「……あっています」
真面目な顔をして頷いている2人は、それでも歓喜を隠しきれていない。
俺の勘通り王家やユージィンが属する組織は、神話として御伽噺のように伝わっている『魔獣狩り岐』の物語をより詳しく把握していたのだ。
俺が生まれてから15年間、ごく普通にローエングラム家の長男として過ごしてきていたことなどとっくに裏付けが取れているだろう。
少々調べ物が好きだったり、妹が聖女候補になって触れられる情報の深度が市井の者たちより深かったり、ローエングラム商会の伝手でメジャーではない民間伝承に触れる機会があったりはした。
だが俺が組織や王家しか知り得ない情報に触れる機会などなかったことは、この2人こそが誰よりもよく知っているのだ。
だからこそ俺が『岐』本人にしか知りようのない情報を持っていることが嬉しいのだろう。
まず間違いなくそれぞれが知っている伝承では、『岐の生まれ変わり』が「救世主」みたいな表現をされてしまっているんだろうなあ……
俺が2人に話した内容は、『岐』の半生。
神話では名もなき村とされている『塚護の里』で生まれ育ち、最初は18歳で初狩りを行う里に多くいた『魔獣狩り』の一人でしかなかったこと。
だが初狩り後次々と里周辺の魔獣を狩り、やがて禁忌とされていたいくつもの地域を統べていたすべての名付の魔獣たちも倒していったこと。
その功績によって今はすでに滅んでいる古代帝国シィ・ズに高く評価され、その依頼も受けつつやがて『塚護の里』がある未開の地を統べていた主、魔獣ソルヴェムトを倒して王国に大繁栄期を齎したこと。
ここまでが拡張DLC前、いわゆる無印での物語である。
その後英雄となった『岐』は帝国の招聘に従い活動拠点を帝国の前線都市へと移し、そこでも帝国以外の各国も手を焼いていた魔獣を次々と撃破する。
やがて国家間の思惑と、古の大魔獣、邪竜ナクトフェリアの復活を目論む邪教との戦いに巻き込まれ、仲間たちと共にそれを阻止せんと活躍する。その過程では人の手によって改造されてしまった人造魔獣や、魔獣因子を人に植え付けることによって造られた魔人とも刃を交える。
だが帝国内にも裏切り者がいたこともあって、大切な仲間を失うと共に邪竜ナクトフェリアの復活をゆるしてしまう。
それを最終的には最初から共にあったおともと、ナクトフェリア戦でだけ仲間になってくれた最後の竜種の成れの果てと、ナクトフェリアの魔獣因子を植え付けられた魔人と共に、偉大なる先史人類から『聖剣の祝福』を受けた愛刀を以て邪竜ナクトフェリアを打ち倒す。
ちなみにその『聖剣の祝福』こそがクリア後に付与される特殊武器飾りであり、今俺の太刀に付けられているものである。
ここまでが大型拡張DLCにおける物語の終着点。
その後は追加DLCとして平和になったはずの大陸に邪竜ナクトフェリアの眷属たちが次々と復活するという態で強力な新魔獣や、既に存在していた魔獣の亜種、特殊個体が追加され、ちょっとした物語と共に次々とそれらを撃破してゆく。
やがて邪竜ナクトフェリアすらはるかに凌ぐ、先史人類たちを滅ぼした禁忌種『終焉竜ゼノクスフィロア』が復活し、それを討伐することでゲームは――神話は大団円を迎える。
ここまでを地名、仲間の名前、魔獣の名前と生息地、その特徴と弱点を克明に説明したのだ、俺が嘘つきだと疑う余地はもはや残っていないだろう。濁したのはプレイヤー・キャラクターだけに明かしてくれた、かつて人だった魔人の真名だけだ。
当然の事ながら俺の説明の方が組織、王家の伝承より詳しいのだが、それは他の数え切れない一致点を以て俺の言うことこそが真実だと理解せざるを得まい。
「ただし最初に言ったとおり俺は『岐』本人の生まれ変わりというわけじゃない。『岐』の記憶――というよりも記録を知っている妙な人ってところかな」
「そこは問題じゃないよクナド。記憶とか記録どうこうよりも、重要なのはその力だ」
ユージィンが期待通りの反応をくれる。
俺の話を真実だと見做すのであれば、それがゲームに基づくものかどうかなどまるで関係なくなるのだ。ユージィンの言う通り、俺が『岐』本人か記録を詳しく知るだけの他人なのかも重要ではない。
「御尤も。そこはまあ、ユージィンもシャルロット王女殿下も知っての通りだな」
伝説通りの力を持っているか否か、それのみが重要となるのだ。
そしてそれはユージィン、シャルロット王女殿下と戦ったことである程度は証明されているし、今回与えられたこの太刀――『帷祓暁刀』があれば、神話における邪竜ナクトフェリア戦くらいまでの『岐』の戦力であれば再現も余裕で可能だ。
ユージィンにせよシャルロット王女殿下にせよ、邪竜ナクトフェリア戦後の神話は流石に『魔獣狩り岐』をより讃えるための後付の誇張だと判断しているらしい。そりゃそれまでのある程度緻密な物語展開と比べて、取って付けたように顕われる邪竜の眷属だの禁忌竜だの言われても、眉に唾するのは無理もないだろう。
その上どうも神話は最後に魔獣たちを倒した状況を基に記されているらしく、真の力を解放した『岐』が一太刀ですべてを倒したなどと記されているからにはなおのことである。
実は神話は騙らず、真実を語っているあたり質が悪いのだが。
「あ。クナド様、私のことは是非シャルロットとお呼び捨てください。できれば言葉遣いもせめて対等のものにしていただければと……」
「この場では、ってことですか?」
自分の中で俺の話あらためて咀嚼していたらしいシャルロット王女殿下がはっとしたように顔を上げ、突然そんなことを言い出した。せめて対等って、出来れば偉そうに話せってことなのか。
まあ確かに俺という力を、絶対に王国の利するためには手段を選んでいられないというのは理解できなくもない。
「いいえ。いつでも、どこでもです」
「いいんですか?」
「クナド様さえよろしければ」
だがちょっとやり過ぎじゃないのかと思うのだが、シャルロット王女殿下はどうやら冗談などではなくいたって本気らしい。要は他者に対しても王女である自分は俺と良い関係を築けており、しかも対等以上に扱っていることを示す必要があると考えているのだ。
「これはクリスティナ姉様に勝ち目はなくなったね。でもこれを油断というのはひどすぎるので、是非側室候補として考えてもらえればありがたい」
「いやあのな」
ちょっと動揺した俺に対して、ユージィンが悪い笑顔でそんなことを言う。
詳しく聞けば現存する国家のほとんどの王家や皇室は、神話の英雄の末裔であることを自らの正統性の根拠にしているらしく、その生まれ変わりに対して礼を尽くさないことは自らの正統性を自ら否定することに等しいらしい。
大変だな。




