第36話 『王女殿下の矜持』③
「も」ってことはつまり、自分もまた逃げるだけではないぞとの宣言でもある。
魔法研究学科に主席合格を果たしたその魔法力に加え、先刻ご披露いただいた謎の力も駆使して勝ちに行くからねと仰っているわけだ。
この矜持、あるいは傲慢を観衆全員で共有できるのであれば、俺も太刀を振り回すことに抵抗を感じなくて済むのだが……
「王女殿下に攻撃できるわけがないでしょう」
そうもいかないので、もう開き直って不敵に笑いながらそう返す。
もうこうなったら王女殿下には納得してもらうのが一番手っ取り早い。
先刻の謎の力に絶対の自信を持っておられるというのであれば、その使い方も俺にはだいたいのところは想像がつく。そしてその使い方は残念ながら俺には通じないのだ。
「彼氏として「来い」って言ってくださるなら私は従いますよ?」
「…………」
こういうことを言うのは、今の時点でも一応合格ラインは超えているのかね。
一瞬本当に言ってやろうかなと思ったが、なんとか踏みとどまった。
「私が勝ったら本当に彼氏になってくださいってお願いします。そのかわりクナド様が勝ったら私はどんな要求にも従います」
「……すでに盤面が詰んでいる」
そう来ますか。
つまり俺が勝っても負けても、王女殿下の想定内に収まるってわけですね。
「あらひどい」
「ホントひどい」
さてどうやってこの王女殿下の思惑を外したものか。
ただ思惑を外すだけならマジで一撃を叩き込むのが最も効果的なんだろうけど、それができない人間だと見抜かれているあたりがもはやどうにもならない気もする。
こうなったらしょうがない、御自身の唯一能力に絶対の自信を持っておられるであろう王女殿下に、一番ぶっ刺さる方法で俺の人間離れしたところを晒すしかないか。
◇◆◇◆◇
閃光。
開始の合図と同時に、シャルロット王女殿下を中心とした半径5メートル程度が半球状の光に包まれた。
闇を含めたあらゆる属性に対して優位となり、逆に弱点となるのは闇属性だけという、闇と並んで最強と見做されており、それだけに遣い手が少ない希少属性――光。
王女殿下はその光属性の遣い手だったのだ。
しかも魔法使いの定石である各属性の魔弾だけではなく、ほぼ瞬時に球状領域を焼き払える範囲攻撃も有しているとなれば、相当の戦闘能力である。魔法研究学部への主席合格は本気で王族への忖度によるものではなかったらしい。
お約束というかなんというか、聖教会は光属性を聖属性と呼んでいるらしいので、王家との力関係はさぞや複雑怪奇なものになっていることだろう。意外とシャルロット王女殿下御本人がキャスティングボードを握っている可能性もあるなこれは。
さておき。
おそらく詠唱時間に応じて光球の範囲と継続時間が伸びるのだろうが、その上限および命中効果次第によっては詰連携も充分可能な必殺技となり得る。今だって3秒程度の効果時間に幻影疾走で距離をつめてきており、あわよくばそのまま勝利することを狙っておられる。
普通に戦うのであれば当身で取ればそれで済むし、攻撃判定が長く発生している方が取りやすいまである。びびって距離を取るのではなく、太刀の刃圏に常に捉えて出だしを潰すのが一番効果的だろう。だが流石に王女殿下に当身斬りを叩き込むわけにはいかないので、それをやるわけにはいかない。
やっても御本人は文句を言わないだろうけれど、王族、しかも女性、加えて歳下をこれだけのギャラリーがいることを知りながら木刀で殴り倒すというのはいかにも拙い。本人からではなく王家本体から恥をかかせた対価に、何を要求されても受け入れるしかなくなることは火を見るよりも明らかだ。
かといって王女殿下を5分以内に掴まえられなければ俺は王女殿下の彼氏確定である。
負けておきながらその要求を突っぱねることなど、立場云々以前にできるはずもない。
