第37話 『王女殿下の矜持』④
今度は俺の視界が明確に変化している。
しかも横方向ではなく縦方向にだ。
普通に考えれば物質を対象に行使される『瞬間転移』が立体的に行使できないわけがない。
横に位置をずらせるのであれば、それは縦にも適用できて当然だろう。けどその場合は位置エネルギーの関係とかで消費魔力が増えたりするのかな?
問題はその範囲だが――
まずは約10mか!
普通は死ぬぞこれ。
もしもしシャルロット王女殿下?
実はどさくさに紛れて殺そうとするほど、俺と恋仲になれという王様と王太子殿下からの御指示が気に障っておられました?
いやまあ確かに鍛えこまれた高位の冒険者であれば、10m程度の高所から自由落下した程度で死にはしない。重装備で身を鎧い、重い実剣を佩いていてもなんとか戦闘行動を継続できる豪の者も中にはいるかもしれない。
だからといって着地予想時間にタイミングを合わせて複数の光弾を撃ち込むまで徹底してくるとなればもう、殺意が高いとしか思えない。多分あの光弾、手加減無しの殺傷バージョンだと思う。ひどい。
だが惜しい。
殺せるかどうかは置いて、光弾ではなく初手の光球で待ち構えられていたら、先に一撃をくらわせるという勝利条件は満たされてしまうところだった。
着地衝撃による硬直をキャンセルする方法はあるが、それなりの大きさの光球で落下途中に当てられたら躱しようがない。空中へ跳ね上げられてからのその手の連携への対処も考えておかねばならないな、これは。
いやでもそうか。
殺すくらい俺のことを嫌っているのであれば、勝って彼氏になってもらうなど論外でしかないのか。とはいえあまりにも一生懸命になって手加減忘れちゃいましたてへが通用するというのであれば、俺はこの国の王家を滅ぼしても赦されるかもしれないな。
自由落下。
もとよりプレイヤー・キャラクターの性能をそのまま体現している今の俺の身体が、落下ダメージで死に至らないことは、すでにもう嫌というほど検証済みである。その際に発生する硬直の消し方も、反射でできるほどに練習済み。
地面に激突寸前に抜刀することにより、着地衝撃による停止をキャンセル。
そのまま光弾を引き付けて回避で無効化、着地と光弾の着弾で生じた砂煙を利用して一気に斜め後方に位置している王女殿下への距離を詰める。
どうやら無敵判定中は視線でつかむことができないらしい。
要は回避行動を繰り返していれば、回避と回避の僅かな隙間を掴まえない限り俺を『瞬間転移』させることはできないと見える。
死ぬどころか元気いっぱいで自分に向かってくる俺に、王女殿下は間違いなく動揺を見せている。隙間を掴まえられる心配はまずないとは思うが、念には念を入れて回避行動の途中にジャンプキャンセル回避行動を差し込んで、軌道も隙間が発生する瞬間もより把握され難くしながら距離をつめていく。
魔法遣いとしてかなり厳しく鍛えてきてはいるのだろうが、俺を相手に身体能力で上回るのは流石に不可能だ。なにより純粋な身体能力においては性差もさることながら年齢差がもろに出る年代なこともある。
こちらも幻影疾走の発動中は掴まえることはできないとはいえ、解け次第いつでも掴まえられる距離まで詰めることは児戯にも等しい。
この時点で自身に『瞬間転移』を行使しないということは、やはり瞬間転移も魔法のひとつであり幻影疾走との同時発動はできないとみて間違いない。しかも詠唱が完了していても即座には発動しないのだろう。だからこそそのタイムラグを俺に突かれて、捕まってしまうことを警戒しているのだ。
「シャルロット王女殿下、質問よろしいですか?」
「――なんでしょう?」
その距離を保ったまま、王女殿下にしか聞こえない声量で話しかける。
なんとか俺の隙を突いて『瞬間転移』で仕切りなおそうと集中していた王女殿下が、それを中止して俺に応えてくれた。
間を外すことについては実戦経験で勝る俺に一日どころではない長があるので、まず不可能とは理解しつつ勝負を放棄していなかったのだ。会話に応えつつも幻影疾走を解いていない所からもそれは明らかだろう。
「さっきのが殿下の奥の手ですよね? その対象可能数と最大範囲を聞いてもよろしいですか?」
対象を『瞬間転移』で縦にすっ飛ばす。
さっきのは高々10メートル程度だったので俺はなんのダメージも受けずに戦闘機動を継続できている。俺でなくとも王立学院に合格できる者であればどうにか継戦は可能だろうし、現役の武技遣いや魔法遣いであればより受けるダメージを抑えられるかもしれない。
だが完全にダメージを受けないことは不可能だろう。
つまり繰り返されれば武技遣いの強靭な肉体であっても持たない。
やられたのが普通の兵士であれば武装していればまず死ぬし、軽装であっても継戦などとても不可能となる重傷は免れない。
つまり俺がした質問の答え次第によっては、シャルロット王女殿下は戦略兵器級魔法の遣い手ということになるのだ。
「…………同時に行使できるのは視界に捉えたものすべてに任意で可能です。移動させられる最大距離は視界内であることを前提に100フィルが上限ですね」
ああなるほど、って1人で軍隊や魔物の大量湧出に対応できる人間兵器ですわこの方。
移動可能距離よりも、この際は行使対象に制限数がない点がえげつない。
そりゃ女性かつ13歳にしてすでに次々世代の女王を約束されるだけのことはある。
一瞥された軍隊や魔物の群れが一瞬で上空100メートルに転移させられて後は降るだけとなれば、戦いにもならない。もとより空を棲息領域とする生物以外、シャルロット王女殿下と対峙して生き残る術などありはしない。
そりゃ自分のそんな力を自覚しそれを国のために行使する覚悟を決めていたのに、いきなり訳の分からんぽっと出の男の篭絡要因として扱われたら殺意も湧くよな。
この際俺が警戒すべきは、これだけの力を持つシャルロット王女殿下をこういう使い方することに躊躇しない王家と、王家にそうさせることが可能なツアフェルン家ということになるだろう。彼らは俺の力について、ある意味においては俺以上に詳しく把握できている部分があると見ておいた方がいい。
そうでなければ俺の扱いがあまりにも常軌を逸している。
「とんでもないですね。だけどなるほどその縛りがあるから地中には埋めなかったのか……ところで光魔法の大技とかでで、派手に砂埃をあげて観客の視界をさえぎることは可能ですか?」
「え? っと、できるとは思います、けれど……?」
とはいえ王女殿下の力が破格であることも事実だ。
ゲーム時代のファーストトラベルとは完全に別物だし、魔法系でもある。あるいはこの世界は俺の知るゲームだけではなく、また別のゲームと混じっている可能性も否定できない。




