第33話 『魔法と武技』⑦
確実に木剣の刃圏に捉えていた。
刃圏に捉えるということは、そこから相手がどんな挙動をしたとしても最低限当てられる位置で抜刀ないしは攻撃行動が可能な状態を指す。少なくとも俺にとってはそうだ。
つまり俺の横薙ぎの一閃は、確実にクロード様の長外套の裾に当たっていた。
だがそれが手応えもなくすり抜けたのは、魔法遣い達が基本としている回避術『幻影疾走』の発動が間に合っていたからだ。姿が滲むようなエフェクトと揺れるような軌道がめっちゃくちゃ恰好よかった。俺も使いたいけどたぶん使えない。
くっそう。
そうだろうとは思っていたけれど、『幻影疾走』は俺たち武技遣いにおける『回避性能上昇』と『回避距離上昇』がセットになったものに、めちゃくちゃカッコいいエフェクトが加えられたものらしい。
つまり発動中にはあらゆる攻撃が無効化される。
個人差があるにせよ上限値が設定されている魔力を消費する魔法の一種だけあって、かなりの高性能である。その移動距離も能力値最大の『回避距離上昇』よりも上――というよりも魔力を消費している限りは、無敵状態のまま任意の方向へ自在に移動できると見た方がいいだろう。
やっぱりユージィンから話で聞くよりも、実際に刃と交えた方が取得できる情報量は桁違いである。めちゃくちゃ楽しい。異種ゲーム対抗戦のような感覚で、今までに味わったことが無い種類の歓喜が湧き上がってくる。
しかしこうなるとやっぱりうちの妹君は武技遣いでも魔法遣いでもないんだな。
そりゃ誰も知らない攻撃手段とある意味無敵の肉体を有しているとなれば、ユージィンがメロメロになってしまっても仕方がないか。
「お褒めに預かり光栄だよ!」
俺との距離をかなりとったクロード様が、鋭い表情と声でそう口にし、それと同時に薄い氷弾を俺に向かって撃ち放った。
すでに一切の油断はなく、撃つと同時に『幻影疾走』で間合いを拡げんとしておられる。
さすがだ。
如何に殺傷能力を抑えたために速くなっているとはいえ、発動、弾速ともにこの速度ではそうそう躱せるものではないだろう。
だが俺はその氷弾を木剣で苦も無く斬り飛ばした。
思考加速している俺にとっては、クロード様の魔法であってもなお草野球のスローカーブ並みの速度でしかないのだ。それに対して今の俺の身体能力であれば、魔法を構築している核に太刀を当てることなど造作もない。
観客がざわめく。
それは俺が魔法を斬り飛ばすという、誰もが目にしたことが無いことをやってのけたことに対するもので間違いない。だがその驚愕は高速の魔法を捉えたことよりも、魔法を斬ってなおただの木剣が無事であることに対するものの方が大きいはずだ。
極限までその殺傷力を抑えたとはいえ魔法弾は魔法弾、その破壊力は人間など簡単に昏倒させるし、木剣や木の盾など容易く砕けるくらいの破壊力を有している。
それをただの木剣で消し飛ばしたのだから、まあ驚きはするよな。
普通は木剣の方が圧し折れて、そのまま俺に直撃することを想像するだろう。
俺が常時発動している能力の中には、クリティカルが出ている限り切れ味が落ちないというものも含まれている。そしてほかの能力の恩恵で、基本的に俺の斬撃はすべてがクリティカルとなる。
つまりどれだけ斬りまくっても切れ味すら落ちない太刀は、どうやっても破壊できないという解釈が成立するのだ。
これはすでに嫌というほどスフィアと試しているので、疑う余地はない。本気でやったら大地に大穴を穿つスフィアの全力の爆炎を斬り飛ばしても無事な俺が振るう木剣が、拳大の氷弾一つで破壊されるわけがないのだ。
クロード様はそれを見て目を見開いて驚いておられるが、それで動きを止めたりしない。
そのまま俺と距離を取るように『幻影疾走』を断続的に発動させつつ、おそらく最速で次々と氷弾を俺に向かって放ち続けている。
マシンガンとまではいかないが、かなりの密度の連射である。
しかもまっすぐ撃つだけではなく誘導性を活かして上下左右に撃ちわけているので、躱し難く迎撃し難くなるように工夫もされている。
