第40話 『聖遺物』②
「その前にユージィン、お前だよ。俺はもうとっくに覚悟を決めているから問題ないけど、ユージィンの方は大丈夫なのか?」
そうなのだ。
役どころで言えば俺が強力な武器で、それを上手く使いこなす必要がある難しいポジションがユージィンになる。国家や組織に巣くう魑魅魍魎の類を相手にするのは、当然そう簡単なことではない。
昨日の時点でお互いが同じようなことを考えていることが明確になった時点で、ユージィンが一度実家に戻ることを選択したのも無理はないと思う。どうやらツアフェルン家は王家とも違う組織の紐付きだということだけは昨夜話してくれたが、詳しくはユージィンが戻ってからということになっていた。
ユージィンがどういう風にツアフェルン家とその背後の組織と話をしたのかは知らないが、そこが上手く行っていなければ話にならない。
「まあ大筋はね。というか大丈夫じゃなかったらたぶん僕はここへ戻れていないよ。きちんと僕らの思惑を話した上でこれを渡されたってことは、僕たちの思惑通りにことを運べていると思う。」
さらっと怖いことを言うな。
だがどうやら今のところ問題はないらしい。
「これ」とはユージィン自らが馬車に積んでここまで持ち帰ってきた、2つの妙に豪奢な箱のことだ。
「それを取りに行っていたのか?」
「そう。この2つの『聖遺物』を受け取りに行っていたんだ」
なにやら大仰な名称が飛び出してきたな。
どうやらこの大小2つの箱は御大層なシロモノらしい。
「つまりこいつは、ユージィン本人じゃないと受け取れないほどの代物ってことね」
ツアフェルン家であればこの程度の大きさの荷物、一言指示すれば一刻もかからずに本家からこの寮まで万全な警備を強いた上で届けることなど造作もないだろう。
それをわざわざユージィンが直接受け取りに行くという意味。
それは伯爵家の三男というよりも突出した戦闘力を有しており、こいつの所有者に逆らわない、あるいは利害が一致している相手でなければ渡せない程の重要物だということだ。
それをもめることなく託されたことで、ユージィンがとりあえずは安心できるほどなのだから、『聖遺物』というのも名前負けしていないということなのだろう。
「そういうこと。なんだと思う?」
相変わらず勘がいいね、などといいつつユージィンが唐突に中身当てクイズを仕掛けてきた。
ふむ。
『聖遺物』という大仰な名称。
現代では突出しすぎている力を持つユージィン――ツアフェルン家が属している組織がおそらくはその所有者。えらく細長い箱と、ごく小さな正方形の箱。双方ともに相当頑丈な造りになっており、おそらくは魔法による封印も幾重にも仕掛けられている。
それらの情報に加えて、何よりこれをわざわざ俺のもとへ持ってきたということこそが最大のヒントだろう。
「一つは太刀かな? まあ俺にはそう思える。もう一つの方はさすがに予想がつかないけど、大きさからすればなんらかの魔導具の類だろ? というかこんな厳重な箱に入ったままで中身を当てろ、っていうのはさすがに無理があるぞ?」
その考えに基づくのであれば、長い方はまず太刀と見て間違いないはずだ。
さすが基がゲームだけあって、武器種が同じであればその刀身の長さはぴたりとみな同じだったのだ。同じ武器種でありながら武器によってリーチが違うというのは、アクションゲームとしてはあまり見かけない。
そのよく知った長さと箱の長さがほぼ一致していると見えるのだ。
太刀などといいつつ、実際は大太刀や野太刀、あるいは斬馬刀といった方がいいサイズではある。現実化しているとはいえその対人間のスケール比からすれば、俺にはこの箱に収められているのは太刀だとしか思えない。
もう一つの小さい方は防具としては小さすぎるし、『聖遺物』として保管されていたのであれば一式である方が自然に思える。それが単体となればプレイヤー・キャラクターが使用していた魔導具の一つといったところが妥当だろう。
ゲームの時は調理道具、呼び笛、砥石がデフォルトの道具だったけど、そのうちのどれかなのかな? 砥石だったらベストだが、呼び笛だったら吹いた場合、妹君がどういう反応を示すのかはちょっと見てみたい。
「御尤も。だけどきっちり当ててくるあたりがクナドの怖いところだよね」
「そりゃどうも」
呆れたように溜息を一つつき、ユージィンが笑う。
まあ口では無理だろといいつつ、ヒントが多かったからね。
というか『聖遺物』かつ太刀ってことはつまり――
「この『聖遺物』がなにかを当てられたってことは、もしかしてその意味についても予想がついている?」
「俺の装備かどうか試したいってところだろ?」
「そのとおり。本当にそうだった場合、当面の問題はすべて解決する」
なるほどね。
ユージィンたちツアフェルン家が属している組織は、神話を正史だと見做しているといいう訳か。そしてその根拠となるのが『聖遺物』――神話の主人公である『岐』が装備していたとされる武器や防具、魔導具の類を保有、継承しているからなのだろう。
思っていたよりもガチ系の組織っぽいな……
こうなるとユージィンも偶然生まれたすごく強い個体を組織が取り込んだというよりも、その組織自らがなんらかの手段で創り上げた最高傑作という可能性も否定できない。
ゲーム終盤の物語展開からして、その手の技術が現代まで人知れず残っていても不思議ではないしな。
ともかく本当にこの箱に入っているのが『岐』――俺のプレイヤー・キャラクターが装備していた一振りだというのであれば、相当強力な武器なはずである。たとえハズレで初期装備のひとつだったとしても、武技遣いの身体ステータスを係数倍化するその武器特性は、現在の刀匠による銘品を遥かに凌駕するからだ。
不壊かつ切れ味が落ちなくするのは俺の呪印能力で今物の太刀にも適用されるが、刀威レベルによって攻撃力が増加する効果がでかい。
今物では刀威レベル消費技に使えるだけだが、ゲーム時の武器――仮に遺物と呼ぶか――であれば3段階の刀威レベルに合わせて飛躍的に強化される。切れ味ゲージに伴う係数も適用されるのであれば、今物の最高品がおもちゃに思えるほどの破壊力を発揮するはずだ。
そんなシロモノを誰かに使わせもせず封印しておけるというのは、今が平和であるという理由だけではないだろう。
おそらく誰にも使えないのだ。




