第42話 『聖遺物』④
本来であれば所有者以外にはそこに存在しないかのように振舞うはずのゲーム由来の遺物を、ありとあらゆる技術を投入してなんとか現世にとどめているのだ。
「ただの立体映像にしか思えないよね。だけど触れることもできない封印が幾重にもかけられている状態。またこれが封印箱に入れていると、箱以上の重さがしっかりあるんだよね」
お手上げの仕草をしながらユージィンが苦笑いを浮かべている。
いやさらっと立体映像ってお前、この中世風の世界観で出て来る単語じゃないだろ。
どうやらユージィンたちの組織そのものが時代錯誤遺物のようなモノらしい。
ただその言葉からはユージィンたちの組織、少なくとも現執行部ともいうべきモノたちであっても、この仕組みを理解できていないコトが伺い知れる。重さの件については俺の想像をある程度裏打ちしてくれるものでもある。
まあこの後ユージィンから詳しく説明してもらえるだろう。
もしもこれが腹の探り合いだったら、ユージィンの方も俺の特殊な単語に対する反応を伺ったりしているのだろうけどな。王女殿下はまさに今そんな感じだろう。
しかし確かにこれ、目で見ているだけだと映像情報にしか見えない。
前世にもまだこんな立体映像装置はなかったけど、SF映画なんかで見るあんな感じ。
しかもころっと忘れていたけれど、俺はすべての太刀を同じ見た目に揃えていたんだった。いわゆる武器スキン機能、幻影武器というやつだ。洋風なデザインも多い中、ストーリーモードにおけるラスボス、いわゆる表ボスの魔獣素材から創れる太刀のデザインがほぼ日本刀そのもので、めちゃくちゃ気に入ってそうしていたのだ。
つまり実際に装備して魔物をぶった切りでもしない限り、どの太刀なのか分からない。
いや、抜刀時の属性エフェクトの種類、その有無である程度は行けるか。
ただ一方で武器スキンを適用していたのはやり込みに入ってからの普段使いの武器だったため、無属性を含めて全属性の最強太刀ばかりだったはずだ。武器スキンが適用されていない本物でも最終盤のボス武器だし、クリア後のいわゆる「掘り」に使っていた汎用武器でもDLC魔獣素材産なのでハズレではない。
なによりそれら全ては最上希少度だったので、特殊強化はすべてされているという点が素晴らしい。
「どうあれまずは抜いてみるしかないな」
「ちょっと待って!」
何の躊躇もなく手を伸ばした俺に、珍しくユージィンが動揺している。
おそらく不用意に触れようとして腕くらいは吹っ飛ばされた事例があるのだろう。
だがこの仕掛けが現行の組織が仕込んだものではない以上、未来への保存がその主目的であれば、本来の持ち主に対して害を及ぼす要素はないはずだ。
あるいは本来の持ち主に装備されることを封じるためのものだったとしても、プレイヤー・キャラクターはダメージを受けても四肢欠損とかはしない。この仕掛けがゲーム設定に由来するものであれば、そのルールには従うだろうという読みもある。
最悪の場合でも、スフィアに直してもらうという裏技もあるしな。
よってユージィンの制止には従わず、半透明のままの柄を握る。
あ、どうやら後者だったらしい。
激痛とまではいかぬまでもそれなりの痛みが腕に走り、しばらく耐えていると輪形魔法陣が一つはじけ飛んだ。
「クナド、それって……」
「うん、どうやらこいつは保存のためのものじゃなくて、本来の持ち主に使われないための封印っぽいな。俺にはあんまり効かないけど」
珍しく茫然としているユージィンとそんな会話を交わしているうちに、次々と輪形魔法陣が砕け散って行っている。
ちなみに腕は痺れるがその程度で、傷が出来たり血が出たりはしていない。可視化されているわけではないが、この感じならH.Pもほとんど減少していないだろう。この罠自体の脅威はないが、これを仕掛けた存在がいるということには留意しておくべきだろう。
輪形魔法陣が砕けるに併せて、それに囲まれていた部分が実体化していっている。
地味に痛いがじっと耐えていると、最後の一つも砕け散って完全に実体化した。
