第04話 『プロローグ』④
だが改造ではなくあくまでも公式に認められた手段を経て、ありとあらゆる魔獣を文字通り一撃必殺することすらできる力を手に入れることが可能だという状況に、自分でも訳が分からない位に滾ってしまったのだ。
選択した呪印――無限強化するスキルとして俺が選んだのは『血戦』だった。
どの呪印を選んだとしても、明確にそれとわかるほど強化するためには最低限でも月単位の時間が必要になってくる。公式チートの域にまで至ることを望むのであれば年単位だ。
つまりどのスキルを選ぶのかは、このやり込み要素に魅力を感じたそれぞれのプレイヤーが、どんな風な理想形、最終型を想い描いているかに直結していると言えるだろう。
俺が選んだ『血戦』という呪印――スキルは常時発動型ではない。
このゲームにおける敵である魔獣が『覚醒』――ある程度のダメージを受けて本気を出す超強化状態、いわゆるあばれが発動することに呼応し、プレイヤーを強化するスキルだ。
本来のスキル上限は7。
あらゆるステータスを一定数値上昇させ、攻撃にクリティカルを発生させる確率も上昇させるという、攻撃系スキルとしてはかなり優秀なものである。
敵の強化に呼応して自身を強くするというコンセプトに俺は惚れこんでおり、無限に強化するとすれば選ぶのはこれ一択だったのだ。
常時発動型ではないため各種ステータスの伸び率は良い方だったが、最終武器の攻撃力が4桁に至っている状況ではそんなものは強化初期においては誤差でしかない。
まずはスキルスロット4を無限に――このゲームに存在する全てのスキルを搭載可能なまでに拡張することに専心した。
やることはなにも難しくなかった。
片っ端から幻獣種の魔獣を狩りまくるだけであり、すでにクリアしている以上はいかに幻獣種だとはいえ、倒せない魔獣など存在しない。
一番弱い幻獣種のクエストだけを繰り返すのでもよかったのだが、幻獣種だけがランダムで湧き続けるエリアがあったので、そこに籠って狩り続けることが日課となった。
拡張されたスロットのレベルが4に至るたびに有用な魔導球を溶かし込み、今までは不可能だった構築を実現できていくのは素直に楽しかった。
自分でもどうかしていると思いながらも、別に苦行というわけでもなく毎夜狩り続けてはスロットを拡張していくことに夢中になっていたのだ。
スロットが拡張されるごとに強くなり、より簡単に幻獣種を狩れるようになっていくのが楽しくてしょうがなくて、飽きるとか嫌になるということが一切ないままに狩りに明け暮れる日々。
だが構築という概念が消失する――すべてのスキルを搭載可能になる頃には、アクションゲームとしての根幹が本格的に崩れ始めることになった。
まずは『血戦』発動時の防御力が一定値を超えたことによって、魔獣からのどんな攻撃をくらっても吹き飛ばされることが無くなったのだ。
与えたダメージに応じて自身のH.Pを回復させるスキルは強化前から構築に組み込んでいたため、これによって『血戦』が起動した後は敵の攻撃を躱す必要が完全に消失した。
足を止めて強力な攻撃を繰り返しているだけで、やがて相手は斃れるのだ。
無敵感はこれ以上ないほどに味わえるが、それはもはやアクションゲームなどとは呼べない。
だがそれでも俺は醒めたり飽きたりはしなかった。
足を止めて正面から魔獣と殴り合い、その果てに勝利するという絵面にテンションをあげてさえいたのだ。
そしてこれによって討伐に必要とする時間が劇的に短縮され、狂気のやり込みの効率は驚くほどに跳ね上がることになった。
やがて次に訪れた劇的な変化は、一撃で与えるダメージがすべての魔獣の『怯み値』を超過した時点で訪れた。
一撃殴ればすべての魔獣が必ず怯むのだ、もはや戦いにさえならない。
会敵からしばらくは普通に戦闘し、魔獣が『覚醒』したが最後、そこからは完封する。
それを繰り返すことによってより強化され、やがて一撃のダメージは『怯み値』どころではなく『ダウン値』を超え、やがて『気絶値』すらも超越した。
『気絶』は『睡眠』と同じ扱いであり、攻撃を加えればどちらもそれで目を覚ましてしまうが、その一撃のみが3倍のダメージになる。
ここまでくれば魔獣を1体討伐するのに必要な時間は、実質的にその魔獣が『覚醒』するまでと言っても過言ではなくなっていた。
『覚醒』してしまったが最後、極限まで強化された『血戦』が起動し、一撃で気絶、その後は3倍のダメージを喰らい続けることになるからだ。
そこですら満足せず、俺は毎夜爆速で魔獣を狩り続けた。
開発運営の発表に偽りはなく、強化の上限は本当に存在していなかった。
日々一撃が与えるダメージは微増を続け、それを繰り返し続けたある日、限界点に到達した。
それは強化上限に至ったという意味ではない。
このゲームにおいて最も高い防御力とH.Pを持つ魔獣――つまりは最後に実装された最強の敵ですら、一撃で倒せてしまう域に到達したのだ。
そこに至るまでにかかった月日については特に秘す。
ただそこそこのヒットを飛ばしつづけている続編の数は、ぎりぎりまだ2桁には届いてはいなかったと記憶している。
一応それらもクリアまではプレイしつつも、最終アップデートで同じような強化要素は追加されなかった――ごく当たり前の事実として不評の方が大きかったためだろう――ため、クリア後はまたこの世界に戻ってくることを俺は繰り返していたのだ。
最恐の魔獣を一撃必殺できるようになった自キャラを見ながら、俺はけらけらと笑っていた。
そのあまりと言えばあまりにもな結果にもだが、その際に「幻獣種・魔獣●●●●●●を一撃で討伐したため、呪印を両眼に装備することが可能になりました」というシステムメッセージが表示されたからだ。
一撃で最強の敵を屠れるようになったプレイヤーキャラに、もう一つ呪印が装備できるようになったからどうだというのだ。
それこそ「その装備で何と戦うの?」の極みである。
呆れもあった。
自身の狂気のやり込み結果に対して若干引いている自分がいたことも確かだ。
だがそれを目にした時に得た一番の感情が、「まだこの世界でやれることがある」という安心感だったことは間違いない。
だからこそ俺は笑うしかなかったのだ。
そうして毎夜、狩りは続行されることになった。
接敵して『覚醒』させ、一撃で屠って次。
接敵して『覚醒』させ、一撃で屠って次。
接敵して『覚醒』させ、一撃で屠って次。。
やがて右目にも宿したもう一つの別の『呪印』もその成長限界を迎えんとする頃、どうやら俺は仕事の無理と毎夜の長時間プレイが祟って体を壊したらしい。
我ながら阿呆の極みである。
死んだのかどうかはわからない。
なぜならばその日から俺の意識は、別の世界の別の存在――そのゲームのプレイヤー・キャラクターに俺自身が付けたものと同じ名を持つクナド・ローエングラムとして生き続けているため、元の世界の自分がどうなっているかを知る術がないからだ。




