第39話 『聖遺物』①
「クナドはなんというかこう……すごいね」
夜。
本来は明日の夜まで寮へは返ってこない予定だったらしいユージィンは、昼の俺のやらかしの情報が耳に入ったらしく、夜遅くではあるが俺たちの部屋に戻ってきている。
そのもどって早々の一言目がこれである。
「誠に申し訳ございませんでした」
いやそう言われても仕方のない自覚はあるので謝るしかない。
最終的には俺とユージィンの本当の力を王立学院中に周知させる予定を立ててはいたとはいえ、初日からここまで派手なことになるとはさすがにユージィンとて予想外だろう。
やらかした俺本人ですらそうなのだから、各方面との交渉、根回しを一手に引き受けてくれているユージィンへの負担は想像に難くない。俺がユージィンの立場だったら頭を抱えて「ええ加減にせえよ」と口汚く罵っている自信がある。
今王立学院は俺の話題でもちきりである。
この空気の中食堂で食べるのはいたたまれないので晩飯抜きも覚悟していたら、シャルロット王女殿下からとんでもなく豪華なコース料理が部屋に届けられてちょっと引いた。王族の手抜かりの無さ感半端ないです。後もちろん味は素晴らしかったです。
届けられたのがきっちり一人分だったあたり、ユージィンの行動も完全に把握しておられるようで、さすがは王家と言ったところである。
「いや、責めているわけじゃないよ。だけど僕がたった一日空けている間に、ヘルレイン家のクロード様を模擬戦で撃破するばかりか、そのまま連戦でシャルロット王女殿下にも快勝。その上パートナーを申し込んで快諾されているとは、さすがに予想できないでしょ」
「怒っているならストレートにそう言え」
あるいはユージィンは本当に怒ってなどいないのかもしれないが、俺の方がやらかしてしまったという自覚が強いので、ちょっと嫌な言い方になってしまった。
どうも俺はユージィンには甘え気味になるな。
あまりよくない。
「言ったらどうするの?」
それを分かっているのか、ユージィンは悪い笑顔を浮かべてまぜっかえしてくれた。
「本気の土下座ってやつを見せてやるぜ。その上でユージィン――ツアフェルン家の思惑とズレた分、それを修正できるまで素直に指示に従うことを誓います」
俺にできることといったらそれくらいだしな。
スフィアと父上、母上の無事さえ確保できれば後はまあどうにでもなるか、などと気楽に構えている俺とは違って、ユージィンはツアフェルン伯爵家の三男なのである。もはや世間的にも俺を取り込んだと見做されている以上、俺の責任はツアフェルン家の責任でもあると判断されてしまうのだ。
それが後見するということなのでそれはまあ仕方がない。そうすることに互いに利を見出しているからこそ、時には害も追わねばならないのは当然だ。
だが逆に言えば被る害が利を越えてまで付き合う必要はないということでもある。
俺の方はツアフェルン家、というよりもユージィンとつるめることにあらゆる意味で利を見出している以上、与えてしまった害に対する補填をすることは必須なのだ。
いわゆる「なんでもするから捨てないで」というやつである。
俺の担当窓口であるユージィンはツアフェルン家内でもつつかれる可能性が高いしなあ。
「あはは、それはとんでもなく魅力的な提案だけれど、本当に僕は怒ってなんかいないよ。正直に言えばまあ、多少呆れてはいるけどね」
「返す言葉もございません」
だがその俺の提案を楽しそうにユージィンは笑い飛ばした。
「ひとつ貸し」だともいわないあたり、本当に怒っていない、あるいはこんなことくらいで俺に恩を着せる言動をとることに利よりも害を感じてくれているのか。
「それにこうなってしまったら、シャルロット王女殿下も僕たちの側に取り込んだ方がいいだろうね。クナドはどう思う?」
だが真面目な表情になってそう問うてくるあたり、展開が早回しにはなってしまっても、方向性としてはユージィンの思惑とは大きくズレていないってあたりかな。
「そりゃ俺としてはシャルロット王女殿下は俺の理想そのまんまのお姫様だからな。本当に仲間になってくれるってんならありがたいとは思うさ。だけど筋金入りの王族だぞ、あのお姫様」
ユージィンの言う「僕たちの側」。
それは昨日の晩――王立学院での寮暮らし初日の夜に、期せずして俺とユージィンが同時に提案した「これからについて」のことを指している。
要はどうしても伏せておきたいことを除いてお互いに肚割って話そうぜ、その上で主導権を俺たち2人で握れるようにしないか? という話である。
俺としては自分とユージィンが本気で組みさえすれば、十分に現実的な話だと思っている。
特にユージィンが戦闘能力だけではなく伯爵家の権力と人脈を上手く行使してくれるのであれば、魔物支配領域に拠点を構えて狩りをして暮らすという最悪のパターンも回避できるだろうとも期待している。最低限の文明的な暮らしを維持しようと思ったら、中身凡人が持っている圧倒的な戦闘能力だけではどうにもならないと思うのだ。
ちなみに俺がユージィンにさえ伏せておこうと思っていることは一つだけ。
この世界の基となっているのが、少なくとも俺にとっては「ゲーム」だったということのみ。
それ以外は全部ゲロってしまおうと思っている。
そのためすでに妹君には同じ内容を説明済みである。
だが冷静に客観視すれば、俺とユージィンの考えは相当無理筋であることも確かだ。
俺の中の人の実年齢などクソの役にも立つまいし、世間的には生まれに恵まれた15歳の子供2人で、世界に対するキャスティングボードを握ろうなどとは思い上がりも甚だしいだろう。
「それはそうだろうね。でも僕とすれば生粋の王族の価値観をお持ちだからこそ味方になってくれると思う。今日のクナドとの話を聞いてよりその判断に自信を持ってもいる」
だからこそそんな計画に齢13歳とは言え既に帝王学を叩き込まれているであろう王女殿下が参加してくれるとは考えにくいと思うのだが、どうやらユージィンの考えはそうでもないらしい。
まあ確かに俺とユージィンという巨大な戦力を御する――飼いならすのは王家の最大の仕事とはいえるのかもしれないが。