だが俺は『幻影疾走』より速い速度で距離をつめつつ、すべての氷弾を一つ残らず次々と切り飛ばす。
それを見たクロード様は氷弾を発生させてもすぐには撃ち出さず、『幻影疾走』で鋭角なターンを繰り返し、速度で勝る俺の刃圏から器用に逃れつつ溜め始めた。
たとえ刃圏に捉えても『幻影疾走』が発動している限りは当てることができないのだが、人間は逃げられると追いたくなるし、当たると判断すれば剣を振るいたくなる。それはとりもなおさず俺の隙となるので、それを誘うべく敢えてそういう機動を行っているのだろう。
かなり手慣れている。
冒険者ギルドとは違う魔法遣い達のなんらかの組織で、間違いなく相当の実戦経験を積んでいるはずだ。
そうでなければここまで手慣れた戦闘機動は不可能だと思う。
気を抜けば本気で目を切られそう――視覚の外側へ逃げられそうで舌を巻く。
あっという間に二桁を数えた氷弾を、額に汗を浮かべながら一気に全方位射出された。
全弾同時ではなく少しずつタイミングと撃ち出す方向をずらし、魔法の誘導性能を利用して俺を包囲する様な弾道を成立させているのは本気で凄いと思う。
だが俺が全てを迎撃できないように全弾の着弾タイミングをほぼ同時に整えたことが裏目に出ている。
いやそんなことができる魔法制御ってなんなのだと素直に感心はするが。
同時に着弾するのであれば、回避性能の無敵時間を活かすべく、ひきつけて回避すればそれで済んでしまうのだ。
多数の氷弾が着弾したせいで生じた砂ぼこりの中から無傷の俺が飛び出してきたのを確認しても、クロード様はもう驚いてはいないようだ。やっぱりなとでもいうような苦笑いを浮かべ、自身が持つ最大の攻撃手段、魔法遣いが切り札としている大魔法を発動するべく溜めの体制へと即座に移行する。
そこまでは『幻影疾走』を発動させ続けて、俺に追いつかれたとしても無敵で凌ぐつもりなのだ。相当な魔力消費量だろうが、大魔法の一撃とその発動までであれば持たせられる自身もあるのだろう。
実際、距離をつめて連撃を叩き込んでみるが、すべて滲んだようなクロード様の身体をすり抜けて何の手ごたえも感じられない。
そりゃこれは魔法遣いの方が上だと見做されるよな。
実際に戦ってみれば、世間の評価が真っ当であることを思い知る。
これは俺やユージィン、スフィアでもなければ勝負にならないと確信できる強さだ。
短期戦で決着を付けられる相手であれば、別に前衛など要らんと嘯きたくなっても無理はないと思う。
魔力充填、別にクロード様は呪文を読み上げたりはしていないが、いわゆる詠唱時間が完了したのだろう。クロード様がひときわ大きく距離を取り、大魔法を打ち出す挙動に入った。
どうやら魔法の充填は複数同時に可能でも、発動は一つずつしかできないらしい。
つまり撃ち出す瞬間は『幻影疾走』は停止する。
魔法遣いを狩るには、その瞬間を狙うのが一番良さそうだ。それに慣れれば、たとえ相手が無限の魔力を有していても、こっちの武技を当てることができるだろう。
今回は大魔法を見てみたいので、敢えてその隙を突かない。
だがいくら見てみたいといっても大魔法の直撃は御免被りたいので、ぎりぎり届かない間合いで隙の少ない突き技を繰り出す。どれだけ少なかろうが隙は隙だ、それをクロード様が見逃すはずがないと判断しての誘いである。
いったん止まって大魔法を発動させるように見せかけ、俺が太刀を振るのを誘う。
それを確認してから再び『幻影疾走』で躱し、そのわずかな隙に大魔法を叩き込む。
クロード様はクロード様で、俺が『幻影疾走』、というよりも魔法戦闘のメカニズムをこの短期間である程度把握することを前提とした罠を張っていたのだ。
俺の神速の突きを胴にくらいながら、それを『幻影疾走』で無効化した瞬間は勝ちを確信したんじゃないかな。
俺が突きを出し切ったわずかな隙を見逃さず、クロード様が大魔法を発動させる。
それは高さ3メートル、幅5メートルくらいの範囲に無数の氷柱が地面から生え、はるか後方まで直線に氷柱群を発生させる正に大魔法と呼ぶに相応しい大技だった。
いやこれ、直撃したら死なない?