うん、鞘に納められた見た目だけではどの太刀なのか全く区別がつかない。
勿体ぶっていても仕方がないので、一気に抜刀する。
「わぁ……」
王女殿下が思わず感嘆の声を漏らし、ユージィンですら固まっているのは抜刀と同時に今度は純白の輪形魔法陣が鍔元から剣先まで一気に発生したからだ。それは眩しくはない程度に輝きながら回転し、収縮を繰り返しつつ長い刀身をゆっくりと循環している。
ああこれ、俺が気に入って常備していた武器飾りだ。
ゲームの時も派手でお気に入りだったけど、現実化しているとまさに聖剣って感じになるなこれ。合わせて刀身にも魔法文字が浮かんでいるはずだが、それは現状では見られない。
「さすがに刀身は寂びてボロボロだな。すまんユージィン、もうひとつの箱の方も開けてもらっていいか?」
「あ、うん、わかった」
さすがに千年経っているからなのか、最後の手入れが悪かったのか。
武器としての実用には耐えられないと見えるくらい、黒に近い茶に濁ってごてごてしてしまっている。鞘から抜く際にもけっこう力が必要だったしな。
だからこそ刀身にも浮かんでいるはずの魔法文字が見えないのだ。
まあゲームの設定通りなのであれば、どれだけ切れ味が落ちても不壊のはず。
真っ当な手段で研いでも本来の姿を取り戻すことは可能だろうが――
「は、仕組まれた様にばっちりの組み合わせだな」
ユージィンが先の手順に従って開けてくれた箱の中には、はたして俺の期待通りのものが収められていた。躊躇せず手を伸ばして手に取るが、こっちは太刀のような罠は仕込まれてはいないらしい。
「それがなんなのか聞いてもいいかい?」
「みたまままだよ――砥石」
問うてくるユージィンに答えながら、俺はその砥石を錆び切ってボロボロになっているようにしか見えない刀身の根元から先端まで一気に走らせる。
砥石とは本来そんな使い方をするものではない。
そんなことはわかっているが、ゲーム時のプレイヤー・キャラクターが行っていた研ぎの仕草をそのまま真似てみたのだ。
その効果があまりにも劇的すぎて思わず笑う。
たった一回そうしただけで錆びはすべて空中へと雲散霧消し、ギラリとした刀特有の薄い刃の輝きと、それに反して武骨とさえいえる庵棟に浮かび上がった純白の魔法文字が完全に復活している。
刃先に紙を落せばそのまま切り裂きそうなほどの鋭さを取り戻しているのだ。
いや確かに能力には研ぎ短縮はあるんだけれども。
本来4回必要な研ぎを1回に短縮する能力なのだが、この仕上がりをたった4回砥石を刀身に走らせるだけでできること自体がもはや魔法である。ゲームが現実化すると、こういう部分でとんでもなさを実感させられるな。
また研ぎ上がったと同時に刀身が本来宿している属性エフェクトが復活し、朱と黒が混ざった爆炎を薄く纏っている。
よっしゃ、これ俺が掘りに使っていた爆炎属性の最上位希少度太刀。
各属性特化には弱点属性をもつ魔獣へのダメージでわずかに劣るが、汎用性としては大当たりといっていいだろう。火属性だともっと澄んだ焔がちらちらと纏わりつく感じになるので、この赫黒い強げなエフェクトは間違いなく爆炎太刀だ。
妹君の爆炎攻撃とお揃いになるので、彼女の機嫌もよくなるだろう。
これで俺の唯一の不安要素だった、ゲームの設定通りの性能を持った太刀が現存していないがゆえの攻撃力不足も解消されたことになる。魔獣は存在していないので仕方が無いが、はやく魔物でいいので試し切りをしてみたいところだ。
「砥石はそんなに大したものじゃないはずだから、この実物があれば量産もできるんじゃないかな? いまのところ俺の『聖遺物』しかないのなら、あんまり意味はないけどね」
2人揃って声もないユージィンとシャルロット王女殿下に、強い武器が手に入って浮かれている子供のようなところを悟られないよう、しかつめらしい顔をして特にいま必要のない砥石の説明をする。
今2人が聞きたいことは、間違いなくそんなことではないだろう。
「つまり君は本当に――」




