第34話 『王女殿下の矜持』①
「さすがは私たち同期の主席合格者の実力ですねクナド様」
「これはシャルロット王女殿下」
きちんと王立学院の制服に身を包んだ王女殿下が、笑顔で闘技場の中をこちらへ向かって歩んできている。背後には女近衛騎士2人が付き従い、王族の威を自然に周囲へ示しているのは流石だ。
王家特有の金の瞳。
瞳と揃いでそれそのものが発光しているかのような薄い金の髪は長く伸ばされ、本物の金糸よりも美しく整った顔を飾っている。
年齢相応の華奢な体躯は清楚さの中にもどこか妖艶な色香を漂わせ始めており、王立学院を卒業する頃には完成の域に辿り着いていることだろう。
まあホント黙っておられると、俺の理想がそのまま形になったみたいで正直ビビる。
この場にいるほぼ全員が自然と膝をつき頭を垂れているのに倣い、当然俺もそうしている。
王女殿下がそれを自然に受け入れているのは先の発言から今に至るすべての言動が、一王立学院の新入生としてではなく、将来この国を女王として継ぐ王太孫としてのものであるということに他ならない。
地味に厄介だな。
御本人は気にもしておられないだろうけれど、周囲が「王女殿下の御言葉に従わなかった」として先の俺の行動を問題視する可能性がある。
今は介護班に連れ出されたクロード様はフォローしてくださるだろうが、公然と非難する大義名分を与えてしまったことは否めない。王女殿下としても咎めないことはもちろん、その非難を収めることもユージィン――ツアフェルン家に対する貸しになると冷静に判断しているだろう。
うん、間違いなくユージィンに怒られる。
素直に謝ろう。
「あらよそよそしい。恋人候補として扱ってくださいとあれだけお願い致しましたのに、私は悲しいです。まああれから一度も会いには来てくださいませんでしたから、クナド様としては当然の態度なのでしょうけれど」
そんなわりと真面目なことを考えていたのに、王女殿下は極上の笑顔で微笑みながらとんでもない爆弾を投下してきた。至近距離には俺と近衛2人しかいないとはいえ、発言が直球過ぎる。
あれとはあっという間に過ぎた入学までの期間に、ユージィン――ツアフェルン家主導で王家の皆様とお会いした際のことを言っておられるのだ。
現国王である御爺様、王太子である御父様と次期王妃である御母様、国の重要な役職を担っておられるお兄様方はもののついでで、メインはシャルロット王女殿下――王太孫なのに王女殿下なのはなんか不思議な感じだ――と俺を会わせることだったらしい。
ほとんどの時間を王城中庭でのお茶会に費やされ、いかにも王族らしいお姫様ドレスに身を包んだシャルロット王女殿下に俺は見惚れっぱなしで終わったのだ。その時の間抜け面をユージィンには散々いじられたし、クリスティナさんには「それじゃあ私は第二夫人ですね?」などとしょんぼり言われるようになって、大変居心地が悪くなった。
お茶会の会話で「クナド様さえよろしければお付き合いしていただけませんか?」だとか「お気軽に逢いに来てくださいね」などと言われたのは事実だが、当然俺は社交辞令と見做して流していたのである。いや平民がのこのこ「彼女の王女殿下に逢いに来ました!」なんてやられても衛兵も困るだろうし。
だが本気で申しておりましたのに、などと王女殿下は言っておられる。
その上ユージィンをして「クナドの好み通りといえばこのヒトかな」と言わしめた可憐で儚げなその顔に悲しみの表情を浮かべ、うっすら涙さえ浮かべて見せている。
これで御年13歳だというのだから末恐ろしい。
ただでさえ怖い女性に王族としての覚悟と血統とによる才能、育ちと努力による知恵と知識が加われば、13歳の時点でここまで自分を使いこなす女傑が誕生するらしい。
「勘弁してくださいよ」
その本気が本当に好きになっての本気だったらとても嬉しいのですが、俺を取り込むために王族の一人としての本気をそのお歳で出されましても「わーい王女殿下の彼氏になったぞ!」ってはしゃげないんですよ。
「そんなに心配なさらなくても私たちの会話が聞こえている人なんてほどんといませんよ」
弱り果てた俺の言葉に、一転してころころ笑いながらそう仰る。
確かに審判はすでに引き上げているし、観客席の最前列からも闘技場のほぼ中央であるこの位置はそれなりの距離がある。
「1人でもいたら一緒なんですよ」
「あら」
だが武技遣いは身体能力の優れた者が多く、それは五感にも適用される。
この距離でも話を聞ける者は何人かはいるだろうし、教師陣なんかはまず間違いなくほぼ全員がきっちり聞いているだろう。魔法使いの生態については詳しくないが、お約束の身体能力強化なんかがあっても別に驚かない。
つまりあっという間に今の会話が全校生徒に広がるのは間違いないということである。
どうやら平穏無事な王立学院生活などというものは初めから存在していなかったらしい。
可愛らしく口元に手を当てて驚いて見せている王女殿下の表情からして、確信犯ですね。
ツアフェルン家の要望に従って俺と会うまではしていたが、その実力については明確なところを知らされていなかったとでもいったところか。少なくともシャルロット王女殿下はそうだったのだろう。だからこそこれまでは俺がスルーしていても具体的なアクションを起こしておられなかったのだ。
その俺が王立学院に主席合格を果たし、ユージィンに続いてクロード様も撃破した俺の実力を本物だと判断されたのだろう。よって自分が飛び級をしてまで俺の同期生として王立学院に入学した理由――俺を取り込むための仕事を開始されたというわけだ、おそらくは。
「お――私とクロード様の模擬戦に介入された理由をお聞きしても?」
王女殿下に対して一人称「俺」はダメ絶対。
せっかく王女殿下が会話を望んでおられるので、その確認をしておく。
「ユージィン様が勿体ぶって見せて下さらなかったクナド様の実力をこの目で見ることができましたし、王立学院の生徒の皆様がほとんど集まっていますし、いい機会だと判断しました」
「なんのですか?」
「え? 私がクナド様にお付き合いを申し込んでいることを、皆さんに知っていただくのにですけれど?」
「うわぁ……」
予想通りといえばその通りなのだが、アナタうちの国の王女殿下なんスよ。
本人の口から改めてここまで明け透けに言われるとさすがに引く。