だがそれほどの大魔法すら、突きから繋げた俺の当身斬りは容赦なく取る。
無敵化した俺の身体を氷柱群が突き抜け、そのままクロード様の胴を横薙ぎに打ち払う。
意識の集中が失われれが魔法は雲散霧消するし、そもそも俺は大魔法の射線からズレた位置へ移動している。
木剣でとはいえ、技として成立している当身斬りをくらったのだ、普通は失神する。
「まだ、だ、クナド、君。私は……まだ、意識がある」
だがクロード様は意地で意識を保っていた。
意識があろうがなかろうが既に勝負がついていることなど承知だろうが、確かにこれが実戦であれば意識を残した相手がなにをしてくるか知れたものではない。
模擬戦としてだけではなく俺対クロード様の勝負の決着を最後まで付けるのであれば、きちんと意識を刈り取るところまでやってくれということだろう。
「魔法遣いではなく、クロード様を尊敬しますよ」
「は」
俺の言葉に、口の端から血を流しながら楽しそうにクロード様が笑う。
さすがにこのまま『瞬閃』を繰り出せば殺してしまいかねないので、右から左への返し横薙ぎで意識を刈り取る。
「双方そこまでです!」
そう思った瞬間に、凜とした年若い女性の声が闘技場に響き渡った。
それが審判の宣言であれば俺は従っただろう。
――他人の決着を言葉で止められるほど偉いのかアンタは?
だが俺は小声でそう呟き、クロード様が望んだ決着となるように太刀を振り抜いた。
だが手応えが返ってこない。
また戦闘中に目を切られることだけは避けている俺の視界から、クロード様の姿が消えている。だが完全に失探したわけではなく、なぜか背中側にその気配を捉えている。
つまりなんの感知もできないままに、俺は一方的に位置をずらされたのだ。
「仰るとおりですね。ですからここは私に免じて太刀を納めていただけませんか?」
「……承知しました」
くそ、実力で止められたからには従うしかない。
強い奴は偉いのだ、己が剛力を以て生きる者にとってそれは絶対不可侵の規律である。
止められたくなかったのなら、己が力でそうすればいいだけなのだ。
少なくともそれが出来なかった時点で、「そこまで」の言葉には従うしかない。
しかも聞き覚えのある声だと思ったら、まさかのシャルロット王女殿下である。
なお俺の偉そうな独り言もきっちり拾われていたらしい。
噓でしょ王女殿下、王族だから偉いんじゃなくて、強いから偉い人だったの?
どうやらシャルロット王女殿下の魔法研究学部主席合格は、王族に対する忖度ではなく実力によるものだったことだけは確からしい。少なくとも今俺は自分がなにをされたのかはなんとか理解できても、どうやってかは想像もつかない。
今のを自在に駆使できるのであれば、スフィア、ユージィンに続いてとんでもないイレギュラー存在が、この儚げなシャルロット王女殿下ということになるのだが……さてどうしたものか。




