第41話 『聖遺物』③
ゲームの時には協力プレイこそ可能だったが、消費アイテムに至るまで交換等は一切不可とされていた。不要物として地面に落としたアイテムですら、それが見えているのは本人のみという徹底ぶりだったのだ。
現実化したこの世界においてはおそらく本来の所有者以外は持てもしない、あるいは持ててもただの棒と化すか。俺の予想では多分前者。後者だった場合、武器も防具も「不壊の装備」としての使い道を模索していそうな気がするからだ。
こうして封印するしかなくなっているのは前者である可能性が高い。
「なるほどね。まあ勿体ぶってもしょうがないからさっさとやろうぜ」
どちらにせよ俺が手にすれば――装備してみればすべてがわかる。
ものによっては一気にユージィンすら超える戦闘力を獲得できるし、最悪最初期の一振りだったとしても飛躍的に俺は強くなれる。
それにもしもゲーム終盤からクリア後にかけて生産可能となる銘刀――希少度上位二段階に含まれる一振りだった場合、武器自体に行われている特殊強化がとんでもなく有用である。呪印によって発動している魔導球系の能力と合わせて、俺は大げさではなく「不倒の剣士」となれるだろう。
俺は武器には例外なく「与えたダメージに応じて自身の体力を回復させる」という特殊強化を最大まで行っていたからだ。
当然初期は会心率や攻撃力強化と組み合わせていたため、強化上限に引っかかって最大までは無理だった。ただ呪印の育成が進んで能力による会心率や攻撃力はそっちで賄えるようになったので、武器の方は攻撃による体力回復全振りに切り替えていたのだ。それを装備できれば、呪印が発動していないかつ大高難易度の魔獣を相手にしても、足を止めての削り合いで負けることは無くなる。
さーてなにが出てきますかね。
まさかの最終実装魔獣の素材による太刀だった場合、この世界が拡張要素実装前の最序盤難易度だったとしたら、魔獣が復活したとて連撃ワンセットで殺しきれるほどの強さが手に入る。もちろん呪印が発動していなくてもである。
まあそこまでは望み過ぎでも、できればそこそこ強いのが出てくれればありがたい。
贅沢を言えば無属性か爆炎属性であれば汎用性が高い。まあたとえ属性武器でも魔法と違って属性分が乗らないだけで、太刀でぶった切る分のダメージは与えられるから、いいっちゃいいんだけどな。
「そうだね。だけどそれにはシャルロット王女殿下にも立ち会っていただこう」
「……いいけど男の相部屋に王女殿下を呼びつけるのか?」
なんというか鑑定武器を鑑定する時のようなテンションになっていたら、ユージィンが冷静に事を運ばんとしておられる。
確かに俺が『聖遺物』――『岐』の武器を装備するところを王女殿下には見せておいた方が、今後なにかと都合がいいだろう。
だが15歳男子にとってはこの時間はまだ深夜とも呼べないが、化粧箱入り王女様にとってはそうではあるまい。しかも2人部屋とはいえ男子寮の個室へ来いというのは、いくらなんでも無理がある。
これ以上、王立学院の生徒の皆さんに話題を振りまきたくもないしな。
「さすがにそれは不味いね。なので僕たちがお伺いすることにしようか」
「それはそれでどうなんだって話だけどな」
いやユージィン、確かにその方がいくらかでもマシだとは俺も思うよ?
だけど王女殿下がお付きの近衛2人と一緒に住み始めた御屋敷へ、この時間に男2人がのこのこお邪魔するっていうのも大概だとは思わないか?
◇◆◇◆◇
結論からすればそれはまったくの杞憂だった。
俺としては「こんばんは」の時点で近衛の御二方と刃傷沙汰になりかねないとさえ思っていたのだが、ユージィンと俺はまるで国賓であるかのように王女殿下の御屋敷に迎え入れられたのだ。
なんか近衛の方々は緊張というか、ビビってすらいるように見えた。
ユージィン――ツアフェルン伯爵家、というよりもその背後の組織はどうやらそれなりの大国ですら凌駕する力を持っているっぽいな。
豪奢な応接室に通され、説明もそこそこにすでに箱を開ける流れになっている。
俺自身もかなりわくわくはしているのだが、ユージィンとシャルロット王女殿下のほうがなんか前のめりなのが笑える。
ちなみに王女殿下は純白の夜着の上に、これもまた純白の豪奢なナイトガウンを羽織っておられる格好だ。平気そうにしておられますけど、それ俺らみたいな男どもに晒していい恰好なんですかね? ユージィンが平然としているので俺も余計なことは口にしないが。
「――では開きます」
黒檀の机に載せられた太刀の方の箱を、ユージィンがなにやら複雑な手順に従って開けていく。いや仕込み鍵、いったい何個ついとんねん。
なんか箱がまるでモザイク模様のように変形するほどの鍵をすべて開けた状態で、ユージィンが懐からカード――呪符のようなモノを取り出す。どうやらそれが最終的な魔法封印を解くために必要なものらしい。
それを中央部のスリットに差し込むと、箱がふわりと中に浮かび、それなりにユージィンが苦労して開いた鍵が最初から一つずつ再び施錠されてゆく。その度に一つずつ朱餡の輪形魔法陣が箱を囲むように浮かび、くるくると回転しはじめている。
ああこれ、正しい手順ですべての鍵を一度開けていないと、魔法にそれを見抜かれて最終的には開かない仕組みか。箱本体、鍵開けの手順と順番、呪符がすべて揃っていないと開けることができないのだ。
たかが太刀一振りを封印するだけでここまでするってすごいな。
すべての鍵が元通り施錠され、その数と同じだけの輪形魔法陣が顕れた時点で、箱が消失した。いやこれはこの時点で相当の逸失技術、もしくは超技術が使われているぞ。
この箱一つだけでも、ユージィンが所属している組織が多くの情報を独占しているであろうことが伺い知れる。考えなしに敵に回すことは避けた方がいいだろう。
「なんじゃこりゃ」
だがいくつもの輪形魔法陣に覆われたまま空中に浮かんでいる太刀を目にした俺は、思わずそう口にしていた。
「これが――神話の『魔獣狩り』の『聖遺物』ですか」
王女殿下が上ずった声でそう仰るのも、初見なら仕方がないのか。
確かに輪形魔法陣に覆われて空中に浮かんでいる一振りは、神々しいといえなくもない。
だが鞘に納まったままのそれは半透明に透けており、時折ノイズのようなモノが走っている。見ようによってはこれだけの数の輪形魔法陣によって、消え行かんとしている太刀をギリギリ現世に留めているようにも見える。
いやあるいはそれは正解なのかもしれないな。




