第30話 『魔法と武技』④
いや前世では「現実は小説より奇なり」な事例も多かったので、そういうのも存在はしているはずだ。ヘルレイン家は大多数を占める、まともな貴族家だというだけなのだろう。
「ありがとう。しかし何故だい? ユージィン様は同じ武技遣いゆえ、クナド君とパートナーになることはないだろう。少なくとも王立学院に在学中は王女殿下がそのユージィン様のパートナーとなるだろうし、その王女殿下に次ぐ私がクナド君のパートナーには相応しいと思うのだが……」
しかも互いに呼び方を気安いものにしつつ、俺のやんわりとした拒絶に気を悪くした様子も見せない。その上で聞いた者の多くが納得するであろう理詰めで、俺がふわっと断った理由を問うてきている。
クロード「この私の誘いを断るとは不敬な!」
取り巻き「そうだそうだ! 平民風情が!」
みたいな展開にはなってはくれないらしい。
「クロード様の仰るとおりだとは思うのですが、私には少し定石から外れた思惑がありまして……まずはそれを学院側に認めてもらえるよう、一年生の間は基礎に集中したいと考えております」
もちろん第一はツアフェルン家以外と一定以上深くかかわりたくないというのがある。
だがそんなことは先方も先刻承知なので、断りにくいアプローチをしてきているのだ。
深読みすれば断られることも織り込み済みで、その理由に無理があればあるほど、断られて受け入れたことすらツアフェルン家への貸しにするつもりなのかもしれない。
だが俺が今答えた内容は、嘘偽りない本音でもある。
「なるほど一理ある。それならば2年生になる際にもう一度お願いするのも吝かではないが……その定石外れの思惑とやらを聞かせてもらってもいいかい?」
俺のその答えにもクロード様は穏やかなままだ。
断られることは織り込み済みで、俺にというよりもユージィン――ツアフェルン家に対しての貸しになるような形へ持っていくことが最終的な目的と見ていいだろう。
確かに現代の対魔物戦闘の定石、常識を当てはめるのであれば、ユージィンと王女殿下、俺とクロード様がパートナーになるというのが同期の中ではベストの組み合わせとなるのはまあ理解できる。
だがそれは正直、俺としては論外である。
ゲームの時代にはなかった『迷宮』を攻略することが現代では一般化しており、地上の魔物支配領域は定期的に魔物を狩り尽くす感じになっている。地上に湧出する魔物を相手にして戦力に被害が出ることはほとんどなく、強い個体が湧出するのは迷宮に限られている。
その対魔物の主戦場とも言える迷宮は最下層まで攻略されている場所は未だ存在せず、安全と見做されている迷宮でさえ二桁階層にすら至れていない。要は低階層で湧出する魔物が弱いというだけに過ぎないのだ。
地上の魔物支配領域、あるいは迷宮から外へは魔物は出てこない。
それがもはや当然となってしまっているのだ。
最初こそそうだと、そうであってくれと妄信するしかなかったその在り方は、1000年も経過した今だと誰一人疑う者など居ない常識になりおおせてしまっている。
深い階層には今の人には勝てない魔物、あるいは魔獣が湧出している可能性から目を背けているのではなく、多くの者たちは考えることすらもなくなっているのだ。
俺としてはすぐにでも、いずれかの迷宮の最下層までを踏破しておきたい。
それに平然とついてこられるのはユージィンとスフィアだけだろう。
ハッキリ言えば、現代では強者と見做されている魔法遣いは俺にとってはお荷物なのだ。
地上の魔物程度を一撃で確殺できないのでは話にもならない。
迷宮の二桁階層の攻略を進められていない現状そのものが、少なくとも一般的な魔法遣いが役に立たないことを証明している。
「けして他意があるわけではないのですが、前衛同士でパートナーを組むのを試してみたいと考えております」
つまり俺とユージィンが組んで、片っ端から迷宮の最下層を目指す。
よって魔法使いのパートナーは不要なのだ。
偉そうに言っている俺とて、迷宮深部に魔獣が湧出していないのであればユージィンに頼りきりになるのはまず間違いない。魔獣が出たとてユージィンであればなんとでもできるのだろうが、まあ俺は万が一の保険みたいなものだ。
ユージィン相手に攻撃を通せ、俺には致命傷を与えられる相手が迷宮深部に湧出しているのであれば、必ず役には立てるはずである。というかそれを期待しているといってもいい。
「……他意はあるよね」
流石にバレますよね。
しおらしくはしているつもりだが、内心でそんなことを考えていれば賢い人にはばれてしまうのも当然かもしれない。
いやこれは俺の態度というよりも、入学式での総代挨拶の内容のせいだろう。
挨拶単体であればうがった見方だと逃げられても、そこへ今の俺の発言が加わるとさすがに魔法使いを軽視していることは明白である。
王家というよりもツアフェルン家――ユージィンがこうなることを見越して仕込んでいたんだろうなあと今なら理解できる。
「誓ってクロード様個人に向けたものではありません」
「ははは、クナド君は正直者だな。私個人ではなく、魔法遣いという存在そのものに他意があるというわけだ。だがそれは前衛――武技遣いの方が魔法遣いより優れているという信念が無ければ成立しない考え方だね」
「その通りです」
俺の答えにも怒るでもなく、本当に楽しそうにクロード様は笑っている。
俺としてもここまでくれば適当なことを言ってお茶を濁すつもりなどない。
ユージィンもそう思っているのであろうと同じく、俺自身が現代において武技よりも魔法の方が上だと見做されていることに納得がいっていないのだ。
これはなにも俺が魔法を嫌っているというわけではない。
憑りつかれたこのゲームが武技遣いしか存在していなかっただけであり、他のゲームでは魔法遣いをプレイヤー・キャラクターにすることがデフォルトなのが俺である。ゲーム時に『魔法遣い』が存在していたら、間違いなくそれを選んでいたという確信がある。
だがいつ終焉が訪れてもおかしくないこの世界において、歪な戦力認識がされていることは是正しておく必要があると思うのだ。
聖女をはじめとして今のこの世界では魔法を有難がり、その遣い手を見つけ育てることに最も社会リソースが費やされている。それに対して武技遣いは壁役程度の認識であり、明確に下に見られているのはあまりよろしくない。
世界中に存在しているすべての迷宮に対処せんとするのであれば、俺やユージィンのようなイレギュラーを一人でも多く見出す必要があるからだ。