そうなることは今の時点ではなんとしても避けたい。
となれば無力化せずに摑まえるという無理ゲーを、なんとかクリアするしかないわけだ。
それとて勝者の権利としてなにを要求するかをギャラリーのみなさんは共有するので、「二度と関わらないでください」などという要求を出来るはずもない。
そもそも王家を排除したいのであればハナからユージィンがそうしているはずなので、ツアフェルン家主導で俺を王家、というよりもシャルロット王女殿下に会わせたということは無視できない存在だということである。
俺としても彼氏とやらになって、将来王配としての煩わしさに振舞わされるのは御免被りたい。王女殿下ともなると個人の魅力がどれだけあっても打ち消せないデメリットと常にセットなのである。
とはいえ戦力としては先の謎の力はすごく魅力的だし、少なくとも王立学院での3年間は良い距離感を保っておきたいというのも事実だ。いや王女殿下という肩書さえなければ、女性として好みど真ん中なのも事実だしなあ……
要は上手くやることが必要なのだ。
うーん、やっぱりユージィンが不在な時点で、部屋で大人しくしているべきだったかもしれないな。
というかコレ、無力化せずに摑まえるのは相当難易度が高いぞ。
王女殿下自らが言い出しただけあって自信もあるのだろうし、決着までの過程で俺の力をより丸裸にしようとする意思も感じる。
初手の光球が通用しなかったことを確認した王女殿下は、属性が違うだけの光弾での攻撃はしかけて来なかった。無駄な魔力を消費することを切り捨て、幻影疾走と例の技で逃げ切ることに集中したのかもしれないが……
どれだけ膨大な魔力保有量を誇っていたとしても、さすがに5分間ずっと幻影疾走を発動させ続けることは現実的ではないとみていいだろう。もしもそれが可能なのであれば、さすがに王女殿下の条件提示の際にざわめきが起きただろうし、王女殿下としても卑怯と謗られかねない手段を取ろうとは思うまい。
それでも数分程度の連続発動は可能と見ておくべきだろうし、そういう意味では魔法を使わせないまま3分が過ぎれば、そこで実質敗北確定の可能性も否定できない。いやもっと早い可能性すらある。
加えて――
きた。
確実に視界の中心に捉えていたはずの王女殿下が突然消失し、俺の感覚が背後にいると告げている。しかも今回はクロード様の時とは違って、俺の視覚が捉えている世界は王女殿下が突然消失したことを除けば寸分たりとも変化していない。
つまり王女殿下の謎魔法――まず間違いなく『瞬間転移』は、その行使対象に自分自身をも含めることが可能なのだ。言ってみれば自身はもちろん他者にも視線照準で発動可能なテレポートといったところか。
こいつはすごい。
戦闘において目を切られる――視界の外に逃げられることはほぼ敗北と同義だといっても過言ではない。機動力ばかりか動体視力すらも振り切られる相手に勝とうというのは、あまり現実的だとは言えまい。
それを任意のタイミングで確実に起こせるのだから、戦闘におけるアドバンテージは計り知れないものがある。
実際目を切られた直後に魔法を撃たれるというのは、普通であればそうそう躱せるものではないだろう。ゲーム時代の周辺レーダー――敵の位置を示す小窓が気配察知と脳内鳥瞰を合わせたような感覚で実装されている俺だからこそ、今のように苦も無く躱せるのだ。
必殺のはずの連携を初見で躱された王女殿下も、それなりに驚愕はしているはずだ。
だが消費魔力量や連続発動に必要となるインターバルにもよるが、最悪の場合これをなんとかしようと思ったら、初手から目を切り続けるしかない。最悪の場合とはうちの妹君のように、ごく短いインターバルで実質無限に使用可能という場合である。
いやそれよりも相手が俺ではなく、普通の魔物や人だった場合――
やっぱりそう来るよな!




